TOP > 社会 > 築280年町家「富永屋」解体へ 京都「行政支援なく維持困難」 : 京都新聞

築280年町家「富永屋」解体へ 京都「行政支援なく維持困難」 : 京都新聞

39コメント 登録日時:2019-04-06 11:07 | 京都新聞キャッシュ

Twitterのコメント(39)

こういう話が続くなぁ →
「現在の状態では災害が起きた時に周囲へ迷惑を掛ける可能性がある。行政からの支援はなく、個人で維持するのは難しかった」と苦渋の表情
 京都府向日市「行政支援なく維持困難」
客寄せに使っておいて維持費は出さないの、ほんとまじで京都はよーーーーー!!!!
またなのかーーー!!!もう嫌だ、もう嫌だ京都……
また、消えていくのか。。。。
何とかして止められないものか。
そういえば、明治村に移築なんかしないんですかねえ。民家園みたいなのは京都にはないのかな?>
10年も地元の為に開放してくれたのはすごいことで…。(-ε- ) 夏前に見に行けるかな…。
“ ”
フランスの様に、口も出すけど金も出すにしないと、日本の原風景はなくなるよ。
すでに先人の記録はあるだろうけど、
街道調査の一環としてこっちでも
記録したいんやけども。
京都の場合、280年くらいだとモノにもよるとは思いますが大した文化遺産として考えられないのかもしれませんね。。。
貧しい国のひあい
何とか維持できないのでしょうか?この件は政治の仕事かも知れません。
オリンピックだの万博だのクールジャパン政策だのやってる金があるなら、こういう史跡を守るのに使う方が日本のために有意義だ。ZOZOの社長も絵を買い漁るより、こういう所にポンと金を出せば見直すのにな。
存続させるにはどうしたらよいだろう。
地域の宝にもなる存在。行政支援なくとは⁉︎ 詳しい話が聞きたい、
なんとかならんもんかねぇ…
市民が活用し、存続の危機を乗り越えてきたが、修繕費の確保などが課題となり、維持が困難になった。約280年前に建てられたとみられ、一帯の歴史を現代に伝える貴重な町家遺構が姿を消す。
よく利用している人に話を聞いた。京都に観光が集中する現状で、この辺り乙訓(おとくに)の名所旧跡をアピールする活動が進んでいるところなのに…
向日市が手を打たないのもひどいんだが、そもそも日本の文化財保護制度は民家にたいして手薄いのだ。登録文化財という制度でもぜんぜん救えない。
インバウンド、訪日客誘致という割には、こういう建物が保全されない現実…。
うーん…何とかできひんかな
京都新聞の取材に「現在の状態では災害が起きた時に周囲へ迷惑を掛ける可能性がある。行政からの支援はなく、個人で維持するのは難しかった」
名古屋でも取り壊しの議論が起きた古い歴史ある家がニュースになった途端いきなり火事で全焼になったことあるよね
測量家・伊能忠敬らが宿泊した西国街道沿いの旧旅籠(はたご)「富永屋」(向日市寺戸町)が、取り壊される方針であることが5日、関係者への取材で分かった。
何のためにインバウンドやってんねん(´-ω-`)
隣の建物がこんなんだで保存の話以前の問題だわ。本当に京都の街並み醜い。
名古屋の有松も郊外という厳しい条件で古い町並みがそれなりに残っているけど、こことの差はなんだろうか。やはり行政の熱意か余裕の差なのか。
こんな貴重な文化遺産を…
文化の多様性もいいけど足元がこれなのは本末転倒では?
なぜ「うちゅくちい国」の首相は助けないのか
もったいないけど、宿場町とかではないから、重伝建に指定できないんだな、これは
「こういうの」は、もう貴重で大事な国家遺産なんだから、崩壊する前に一軒丸ごと、クリアレジンとかクリアFRPでコーティングしちゃうとかした方がいいんだってば!
外国人観光客迎え入れるのに必死で、大切なものを見失っているのが今の京都府と京都市。市民にも府民にも何にも恩恵がない。《 》
う〜ん、ここまで改変されてると中途半端な修理はかえって難しそう。
これを壊してアパートになるのか…→ 1616年には現在の場所にあった。街道に面した向日神社の門前で宿屋や料理屋を営んでいた。伊能のほか、江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜も訪れたという。
写真で見ると道路に面してるところは、適宜改修を行ってきてたようす。それが「歴史ある風情」を消してるので、この記事を読んで「え!そんなに古い建物なの?」と驚いている近隣住民も多いんとちゃうかな。
うちの近所です!徳川慶喜も泊まりましたよ!解体、残念だ😭
以上

記事本文: 築280年町家「富永屋」解体へ 京都「行政支援なく維持困難」 : 京都新聞