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社会学者の宮台真司さん 友達って何?/プロに聞く - 社会 : 日刊スポーツ

158コメント 登録日時:2020-05-23 10:16 | 日刊スポーツキャッシュ

友達って何だろう。愛とか正義とかって何だろう。新型コロナウイルスの感染拡大で、学校が休みの今、考えてみよう。「14歳からの社会学」など青少年に向けた著書がある… - 日刊スポーツ新聞社のニュースサイト、ニッカンスポーツ・コム(nikkansports.com)。...

ツイッターのコメント(158)

「正義とは、法律に書いてあるから、みんなが言っているから、ではありません。困っている人を法を破ってでも助けることも、正義でありえます。法を破って助けるか、法を守って見捨てるか。真っ白な正義などありません。」 ⇒
@tomatoha831 宮台真司教授が体験した学生紛争時代の麻布中高における経験を追体験できるので、かなりオススメ。但し、一部公立中学を除く。
何があっても損得マシーンにはなりたくない。
勉強? 古文は一生懸命だったなぁ
    国文学目指して文学部も
遊び? 月刊「ビックリハウス」編集部に遊びに行って
   萩原朔美さんや高橋章子さんと話したっけ

高校時代と高千穂ヘルパーは今も役立っている
偉くはないけど
“彼らは、お上に依存するだけで自ら考えず、常にまわりを見て同じ行動を取らないと不安になる人たちです。自らの判断で動く人を見ると、自分が否定されたと思って逆上する”/
まともそうで実はどこか変わってる、とずっと友達から妻から言われて生きてきたので、子供たちのために引き続き『変なお父さん、おじさん』でいます。
“「自粛警察」と称される人たちがいます。〈中略〉彼らは、お上に依存するだけで自ら考えず、常にまわりを見て同じ行動を取らないと不安になる人たちです。自らの判断で動く人を見ると、自分が否定されたと思って逆上する。正義感というより、神経症です。”
人は愛と正しさに生きなければならない、ということです。でも昨今は、若い人ほど、愛や正しさより、損得で動く人が圧倒的に多いと感じています。
>彼らは、お上に依存するだけで自ら考えず、常にまわりを見て同じ行動を取らないと不安になる人たちです。自らの判断で動く人を見ると、自分が否定されたと思って逆上する。正義感というより、神経症です

とは友達になれません✌️

宮台真司さん
デイキャッチでクソだのケツナメだの連呼してた人だから、そういう結論になっても驚かない
この人だいたい結論がぶっとんでてアレなんだよなあ
やれやれ
とても良い記事でした
これ、「なるほど」としか言いようがないわ。

「自粛警察」なる活動についての意見。

信頼で結ばれた地域共同体が空洞化し、隣人への思いやりは消え、自分の損得にばかりめざとくなる。90年代の中高生は、そんな親を見て育った。彼らは今、40代になって子供を育てている。特に今は、親が子供を囲い込む傾向が強いので、親の思考が子に伝染しないか、心配です。
「子供を囲いこもうとしてもどうにもならない現実を、親に突きつける」
「子供を囲いこもうとしてもどうにもならない現実を、親に突きつけ、子供には、親が教える正しさの外に大きな世界が広がっていることを見せる。言葉の外・法の外・損得の外で、人がシンクロできることを、体験によって学んでもらうのです。」
宮台真司さん
おれもうんこのおじさんを目指す!
こうした経験から、僕が少年期に学んだのは、人は愛と正しさに生きなければならない、ということです。でも昨今は、若い人ほど、愛や正しさより、損得で動く人が圧倒的に多いと感じています。
自粛警察がどうクソなのか端的に書かれてる。そして表面だけの閉じた親子関係に雑音を入れてやる「ウンコのおじさん」プロジェクト!愛と正義の面白いおじさんだと思う
(続き)自らの判断で動く人を見ると、自分が否定されたと思って逆上する。正義感というより神経症です。
宮台真司さんより、愛と正しさについて。

相変わらず気持ち良い文章。
自粛警察、マスコミは「過剰な正義感」などと言いますが、見当違いも甚だしい。彼らは、お上に依存するだけで自ら考えず、常にまわりを見て同じ行動を取らないと不安になる。自らの判断で動く人を見ると、自分が否定されたと思って逆上する。正義感というより、神経症です。
ウンコのおじさん
「自粛警察」は、他人の痛みを知ろうとせず、お上に依存し、周囲に同調して噴き上がっているだけの、クズです。
正義とは、法律に書いてあるから、みんなが言っているから、ではありません。困っている人を法を破ってでも助けることも、正義でありえます。
ここ最近自分で思ってたことを綺麗に言語化してもらった>「正しさは、時代や状況で変化するもの。だから、自分で考えるべきなの」
面白い記事だった。
友達やご近所さん、自粛警察などにも触れている。
表面だけの人間関係が始まり。
ブックマークに保存しといた宮台真司先生の記事をベットの中で早朝から読む。
「真っ白な正義などありません」という言葉の力強さ。「正しさは、時代や状況で変化するもの。だから、自分で考えるべきなのです」その後の「アウラの喪失」の話も面白かった。
宮台さんは、シンクロという言葉をよく使う。

「閉じた親子関係に雑音を入れてやる」が印象的。

青木理さんの番組で話されていた
子どもの頃の遊び
「互いに向かって花火を飛ばしあう」感覚、
これぞシンクロ体験と同じ

思考停止せず、大局観を磨くことの大切さを語る
「信頼で結ばれた地域共同体が空洞化し、表面的な付き合いになる。隣人への思いやりは消え、自分の損得にばかりめざとくなる」
自分はまさに、90年代の中高生で現在子育て中‥
多方面に考察できるコラム。

『ベンヤミンは、複製技術の発達で作品に宿る「アウラが喪失する」ことを嘆きました』

作曲家の作品を演奏することは、複製ではない。ではアウラの主体は何?
作品?音?作曲家?演奏者?
宮台と安倍は、自己を中心に250人程度の人の福利を最大化させるという意味でのコミュニタリアンという意味においてよく似た主張を行っていると常々思っていったが、やはりそうだった。
【 】
高校を中退した時に、周りにいた友達らしき人達はみんなそのまま離れていった。当時の僕は精神的に病んでいて付き合いにくい人間だったのもあるだろうけど、僕の事は置いておいても、恐らくみんなその程度の薄い関係しか作れないから離れて行ったんじゃないかと思っている。
「ベンヤミンは、複製技術の発達で作品に宿る「アウラが喪失する」ことを嘆きました」

宮台さん、ベンヤミンを根本的に分かってない。
ベンヤミンは複製技術によって芸術が「民主化」される時代が到来すると論じてる。
同じ現象を「産業化」として批判したのはアドルノ。
確かに法の外でなければならないこともある。
初代、全部これで済ますんじゃない。
あなたは、ズルいだけだ。自分を満たしたいだけ。
スポーツ新聞が宮台真司さんやや内田樹さんの言説を追うようになってきた。
これはいい傾向。腐った世に差す、一条の希望の光。
なんか涙出た。

人は愛と正しさに生きなければならない、ということです。でも昨今は、若い人ほど、愛や正しさより、損得で動く人が圧倒的に多いと感じています。

 友達って何?/プロに聞く(日刊スポーツ)
”「自粛警察」と称される人たちがいます。マスコミは「過剰な正義感」などと言いますが、見当違いも甚だしい。彼らは、お上に依存するだけで自ら考えず、常にまわりを見て同じ行動を取らないと不安になる人たちです。”
「自粛警察」は、他人の痛みを知ろうとせず、お上に依存し、周囲に同調して噴き上がっているだけの、クズ
同意。もやもやと思っていたことをはっきり言葉にしてもらった。
>「自粛警察」は、他人の痛みを知ろうとせず、お上に依存し、周囲に同調して噴き上がっているだけの、クズです。
プロに聞くと言う陳腐なモノではないし、ちんぷんかんぷんな人はちんぷんかんぷんだろう。
「自粛警察」を”正義感”でなく”神経症”と分析し、「クズ」と断じる宮台氏は流石に鋭い。
しかし、こう見えて還暦過ぎとは。
(自粛警察は)お上に依存するだけで自ら考えず、常にまわりを見て同じ行動を取らないと不安になる人たちです。自らの判断で動く人を見ると、自分が否定されたと思って逆上する。正義感というより、神経症です。
おれも近所の変なおじさんになる
これから新しい生活様式(就労の在り方含め)で、益々「表層化」は進みそうだが、「自分の頭で考える」ことは最も大事だと思う。
法は正しいと鵜呑みにせず、法の妥当性を問える力を持つこと。権威ある人の発信を鵜呑みにせず、検証できる力を持つことの方が大事だと思う。
困っている人を法を破ってでも助けることも、
正義でありえます。法を破って助けるか、
法を守って見捨てるか。真っ白な正義などありません。

正しさは、時代や状況で変化するもの。
だから、自分で考えるべきなのです。
なるほど、1990年代の「表層化」に起因するというわけか。
宮台さんのいう「友達」関係含めて気を休める共同体が崩壊し自己責任論が跋扈する時代に必要な力は合理的な思考を持ちつつ、それを論破に使うのではなく他者を思いやれること(empathy)とうまく両立することなのかもな。
「「自粛警察」は、他人の痛みを知ろうとせず、お上に依存し、周囲に同調して噴き上がっているだけの、クズです。」
が大事だと学びました。

社会学者の宮台真司さん 友達って何?/プロに聞く - 社会 : 日刊スポーツ
スッと入ってきて安心する
ウンコおじさんとなるもクズとなるなかれ
改めて活字だと、宮台さんのよく使う「クズ」が不思議とマイルドな印象。w
個人的に「クズ」とは土井健郎が「甘えの構造」であげた概念がその後さらに表出したもののような気がする。
私が さんを知るようになった「援交」の裏話的なまとめもあっておもしろい記事。
宮台センセェ!!
「感染対策をした上で、生活費のために仕事をするか否かは、各人の判断であるべきです。「自粛警察」は、他人の痛みを知ろうとせず、お上に依存し、周囲に同調して噴き上がっているだけの、クズです。」
両親の振る舞いと自分の過去を省みるに、俺も損得野郎になっていた可能性が高い。
運命の別れ道だったのは、22歳の時に当時付き合っていた彼女と駆け落ちした事。若気の至り。
結局、そう長くはもたずに別れてしまったけれども、あの経験で「愛と正しさ」を知れた気がする。
あーそういえばさっきの番組にも出てる人の今日読んだ記事でこれも良かったので、おすすめします。これは無料で読めます。
弁護士資格を持っていないのに弁護士の活動をしていたマイク・ロスが憎めないのは、損得よりも正しさで動いてたからだって、宮台さんの記事を見かける度に思い出す。人はすぐ損得に流れる。だから言い続ける。うんこなおじさんがいなくても。
社会学者 宮台真司

自粛警察はお上に依存し自分で考えない神経症、本当の
宮台先生のこういう文章を読むと、自分の幼少期、学生時代、20代の頃や家族について考える。
そしてこれからの人との関わりや生き方について考える。
「愛と正しさ」って泣けちゃうよね。

 友達って何?/プロに聞く(日刊スポーツ)
「ダメなオトナ」が増えた一因をうまく表現しています。一読の価値ありです!
宮台さんの「クズ」を聞くと、正直自分もそうなのではと不安になる。クズを脱し、うんこおじさんを目指そう。
売春を通じて「物語」に耽ったり、音楽や文字を通じて「世界」に耽ったりする営みが、「過剰なもの」だと受け止められ、表面的な戲れが専らになりました。 (本文より)
若い人にぜひ読んでほしい。>
「「自粛警察」と称される人たちがいます。マスコミは「過剰な正義感」などと言いますが、見当違いも甚だしい。
彼らは、お上に依存するだけで自ら考えず、常にまわりを見て同じ行動を取らないと不安になる人たちです」
宮台先生は本当に一貫してる。
一見、全然違う話をしてると思っても、根源は同じ。

仲間と認識できる人数
損得で出来た政権を見れば明らか。
ぼく自身カナダに1年住んでいた。
それ故に比較をしてしまう。日本人は劣化しているとつくづく思う。
確かに今は変なおじさんたち見かけなくなりました。私は下町で育ちましたので大変勉強になることが多くありました。複製できない個人の"オーラ"は重要ですね。
良記事。なんとなく感じていた社会に対する違和感が言語化されてて思わず「そうなんだよ〜」て呟いてしまった。
読み終わってまさに“拝読”させていただいた気持ち。それとこれは私の視野の狭さのせいですが、日刊スポーツでこのような記事が読めるということに驚いてしまった。これも開眼!
養老先生も「自分で考える」「過干渉な親」について書かれていて、宮台先生の記事と併せて読んで少し考えた気になっている。名称ありきで取り繕うのか、晒すから親しくなるのか。敬うべき何かを見て、素直に謙虚に。久々に田舎で虫捕りもいいな。
「昨今は、若い人ほど、愛や正しさより、損得で動く人が圧倒的に多いと感じています。」これは違うと思うけど、今も昔も損得で動くのが人だと思うけどね。
クズねえ…クズはいかにしてクズになりしか?を調査分析せんで「ウンコおじさん」プロジェクトとは…。
 
宮台真司氏「「自粛警察」は、他人の痛みを知ろうとせず、お上に依存し、周囲に同調して噴き上がっているだけの、クズです。」
「絵画や写真を含めたあらゆる芸術作品はただの通路で、その向こう側に「この世ならぬもの」を見ているのだ、ということです。」

私は、「気魄」って習ったな。本物には触れておけとも言われた。

青年期の出会いは本当に大切。

そして、ありがとう宮台真司さん。
友達って何?/プロに聞く:日刊スポーツ 「真っ白な正義などありません。戦争や死刑執行の場では、人を殺すことさえ正義だとされます。正しさは、時代や状況で変化するもの。だから、自分で考えるべきなのです」…御意。
宮台先生の自粛警察の人達に対する考え方にすごい共感した☆ほんと、その通りだと思う。
自粛警察=他人の痛みを理解出来ない人。

🍻(*´ω`*)

宮台さんの言葉を灯りにして暗闇を歩く。
「絵画や写真を含めたあらゆる芸術作品はただの通路で、その向こう側に「この世ならぬもの」を見ているのだ、ということです。ベンヤミンは、複製技術の発達で作品に宿る「アウラが喪失する」ことを嘆きました。」
「愛や正しさ」というものが、前略されてしまうような時候の挨拶程度までには相対化されてしまった現状況。もう一度「愛や正しさ」を"前略"から引き出して共有しなおさないといけないんだろうな。
@miyadai その通りだなと思いました。
と同時に、日本の現状や未来に悲観してしまいます。

日本の未来や子供の教育にどのような展望を宮台先生はもっているのでしょうか?
親が子を囲い込むことへの危機感。風通し良くする「ウンコのおじさん」なるへそ!親戚に必ずいる変な独身中年ポジションなら私も確立しつつある👍(ちがう)
「言葉の外・法の外・損得の外で、人がシンクロできることを、体験によって学ぶ」宮台先生のことばは、躍動している。
完全に感染した。
凄く腑に落ちた。
普段感じてる 違和感の正体が書いてあった。。
現状、地域の人間が他人でしかない、顔の見えない関係性は寂しいものです。
そうした現状こそ変えなければいけない。
そうしなければ、地域もろとも孤立して死んでいくだけでしょう。
「正しさは、時代や状況で変化するもの。だから、自分で考えるべきなのです」
これは当然で大事なことなのに、それを分からず誰かの正しさに盲目的に従う人が多い悲しさ…
宮台さんのエッセンスが凝縮されている。なぜこの人が好きなのかと言うと、自ら意思して得た実体験とフィールドワークで得た現実が理論の根底にあるからだ。ベンヤミンの件は真に創造的なものとは何かを再確認できる。
〉お上に依存するだけで自ら考えず、常にまわりを見て同じ行動を取らないと不安になる人たちです。自らの判断で動く人を見ると、自分が否定されたと思って逆上する。正義感というより、神経症です。

「お上に依存するだけで自ら考え」ない奴が総じてクズなのは間違いない。
「正義とは、法律に書いてあるから、みんなが言っているから、ではありません。困っている人を法を破ってでも助けることも、正義でありえます。法を破って助けるか、法を守って見捨てるか。真っ白な正義などありません。」
アウラとは重ね書きされた複数の文脈が形作る星座。のっぺりした記号とも、強度を触発するシミュラクルとも異なるアレゴリー的な何か。
「『自粛警察』は、他人の痛みを知ろうとせず、お上に依存し、周囲に同調して噴き上がっているだけの、クズです」

「自粛警察」のところは色々入れ替えて読める
知らなかった! 宮台真司さん。「昔は、近所や親戚に「変なおじさん」がいて、ろくでもないことを教えたものです。今は僕が、うんこを描き、鼻くそを飛ばして、閉じた親子関係に雑音を入れてやる。」
全てを知ることが親友の定義ではないと思っているけれど、格好つけてなきゃいられない関係は親友どころか友だちでもないかもね。>
「自粛警察」の浅ましさ。正義なんて状況によって変わるもの。時には法の外に正義があることもある。しかし宮台先生が61歳になられてるのにビックリ! #宮台真司
どんな人でいるかは、自分次第!
人は愛と正しさに生きなければならない

今は損得ばかりで動いている人が多すぎる
戦争や死刑執行の場では、人を殺すことさえ正義だとされます。正しさは、時代や状況で変化するもの。だから、自分で考えるべきなのです。~
中島みゆきも歌ってるけど「君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる」てことやんな。
自粛警察に属するカテゴリーの人達には、得体の知れない気持ち悪さを感じてたこの頃。
すごいスッキリさせて頂きました。
人の痛みを感じてあげれない人。
何でも自己責任で片付ける人。
愛に生きることは、生々しく、人間臭く、でも人は愛することをやめれない。
「正義とは、法律に書いてあるから、みんなが言っているから、ではありません。困っている人を法を破ってでも助けることも、正義でありえます。(中略)正しさは、時代や状況で変化するもの。だから、自分で考えるべきなのです」
正義とは、法律に書いてあるから、みんなが言っているから、ではありません。困っている人を法を破ってでも助けることも、正義でありえます。法を破って助けるか、法を守って見捨てるか。真っ白な正義などありません。

ONE PIECEにもいろんな正義があるよなあ
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