映画監督の崔洋一さんが死去 在日コリアン作品、「血と骨」:東京新聞 TOKYO Web

74コメント 2022-11-27 18:23|東京新聞

「月はどっちに出ている」「血と骨」など在日コリアンの物語をリアルに描いた作品で知られる映画監督で前日本映画監督協会理事長...

ツイッターのコメント(74)

11/27。崔監督亡くなってたんだ。
地と骨・ロッケンロール内田裕也ドキュメント・大島渚監督に岸くん❣️ヤバい僕と危ない橋渡らないか!NOと言えない愛のコリーダ本番撮影‼️逮捕される。御法度の近藤勇役に映像ブラボーな監督です
「血と骨」
北野武演じる主人公の凄まじい荒くれ人生。
息子として登場している新井浩文。
父親への不信感、憎しみを無言で演じている。
眼つきの鋭さ、デビュー作「青い春」
新井浩文ほか、オダギリジョー田畑智子濱田マリ唯野未歩子ちびノリダーetc
「血と骨」みて!
奥州語に訳すと、
「映画監督の崔洋一さん 目落どす」となります。
「目(め)落どす」は「亡くなる、死去する」など、「死」の丁寧な言い方です。奥州/東北6県に分布しています。
冷たいようで暖かい骨のある人だったと思う
それを一番感じたのは「月はどっちに出ている」だった
今頃あちらにいらっしゃる監督さんたちと談義されて
いるのだろうか

ありがとうございました 
ご冥福をお祈りいたします
そうだったのか。久々この方の名前を目にしたら…ご冥福をお祈りします。
映画監督の崔さんが天国へ

私の亡き父と同級生。いつもみんなを笑わせ、輪の中心にいた印象があります。心よりご冥福をお祈りします。
遺作がカムイ外伝になってしまったのは本意ではなかったろうに。
素晴らし映画と映画界のご尽力をありがとうございました。
賛否両論あるということも、映画監督としての一つの凄さでした。
嗚呼・・・
「月はどっちに出ている」好きだったな。
ルビー·モレノがとても良かった。

でも暴力描写が苦手で。
「パッチギ!」は辛くて初めの方しか見てない。
崔洋一死んだか。

パワハラ監督の代表的な人ってイメージだから、これで少しはこの業界も良くなると願いたい。
カムイ外伝の名護の撮影にエキストラで参加したな。スガル役だった菊池凛子が撮影中のケガで降板したので、ほとんど自分が参加したシーンは無くなったけど。ふんどしで頑張ったのにー。
故 内田裕也主演時事ネタ映画の監督イメージが強く、映画の出来不出来よりも撮影現場で裕也兄貴をどうやって演技させたか?に言うこと聞かせた等々な豪腕話を映画化して欲しかったですハイ。
お悔み申し上げます。

しかし・・・長野県出身って…。
「Aサインデイズ」
「月はどっちに出ている」
「豚の報い」

……いい映画だ
むかし千駄ヶ谷のホープ軒でラーメンを食べていたら、崔さんが入ってきてビックリした。大柄な人だったな。ご冥福をお祈りします。
ご冥福をお祈りします。
個人的には、松田優作の『探偵物語』等の助監督時代や、TBSラジオ『BATTLE TALK RADIO アクセス』 のパーソナリティとしての印象が強く深い。
心よりお悔やみ申し上げます。
「月はどっちに出ている」で数々の映画賞を受賞
異なる時期に関西大学の客員教授を務めたというご縁もあって何回か飲み会で親しくさせてもらった。学生諸君にも非常に親切で、映画についていろいろと積もる話に花を咲かせた。今でも忘れられない。たくさんの思い出をありがとう。どうぞ安らかにお眠りください。
謹んでお悔やみ申し上げます。
【訃報】
監督協会の会長辞めたのは園子温たちの問題が炎上してた時だから火の粉避けだと思ったけどお病気だったのですね。
エネルギッシュな人も病気の前には…>
さて、これでどんな映画が受賞するようになるかな
もっともっと、まだまだ崔洋一監督の作品が観たかったです。合掌。
映画監督の崔洋一さんが死去、R.I.P
角川映画でのスタイリッシュな映像好きでした、「恋物語」をソフト化して欲しい。😭
1991年 パワステの打ち上げで御一緒させていただきました。
映画界の性加害を広めた下劣監督との評価も。
大好きな監督なんです😰
どうしよう(⁠-̩̩̩⁠-̩̩̩⁠-̩̩̩⁠-̩̩̩⁠-̩̩̩⁠_⁠_⁠_⁠-̩̩̩⁠-̩̩̩⁠-̩̩̩⁠-̩̩̩⁠-̩̩̩⁠)
京都映画祭で「十階のモスキート」を上映した際、内田裕也さんと崔監督と舞台挨拶の打ち合わせさせていだたいた事が。裕也さんに緊張する僕を優しくフォローして下さいました。ありがとうございました。

映画監督の崔洋一さんが死去:東京新聞
崔監督が亡くなられたのか。まだまだお若いのに残念なことだ。確か佐久市の出身だと思った。心からご冥福をお祈りします。
崔 洋一 さん
色々と思う事はあるけれど

今は ただただ
御冥福をお祈りします。
崔さんとは、夜の新宿で何度もいろんな話をしました。音楽の話がいちばん多かったような気がします。寂しい。

「 在日コリアン作品、『血と骨』」(東京新聞221127)
こどものころ萩原聖人が好きで「マークスの山」を見て、人生で初めて映画監督の名前を覚えた。ラストシーンの、中井貴一演じる刑事が白いスニーカーを洗う映像が今でも頭に残ってる。わたしにとっては特別な映画監督。
映画界のスタン・ハンセンと呼ばれた武闘派の名匠。
「血と骨」「刑務所の中」はお勧めです。
合掌🙏
「うんこみたいなやつ」を初めて認識した映画を監督した人
今夜の
73歳…早すぎます。。

長い間二つの国の間でお疲れ様でした。
ゆっくり休んで下さい…と言いたいところですが、まだまだこの方は撮りたい作品があったんじゃないかと思います。
映画監督の崔洋一さん(73)が死去 

膀胱癌か。特に悼む気にはならん。
園子温らに繋がる邦画界の加害体質の源流の一人。「作品に罪はない」云々はさておき、少なくとも日本や韓国で撮影スタッフを日常的に暴行していたような人間の冥福を祈るのは親族だけでいい。
毎日ヤル気が起きなくて毎日夜更かししていた時にたまたま見た「犬、走る 」で勇気もらったの覚えてる。寂しいね。
ただただ残念です。心より御冥福をお祈りいたします。合掌。
突然のことで信じられない。

謹んで哀悼の意を表します。
映画監督の さんが死去


と観ていた
同時代の人だったのだな
合掌
中野ブロードウェイのタコシェで「どけ!」と言われた記憶が蘇る....
個人的に「血と骨」は二度と観られないけど、合掌。
また映画監督が。。。
ワタシは見てないんだけど、NHKの番組でネトウヨ時代の古谷経衡さんにお説教した方なんですよね。(朝生で上祐たしなめた大島渚監督思い出しました)ご冥福をお祈りします。
崔洋一監督亡くなられたか。『血と骨』は個人的な歴代邦画ランキングの第2位で10回以上観ている作品だ。残念だ。
NHK‐BSで「小野田さんと、雪男を探した男~鈴木紀夫の冒険と死~」で俳優としての仕事を拝見したのが最後だった。ご冥福をお祈りします。
「友よ静かに眠れ」が一番好きな映画だった。
「月はどっちに出ている」はビデオで観たことがある。このニュース本当?しばらく動けなかった。合掌。
享年73歳?早過ぎる…
名監督の遺徳を偲び謹んで哀悼の意を表す。
お、トレンドに崔洋一、なんだ、死んだのか?と、軽い気持ちで見たら、本当に訃報だった…。

えぇぇぇ!まだ若いじゃないか!そうかぁ…。
驚きで声が出ない。明日は宇多丸さん、追悼お願いします
最近お見かけしなかったが、闘病されていたのか…まだ若いのに。残念です。
崔監督、亡くなってしまったのか。
崔洋一さんというとまずは『月はどっちに出ている』だけど、『刑務所の中』も忘れられません。日本映画監督協会の会長も18年の長きにわたって務められました。合掌。
映画監督の崔洋一さんが死去:東京新聞
マジか!それは…
ご冥福をお祈りします
合掌
ご冥福をお祈りします。
今年は本当に映画界の巨匠が……
ええっ!? 天国が本当にありますよう。
あぁっ…闘病なさっていたのに…セントラル系の監督がまたおひとり…
「月はどっちに出ている」は何度も見ました。じっくりとお話をお伺いしたかったです。
在日コリアン作品 「月はどっちに出ている」「血と骨」など在日コリアンの物語をリアルに描いた作品で知られる映画監督で前日本映画監督協会理事長の崔洋一(さい・よういち)さんが27日、膀胱がんのため自宅で死去した。73歳。長野県出身。
僕の 監督のトップ2は。中川晴之助監督の血を引く中川安奈が喜屋武マリーの青春を演じた『Aサインデイズ』(1989年)と、映画ではなくWOWOW版『J・MOVIE・WARS 月はどっちに出ている』だった。どちらも石橋凌主演だった。
崔洋一監督、亡くなったんだ。もう一本くらい撮ってほしかったね。ぼくは『犬、走る。』が好きだったね。
以上
 
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