約100年も信じられてきた身体概念を修正 ~運動す... | プレスリリース・研究成果 | 東北大学 -TOHOKU UNIVERSITY-

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とても興味深い研究だが、心の中の身体という概念が生まれたのが20世紀以降ってのがホンマに??って感じ。紀元前からありそうなものだけど。
スポーツにおいてマイナスの超エリートである私は、何十年も前からこれ実感で知ってましたよ(笑)
何故「心の中の身体」って名称したのだろうか?
感覚や意識、認識、認知の中の身体でも良かったのでらなかろうか?…そんなことをふと思いつつ…

はてさて、そもそも心の中にカラダはあるのか?
そもそも"心"とは?と再び考えながら
なんか書けそうな話
これ気になるな
忘れられてるかもしれないけど私は左手が少し不自由です。一筋の光明かも。

運動機能障害を有する患者は、心の中で感じている自分の手や足に異常が生じており、「心の中の身体」の回復が運動機能障害を克服する鍵を握っています。
これはとても興味深い!スポーツ科学にも影響ありそう.
こういう研究が出てくるとまだまだ余地がありそうで、暗黙知の記録をしたくても将来的に違う要素があるんじゃないかと思う。何か発明したところで上位互換がすぐ出てしまいそう
すごく深い話だが、乱視の人はどうなんだろう?(違w
この研究は非常に興味深い。心の中の身体が一つではなく、複数存在するなら、人間は自分のプレーをあらゆる角度から見たものを一つに都合よく収束させていることになる。

見方を変えたら見る角度を一つに切り替えることができる。つまり、これが俯瞰する能力だったりする。
1回読んだだけではよく分からんかった💦
東北大学の新たな研究成果で、これまで一つだと考えられてきた「運動時に心の中で感じる身体」が、複数あることが判明したそうです。運動障害を引き起こす「心の中の身体」の異常を可視化する新たな方法の開発につながることが期待されています。たいへん興味深いですね。
日常的に走っていると筋肉は「休もうよ」と悲鳴を挙げているのに脳が「今日も筋肉いじめたるわ」という対立があり、結局脳に従って走り終えると「あー、やっば気持ち良いわ」ってなるのも心がひとつではないと実感がしている私です。
面白い、、。
「検査しても身体に異常は無いけど腰が痛くてしょうがない」とか、メンタル性の痛みの治療も進むのかな?東洋医学にも繋がってきそう。
これは大発見。。。
ユーザー体験のデザイン設計に応用出来そうでわくわくした
本当なら面白いけど、そもそも問題設定がいいなぁ。
"たとえ障害を患った身体部位が治療的介入で動くようになっても、「心の中の身体」が回復していないと、しばらくすると再びその身体部位は動かなくなります。


面白いな
あぁ、面白そう。
なんか、おもろぃわぁおもろぃわぁ...
わたしも大学院の修士おわってもこのような方向の課題を研究したかった。
自分用メモ
心の中には体はいくつもある
ホタテ貝網焼きにして〜にしか見えん
5回読み返し、自分でも手を動かしてみたが全然理解が追いつかにゃい。
「心の中の身体」っていうの初めて聞いたかも/
ドアを閉めて手を離したつもりで挟んだり、3歩先に進んだつもりが1歩だったりするのはこの所為かしら…。

単に老いたのかしら_(:ж 」∠)_
2022年1月18日 16:10 | プレスリリース・研究成果

【本学研究者情報】

〇情報科学研究科 応用情報科学専攻 認知情報学分野 教授 松宮一道
100年も信じられてきた身体概念を修正
ボディイメージの話は、現象学の意味での身体図式(から実存へ)を説明するために私もよく使うのだけど、この研究は色々考えさせられるな。
人間って意外と見えてるし、見てるんだよ
人は思ったより複雑に出来ているのかも知れない。
「心の中の身体」とは初めて聞く言葉だけど、何を指しているのかはなんとなく実感的にわかる不思議。
ほう、、、
運動するとき、リアルな身体と心の中の身体は1:N...!?
これ「身体性」の革命じゃない!
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運動時に心の中で感じる身体(「心の中の身体」)は、約1世紀にもわたって一つであるとされてきたが、複数あることが判明
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おもしろい👀
たしかにそういう感覚はあるかも
なんとなく吃音に活かせるのかなと思ったりした
頭の中で話すのと口での発話が一致しないのは、心の中の身体が話せていないのが理由だったりするのか…?
何これ面白そう。後で読む。
運動するときの「心の中の身体」は一つではない 東北大学
この研究成果は、勉強しないと。。。
[ /運動するときの「心の中の身体」は一つではない|東北大学 "二つの運動/を同時に行うことで、運動の種類により「心の中の身体」が異なることが明らかに" ] バイクに乗ってると,これは感じることがある.
門外漢なんで見当違いのこと言ってるかもだけど、単なる部位ごとの身体制御の精度差って可能性はないのだろうか?:
あーこれ。〝「心の中の身体」とは約1世紀前から存在する古い身体概念で、脳内に一つだけ存在し、すべての運動に対して共通に用いられると考えられてきました〟か。情報系は心理学用語を引用してはいけない縛りがあるのか。「ボディスキーマ」もないから検索に苦労した。
東北大松宮先生の新しい論文きた!
同じ身体部位でも、異なる運動に応じて異なるbody schemaがある。

Multiple representations of the body schema for the same body part, Kazumichi Matsumiya
やはり( 👁)

イマジナリーボディの捉え、大切。

道場に今度お越しの皆様には、ここらへんの話と、やる気モードのスイッチのオンオフについてお話します。
面白い。脳の中の身体地図は、たとえば右手で頭の後ろから左耳を触ると実感できる。 (多くの人は、左耳がどこにあるかを目で見なくてもわかる)。これが複数あるとすると…
「「心の中の身体」は、約1世紀もの間、脳内に一つだけ存在し、すべての運動に対して共通に用いられると考えら れてきました。しかし、本研究により「心の中の身体」が一つではなく複数あり、運動ごとに脳内で別々に表現されていることが明らかになりました。」
哲学的やな…by文学部
「心の中の体」、概念としてはあると思っていたけどこんな名称だったのは知らなかった。今後幻肢痛とかもVRで治療したりするんだろう
つまり自分の身体を複数重ねてイメージしてるということ? なんとなく量子力学的で、面白そうな発見。

〜運動するときの「心の中の身体」は一つではない| プレスリリース・研究成果 | 東北大学 -TOHOKU UNIVERSITY-
身体障害者仲間の「奇跡」のいろいろが説明できるのかも。
夜間は呼吸器装着で歌えてるのが奇跡と言われてる歌手もいるし。
ちなみに私は、障害者になって以後のほうが泳ぎがうまい。

〜運動するときの「心の中の身体」は一つではない
以上
 
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