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「8・15」の落とし穴 悲しみの前には熱狂があった  :日本経済新聞

80コメント 登録日時:2019-08-15 02:13 | 日本経済新聞キャッシュ

8月は「戦争」がメディアにあふれる季節である。いわゆる「8月ジャーナリズム」だが、あの惨禍と過ちを記憶する記号として、やはり「8.15」の意味は大きい。令和の時代にも、決してゆるがせにはできぬ日付だ...

Twitterのコメント(80)

日本国民が熱狂のうちに望んだ中国侵略の先にあった大戦。

"この日付だけで戦争を振り返ると、軍部や政治家が暴走して続けた戦争に、多くの日本人が「巻き込まれた」という被害者イメージが強まるのである"

「前線と銃後それぞれの、おびただしい数の『美談』が紹介され、人々は物語に酔ったのである。」
一見史実を整理しているように見えて、考えようによっては、意思決定の国民参加への敵意、インテリ優位の社会への渇望とも言えますね。煽ったのが文系インテリ。特に左派だったことを忘れてはなりませんぞ。
そう、これを忘れてはいけない。
日本国民は戦争を熱狂的に支持したことを。中国など天誅を食わせて当然、鬼畜米英から大東亜を取り戻すのだと、多くの国民が湧き上がったことを。

当時は、それが何をもたらすのか、ほとんどの人が知らなかった。
今は、みんな知っています。
悲しみの前には熱狂があった:日経 「所謂「8月ジャーナリズム」には、軍部や政治家が暴走して続けた戦争に、多くの日本人が巻き込まれたという被害者イメージが強まる落とし穴もある」…実際は国民も報道も浮かれてた訳で…
国民性だよねえ。今は二つに分断されているが、どっちにしても右か左かに熱狂してることには変わりないし。丸山議員の戦争発言の時に国会が挙国一致した感じや3.11の時の国民が感情的に一体化した感じも恐ろしかった。
「政府が始めた戦争のせいで国民が犠牲になった」という事実だけでなく、「戦争を支持して歓喜した国民が多くいた」という事実も大切です。当時の人々が戦争にどう向き合ったか、深く問われるべきです。
この言葉は、未来の人々からみた今の私たちにも突き刺さります。
「もはや躊躇する猶予なしに徹底的にガンとやってもらうことです」「徹底的に支那軍を膺懲の要あり」「この際、行くところまで行ってもらわぬと困る」「皇軍の精鋭よ、徹底的に東亜の禍根を一掃せられよ」
日中戦争開戦時の国民の声だそうだ。
現在の韓国叩きとそっくり😥
@nhk_news 必読🕊
敬愛する大島三緒@nikkei論説委員の諫言

「戦線は美しい」と称揚した作家・林芙美子は敵兵を「堂々たる一刀のもとに」斬り殺す場面にも「こんなことは少しも残酷なことだとは思いません」と戦争礼賛💣
大ベストセラーになった従軍記「戦線」を彼女は戦後に封印する✍
戦前も戦後もイデオロギーに染まったプロパガンダで変わらない朝日新聞。表面的に宗旨替えをしただけで戦前と変わってない。


従軍は朝日新聞社が全面的にバックアップ、芙美子は帰国するや講演に飛び回った。
「ほとんどの国民が大本営発表に浮き立ち、勝った勝ったと興奮した。」「徹底的に支那軍を膺懲の要あり」威勢の良い発言とそれを支持する世間。敗戦から70年以上経過して私達は学んだのだろうか?
戦後世代の高齢化に伴い戦後生まれ大人の割合80%に達す。
もう1つの8.15。先の大戦から現代社会まで、いろいろ考えさせられる記事です。
当時の資料は戦争に敗北すると同時に殆ど抹消された。
これは、次の戦争に備えた動きだ。
腐りきった人間のやる事は、今も昔も変わらない。
いい記事
柳条湖事件から敗戦まで、たった14年なんだね。びっくりだよ!
総力戦の前史たる戦争へのすさまじい熱狂。か弱く無辜の民草というイメージのみで語られがちな市民の責任を(も)考えさせてくれる良いエディトリアルと思いました。

▷  悲しみの前には熱狂があった(日経新聞、8.15)
▶︎「8.15」の落とし穴 悲しみの前には熱狂があった:日本経済新聞
【日経新聞 8.15の落とし穴】「戦争とはある日突然始まるのではなく、日常と重なりつつ進んでいくものだ」という記述が重くてたまらない。
「庶民も文化人も、熱に浮かされていたといえばそれまでだが、なんと熱狂しやすい国民性だろう。もちろん、それをあおったメディアの責任もきわめて大きい」。日本に限ったことではあるまい。
新聞は市民を煽ったやん。
ここ20年、日本はもうだめだと連呼している貴紙も、ベクトルこそ違え、人心を惑わしていることに変わりないですからね。
今と一緒ですね /
「勝った!勝った!」で国民も熱狂していた。という事。
良記事。マスコミがいかに戦争を煽ったかを、自身への反省も込めて記述しています。8/15の地上波TVでは全く触れられない視線。
冷静な分析です。
「8.15」の落とし穴。 悲しみの前には日中戦争の熱狂があった
「林芙美子の従軍記「戦線」は、歌い上げるような戦争礼賛ぶりだ。…従軍は朝日新聞社が全面的にバックアップ、芙美子は帰国するや講演に飛び回った。」
日本国民は、もう戦争に2度と熱狂なんかしないと信じたい
メモ。こちらをこそ忘れてはいけない。>
昭和12年8月15日、そういえば中国・南京と南昌を海軍が渡洋爆撃したのですね。しかしこの年に重要な決断ができなかった近衛文麿がなんともです。
これだ、これだ。

いまの平和教育の欠点は、裏を返せば悲惨じゃない戦争ならおっけーかな、みたいな感じに受け止められるのが問題
こういう事をもっと知ってもいいと思うんだよね
反省なんぞしなくてもいいけど他者によって始められた悲劇では無い
何も考えていないだけの事なのである
なんか、日経新聞が粋なことしてる。

忘れちゃいけない。
わたしたちは74年前。負けた。

いいとか悪いとか、もう良くない?とかじゃなく、
事実として見据えなきゃね。
「8.15」の落とし穴

37年に日中戦争が起きた当時世論の沸騰ぶりはただならぬものだった。

中略

戦争とはある日突然始まるのではなく、日常と重なりつつ進んでいくものだということがわかる。
第二次世界大戦を報じる当時の日経新聞が紹介されています。

見出しは
「早くも輝く大戦果」
「南京完全占領成る」

恐ろしいことです。
んだって)へぇ〜、勝ったらバンバン買っちゃえ、中国懲らしめて買っちゃえ、なんですかね(どうもそうらしい)それが8年後に終戦なんでしょ?(日経電子版は会員になると月に10本の記事読めるからね。これだけど確かめて)もう1回読んでみる、神妙な顔
- 2019年8月15日

庶民も文化人も、熱に浮かされていたといえばそれまでだが、なんと熱狂しやすい国民性だろう。もちろん、それをあおったメディアの責任もきわめて大きい。
毎年、太平洋戦争関連の本をこの時期に読みますが今年は手違いで本を入手出来ずそのままでした。戦前の「暴支膺懲」声明 、というのは初めて知りました。別の覗き口から太平洋を知る重要性を感じます。☆
@tokyo_shimbun そして、戦争は突然始まったわけじゃない、ということも忘れてはいけない。本当は、みんな、このじわじわ来る感じに気が付いているんじゃないのかな。私は怖いです。
日本経済新聞←アベ自民べったりの日経こそ自戒を。
「戦線は美しい」と芙美子は称揚する。敵兵を「堂々たる一刀のもとに」斬り殺す場面にも「こんなことは少しも残酷なことだとは思いません」とつづる。従軍は朝日新聞社が全面的にバックアップ

未熟な社会観のままの日本であってはいけません🤔
「終戦」と言う言葉は国民側の視点をら表す。エリート指導層の暴走が漸く終わった安堵が込められている。
なんのなんのw
74年前の今日は、大博打に浮かれた果てに、凄惨なツケ払いをさせられた日。
国民皆んながコテンパンに負かされた日。
戦争を指示した者は殆ど無傷w
ほんとにね。登録すりゃ無料だし読んでほしい。
これは考えさせられる記事だ…。
「『8.15』だけで振り返ると、軍部や政治家が暴走して続けた戦争に多くの日本人が『巻き込まれた』被害者イメージが強まる。前史を忘れてはいけない」。戦争の教訓を考えます。
なんと熱狂しやすい国民性だろう、とあるが、煽ったのはメディアではないのか。政治家や大本営の指示のもと、戦局を正しく報じなかったのは誰か。
よくよく考えた方がいい。
良記事。熱狂の前には、既存システムへの失望があったことも付記しておきたい
良い記事 - -
戦争中の日本国民は”無辜なる犠牲者”ではない。
軍国主義体制に熱狂して荷担もしていた”積極的な加害者”であった。
日本人は業を忘れようとし、または認めようとしない。
「政府は(1937年)8月15日に『暴支膺懲(ぼうしようちょう)』声明を出す。暴虐な中国を懲らしめるという意味だ。のちの敗戦の8年前の『8.15』である。このときの世論の沸騰ぶりはただならぬものだった」
つまり日経新聞はこう言ってる。暴支膺懲に至ったのは日本人がこらえ性がないからだ。もうあんなことはすんな。おとなしくチャイナに従っていろと。通州事件くらい書け。
「街には『露営の歌』だの『上海だより』だの軍歌調の歌謡がながれていたが、同時に『忘れちゃイヤよ』だの、『とんがらかっちゃダメよ』だのという歌も決してすたれたわけではなかった」
どちらかが一方的な被害者という戦争はないんですよね…
一読の価値あり。もっとマスコミの責任を追求すべきだとは思うが(随分甘い)。
>政府は8月15日に「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」声明を出す。暴虐な中国を懲らしめるという意味だ。のちの敗戦の8年前の「8.15」である。
ほうほう
「戦線は美しい」と芙美子は称揚する。敵兵を「堂々たる一刀のもとに」斬り殺す場面にも「こんなことは少しも残酷なことだとは思いません」とつづる。従軍は朝日新聞社が全面的にバックアップ、芙美子は帰国するや講演に飛び回った。
スタートアップ界隈やイキリ営業のなんとかてっく界隈も、一部の熱狂は怪しく感じる
知っとかないとね。
空気って怖い
同じ8.15でも1937と1945は世論は正反対、その道のりを学ぶことが大切。
被害者面をする前に読むと良い記事。
前史を読み込むことの大事
決してあってはならないと誓った日
*窓は二つ。見るべきものは見るべきだ。12歳で終戦(敗戦)。両親と引き離され学童(集団)疎開したが、解放され帰京。よくも生きながらえたものだ。
戦争とはある日突然始まるのではなく、日常と重なりつつ進んでいくーー。終戦の日です。戦没者を追悼し、歴史の教訓を引き継いでいかねばなりません。
ふむ、当初はメディアも煽っていたしね
大東亜戦争に突き進んだのは、朝日新聞が国民を煽ったからと言うのは否定出来ない事実だ。
敗戦から74年。第二次世界大戦を噛みしめる日が再びやってきた。当時、メディアはナショナリズムに警鐘を鳴らすことができなかった。いまの世界は1930年代と同じような不気味さが漂う。ジャーナリストとして過去の失敗を繰り返してはならないと思う。
煽ったのはメディアでしょ
正しい戦争なんてあるわけない。
戦争を煽ったマスコミ報道の責任は重いけど、A紙M紙をはじめ偏向報道で、デマや不実を拡散する新聞社は無くなっていないよなぁ!
「コントロールできるなら何でも使え」というのが今の政権のやり方だが、軍を暴走させた戦争以前の日本はどうだったのだろう? やはり自己肯定が強く、センセーショナルに酔っていた下地があったと思う。/
庶民も文化人も、熱に浮かされていたといえばそれまでだが、なんと熱狂しやすい国民性だろう。もちろん、それをあおったメディアの責任もきわめて大きい
論説委員会 大島三緒氏

戦場での美談が消費され、勇ましい物語に熱狂する国民
「こんな日常のなかで、戦争は泥沼化していった。戦争とはある日突然始まるのではなく、日常と重なりつつ進んでいくものだということがわかる」
論説の本筋じゃないけどこれ > "日中戦争勃発時の外務省東亜局長、石射猪太郎は(略)近衛文麿首相を指していわく「彼は日本をどこへ持つて行くと云ふのか。アキレ果てた非常時首相だ。彼はダメダ」" /
戦争とはある日突然始まるのではなく、日常と重なりつつ進んでいくものだということがわかる。行きづまりを打開しようと日本は対米英戦に突入し、またも世間は大いに留飲を下げるのである。
以上

記事本文: 「8・15」の落とし穴 悲しみの前には熱狂があった  :日本経済新聞

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