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【百田尚樹現象】「ごく普通の人」がキーワードになる理由――特集記事の筆者が批判に反論する | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

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ツイッターのコメント(39)

百田憎しで論評を誤読し、筆者からの訂正要求を無視する津田大介氏。間違った内容だとしても、それは表現の自由なのか。この問題の時から、その程度の認識なのかと思っていた |
遅蒔きながら「百田尚樹現象」を読んだ。で、下の記事も。「普通の人」についての話はどうでもいい。感じたのは見城・百田両氏にインタビューをしてるけどその踏み込みが甘いのかなって事。準備不足なのか、石戸諭氏の人柄によるのか。両氏の意見開陳の場にとどまってる印象だ
結果的に妙な論争になってしまった。私的にこの人はお笑いバラエティの素人枠がスタートの人にしか過ぎない。
書けることはここに書いた通り→ オフィシャルサイトト
この「読み替え」が「批評」を「感想文」にするポイント→《「善良」と(彼の主観であるとはいえ)地の文で言い切っていたので、「石戸は百田を『ごく普通の人』と位置づけた」と書きました》
石戸・津田論争、お二人+掲載媒体の「反論の作法」についてもちゃんと第三者が意見するべき。
ネットdisとは違うやり取りを期待
津田さんに石戸さんが再び反論。この1ページ目だけ読むと、大変共感できる。わたしが中国について今やってることと通じるから。2ページ目以降は後で読む。
ああ、もうすでにきちんと言葉にされていたんだ。恥ずかしいツイートしちまった。
およそ論理的な批評ではなく、形容詞にしか拘れない瑣末さがツイッタランドに蠢く輩そのままで笑える。
この深読みには心の底から震えると同時に希望を感じた。これからの時代のマスコミに必要な要素が完全に網羅されている。

【百田尚樹現象】「ごく普通の人」がキーワードになる理由
限定なのかな?広告多いけど無料公開している様。
三部にわかれてるからゆっくり読む。
Newsweek本誌を積読のまま津田氏のnoteを先に読んでしまい、順番がバラバラになったが、石戸さんのスタンスがこれでよくわかった。
こっちはまだ残ってるけど。
極端な虚構の世界を作り上げ事実であるかのように宣伝し、極端さに対する反発を利用して虚構の世界へ逃避させ、現実世界の普通の感覚と思わせるのでは?
退屈な正しさ・誠実さよりも、おもしろくわからせてくれることに価値をみいだすのが「ごく普通の人」の感覚というのは、実感としてわからなくはない。

【百田尚樹現象】「ごく普通の人」がキーワードになる理由―特集記事の筆者が批判に反論する|
ちなみに石戸さんの反論記事はこちら。百田尚樹特集も本人インタビュー以外全部無料でアップされたのでそれも必読
やはり、大衆を先導する存在とはいえ、大衆のなかに紛れ、自らが「普通の人」である、と主張するのだろうか?
“第一に「悪魔扱い」しないことであり、第二に「説明は弁明ではないし、理解は許しではない」ということです” / オフィシャル…”
感情のルールをこえて思考すること。必要なことだなぁ。
冷静な眼差しを思い出させてもらった気がします。
今だから怖い、その感覚と共に。
この記事批判されていたのか。「ごく普通の人」にも分かり易く、的を射た記事だと思ったけどなあ。

【百田尚樹現象】特集記事の筆者が批判に反論する|
この特集に関わる人達は本当のすぐ側にある虐殺と悲劇が見えないのだな。自分こそ「ごく普通の人」だと気が付かず、長期の景気低迷を無視して百田現象を生み出すことに加担してる
【百田尚樹現象】「ごく普通の人」がキーワードになる理由――特集記事の筆者が批判に反論
批判に対して「訂正」を申し入れるのは「真摯な対応」だろうかね。
記事内にリンクあり。論争のおかげ津田氏さまさま。
*特集「百田尚樹現象」の全文をウェブに公開中
「私とニューズウィーク日本版編集部は、単に反論するのではなく、特集記事の全文をウェブに公開することにしました」
結局、「定義の違い」という、よくあるけど根本的な問題なのでは。→
罪を憎んで人を憎まず。

悪いのは百田氏を支配する思想。
なぜそのような思想に支配されているのか、知る必要がある。
知ろうとせずに批判するのは確かに下品。

私感:「ごく普通の人」でも別に…。
↓文体が複雑すぎるなぁ。
訂正を申し入れたのに拒絶された、と言う石戸氏の今日の記事はこれ(仕事早い)。
「私が『ごく普通』という言葉を使うときに、むしろ意識していたのは第二次世界大戦を経験し、全体主義について思考を続けた政治哲学者ハンナ・アーレントの大衆社会論です。
極めてフェアな分析。一読の価値あり。
主語は百田尚樹でもネトウヨでも左翼でも、何かしら私や貴方の気に入らないもので良いわけだが、それを断絶したものと捉えることの危険性、ということでは、タイムリーかつ普遍的な話だと受け止めている。
「ごく普通の感覚を忘れない人」を以て「ごく普通の人」と読むのは、随分言葉の使い方が雑だよな。 / オフィシャルサイト”
多くの左派いや、左右問わず箱庭の住人達にとってとても重要な問題提起になっている。また、@tsuda 津田さんがジャーナリストの看板を下ろさず、言論人であるならばこれに応えない手はない。【百田尚樹現象】―特集記事の筆者が批判に反論する |
もし、日本風リベラル(いわゆるリベサヨ)が本来の意味どおりのリベラリストになることができるのであれば、それは多分こういうスタンスから始まるのだろう。そして、今ならまだ間に合うはずだ。
「自分が見たい世界、真実と感じられる物語を離れて、対象に接近をしないと見えてこないものがあります。すべてに迫ることはできないまでも、取材を通して、思考することでヒントくらいは掴みたいと思っていました」
〈第一に「悪魔扱い」しないことであり、第二に「説明は弁明ではないし、理解は許しではない」ということ〉。私もよく覚えておこう →
とても考えさせられる。ジャーナリストとしての真摯さとは。"津田大介氏執筆の朝日新聞「論壇時評」に、石戸氏が訂正を申し入れた理由と、「ごく普通」に込めた意味" / | ワール…”
朝日新聞社側は別に折れていない。
【百田尚樹現象】「ごく普通の人」がキーワードになる理由――特集記事の筆者が批判に反論する( )…百田尚樹って人は一つも本を読んだことないから知らんけど、小説家とか放送作家とか、そういう類いの人でしょ。だったら何を書いてもフィクションに決まっているじゃないの。
特集「百田尚樹現象」で、筆者の石戸諭氏 @satoruishido は百田氏を「ごく普通の人」と位置付けたのか。朝日新聞「論壇時評」に石戸氏が訂正を申し入れた理由と、「ごく普通」に込めた意味。【「ごく普通の人」がキーワードになる理由――特集記事の筆者が批判に反論する】
以上
 

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