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NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する: アクティブラーニングやワークショップは「自由闊達な学びの場」ではない!?

11コメント 登録日時:2015-03-04 10:35 | www.nakahara-lab.netキャッシュ

 最近、僕が密かに細々と興味をもっていることのひとつに 「アクティブラーニング」......

Twitterのコメント(11)

ちょっと前のものですが、留めておきたいこと。/
“「場をセットする側」は、どんなにゼロにしようとも、他者に対して「権力」を行使せざるをえません”
“それらの人々には、自ら行使する影響力や権力に関して「自覚的」であって欲しい“ “「内省の環」の中にいてほしい”
これはゲーム会でも言えることだな。印刷して後で読もう。
”「最も権力的だと見えないもの」は「もっとも権力が作動する場」に転換することは、ままあるものです。”
“要するに、いわゆる研修であれ、アクティブラーニングであれ、ワークショップであれ、そこが「ゼロ権力の場」であると考えることには無理があるのです。” / “ - 大…”
とくに追記の4は重要な指摘に感じた / “ - 大人の学びを科学する: アクティブラーニングやワークショップは「自由闊達な学びの場」ではない!?”
組織のリーダーシップをめぐる問題や、メディエーターの中立性をめぐる問題にも示唆に富む議論だと思います。少しモヤモヤが晴れました
これ、文科省ー大学の関係にも当てはまるな。文科的には「大学内部での自由な議論」をさせてると思っているのだろうが、実際には//
これ中原先生の言う通りでゲソ。ゼロ権力の幻想や理想の押し付けが、新たな権力構造だったりもするので終電逃してしまう議論の肴でゲソね。 / “ - 大人の学びを科学す…”
ほんまそれ「 - 大人の学びを科学する: アクティブラーニングやワークショップは「自由闊達な学びの場」ではない!?」
「「ゼロ権力の場」が夢想したり、それを「理想視」したりすることが、いかに「ナイーブすぎるものの見方」であるか」
以上

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