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国産旅客機「YS11型機」の量産1号機 陸路で茨城に引っ越し | NHKニュース

戦後初の国産旅客機「YS11型機」の量産1号機の機体が、28日未明、羽田空港から新たな保管先となる茨城県内の施設に大型ト…...

ツイッターのコメント(25)

折角飛べる状態で残しておいたのに勿体ないよなぁ・・・
ヒロサワシティ ってどこだろう
茨城県は遠いけど、観に行きたいなぁ。
頑張れ!ワイエス!♥
見に行く時間作れる方々が羨ましい(´ω`)
これ、是非見に行きたい!
展示が始まるまでにコロナ騒ぎがおさまってますように!
70代のOBが集結、科博の産業技術史資料情報センター長のようやく一般へ公開でき感無量のコメントなどまとめ記事。フクザツですね
こんなのが夜の国道運ばれてたらすごい/
飛んでいけないのがさびしい( ;∀;)
保存先の「ザ・ヒロサワ・シティ」ってどこやん!と思ったらE2新幹線や北斗星の車両などを展示してるのね。

国産旅客機「YS11型機」の量産1号機
メモ:(”前代未聞のプロジェクトは、ことし9月に本格的な作業が始まりました”<未来ニュースになってるけどそれはさておき)
: 戦後初の国産旅客機「YS11型機」の量産1号機の機体が、28日未明、羽田空港から新たな保管先となる茨城県内の施設に大型トレーラーで運ばれ、およそ5時間かけて到着した。
茨城遠い……
ザ ヒロサワシティって何処なんだ?
解体前まで飛べる状態を維持していたことは特筆に値する。海外では古い機体がフライアブルで維持されてる例が多いけど経営面はどうしているんだろう?
YS11には、1970年頃、福岡空港から鹿児島空港まで乗りました。
主翼がポキリと折れなければよいがと、ヒヤヒヤしていました。
欲を言えば解体チームに20代の技術者も研修的に参加させて欲しかったな。技術の伝承のために。
YS11懐かしい!
羽田から南紀白浜行く時に乗りました。
YS11を悪くいう人はあまりいないよね。みんなリスペクトしてた。
解体移築の飛行機版。一番最初に乗った飛行機がYS11だった。
戦後初の国産旅客機「YS11型機」の量産1号機の機体が、28日未明、羽田空港から新たな保管先となる茨城県内の施設に大型トレーラーで運ばれ、およそ5時間かけて到着しました。
チョッと東京の空港~東京の空港w迄大したことナイやん
NHK
『作業を行ったのは、長年、飛行機の整備を行ってきた航空会社のOBおよそ20人で、70歳前後のベテランばかり』『最も大がかりとなる胴体から主翼を取り外す作業がことし1月に2日間かけて行われ、9月に始まった解体作業は、4か月で終了』
どこか密着取材してないのかなぁ
以上
 

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