僕は学校が大嫌いだった。日本人は「みんな明るく元気よく」の呪縛に囚われている

199コメント 登録日時:2017-06-01 08:25 | ハフィントン・ポストキャッシュ

僕は声を大にして言いたい。「だからひとりが好き」と。...

Twitterのコメント(199)

これ、2年ぐらい前の記事だけど、この2年で世の中の価値観はどう変わっただろう🐸☔
生きづらさを感じている人へ。
自分にどんな呪いがかけられているか、
自分自身でどんな呪いをかけているか、
ってチェックすると思わぬ気付きがあるかも。
『だから僕は声を大にして言いたい。「だからひとりが好き」と。』きっと
賛否両論あるんだろうけど、個人的にはすごく共感できた記事。<blockquote〉 </blockquote〉
< 自分も「ひとりが好き」、それも良い。
「自分が好きな事を「好きだ」と言えることは、とても素敵なことだ。ひとりで過ごす時間はかけがえのない自由時間だ」
吉川慧(ハフポスト ニュースエディター)
まるっきり同意。幼稚園のお遊戯会とか意味が分からなかったわ〜〜。みんな一緒にって強要されるのは本当に嫌。
自分の気持ちを殺して周りに合わせた(合わせざるを得なかった)先には、本当の幸せはないと感じます。
僕もみんな仲良くが好かない。一人一人が個性なのになぜ背中を押されるように共感しなきゃいけないの?

日本人は「みんな明るく元気よく」の呪縛に囚われている
考えさられるわ
あとでメモφ(..)
「みんな明るく元気よく」の呪縛にとらわれてる。。。

本当良く分かる。

ひとりで居ることが、決して悪いことじゃない。

昔の自分に、伝えてあげたいな。
うんうん。自分が小中学校に通っていた子どもの頃には気づかなかったけど、学校ってほんとに異様な空間だと思う。高校は雰囲気がぜんぜん違ったけど。しかしあんな空間で小中9年間も過ごすと人格形成とか社会観、対人観に計り知れない影響を受けるよね
ほんと嫌よね~私の頃はしらけ世代で校内暴力華やかなりし頃だったので、逆に変な協調圧力無くて良かったのかも。
色んな事にも言える。
自分も、集団なんかでいるのよりも「一人」好むね。
Twitterでも付き合い増えてから、みんながみんな集団作りたがる風潮に、異議!!
9/1、いまもう一度伝えたい。
「明るく元気よく」生きることは
「暗く調子悪そうに」生きるより好いと思う。
学校・学級経営が悪いと、子供は学校嫌いになりがち。
うーん、何すりゃいいのか
共感できた。
労働者を作る教育はすぐに辞めるべき。
(そこに無償で行けるように求めたり画策してる立派な人がいるそうで)僕が嫌いだったのは「みんな」という言葉を免罪符に「ひとり」の犠牲を強いる学校のシステムだ/大切なのは、互いを認め合い、強制しない事だ / “僕は学校が大嫌いだった…”
わたしは子供ながらに気丈に振舞って明るく元気よくを貫いてたけどたまにエネルギーが切れて登校拒否を繰り返してた。そして中学に入ってキャラ作りに完全に疲れた。もし自分の子が学校行きたくないと言ったら私は自宅学習に切り替える。

?
学校は楽しい思い出もいっぱいあるからなかった方が良かったとは思わないけど、もっと自由にさせて欲しかったし辛いこともいっぱいあったな #
みんなに合わせることだけが人生じゃない。
「集団行動なんだからそれじゃ学校が成り立たなくなる」とか言ってる状況じゃないんだよなぁ…
ああ、涙が出るほど共感するよ…:
【僕は学校が大嫌いだった。日本人は「みんな明るく元気よく」の呪縛に囚われている】

いつから、そしてどうしてこうなったんだろう。昔いじめHPしてた時に強く感じた「歌うなら頑張れソングじゃなきゃいけない」という風潮。一層進行してる感じ
私もひとりが好きだったのに変人扱いされる空気感
これからは多様性を受け入れないとやっていけないって最近どの人からも聞くようになった。教育も変わる時がきたんじゃないかな。

via
今でこそ世の中には様々な人がいて個性の多様性や価値観が認めらるようになったけどちょっと前まではネクラだのネアカだの実にくだらない陳腐な言葉が流行っていた
間違いなく今年読んだ記事で一番読ませる!すごい。
関わらないという関わり方があってもいいじゃないか。
集団行動や学校制度を全否定はしないけど、変えてほしい部分は確実にあるよな。自分の子供の頃でもウチの子供ズのときにも、『勘弁してくれ....』は幾つもあった(^_^;)
小学生の地点でめっちゃ頭良い
同感。学校、嫌いでした。
俺は「ミンナ」の一員になる気はない。学校に自尊心の源泉を求める人間の気が知れない。 →→
#
このゆりちゃんと似た子を知っている。吃音のある優しい子。常に緊張していたが耳を傾けていると後から後からたくさんの話が湧いてきて楽しそうだった。なのに学校では指示に従えないとよく叱られていた。
みんなちがって、みんないい。他人に強制せず、個性を尊重出来る価値観を学校で共有出来れば、いじめは減るし天才も育ちやすくなる。
"内向的は個性だ"
ほんとその通りだなぁ。わたしも同じ経験をしたからすごくよくわかる。そして同窓会には行かない。
わかるわかるー:
おとなしくあまり喋らないが社会に出てから上手くやっている社会人はいくらでもいるのだから、「みんな明るく元気よく」と教えるのは間違いのように思えるが、そのほうが生きやすいからそっちに傾けるのもわかる。 / “僕は学校が大嫌いだった…”
共感もあるけど、マイペースにグループにいたりひとりでいたりとかしてたからなんとも( ̄▽ ̄;)
みんなと同じ=良い
みんなと違う=悪い

という方針の方が、先生は教えるのは楽ですよね。
その子その子に合ったやり方で教育しようとしたら、先生の数が足りない。

こういう「みんな明るく元気よく」み...
「個々が能力を最大限に発揮できる」ことを前提にして環境を再構築すべきだと思う。今はまず環境ありきなんだよね。
ぼっち開発はすばらしい。チーム開発と違って騒音を立てない。もくもくコードを書く。犯人探しもない。良いも悪いも自分だ。だからオレはぼっちでコードを書く。
小中の時、自分たちの価値観がさも標準で合わせろっていう集団が嫌いだった。高校では個性を尊重されて居心地良かった。そこで自分を表現できる音楽とも巡り逢えたしね。
良い悪いはともかく「みんな仲良く」は日本で生きていく上での基本スキルであり、社会を変えなければ学校も変わらないと思う。 /
明るく元気よい子が好まれるのは、わかりやすくて扱いが比較的楽だから。逆に、おとなしい子は何を考えているかわかにりくくて扱いが面倒。
この記事について賛否両論ありますね。
しかしちらっと読むだけでも考えさせられる内容です。
私は平成12生まれですので昔の学校事情はわかりませんがみんな明るく元気よくの呪縛というのには深い印象が残りました。
せめて、「みんな明るく元気に」といった、人間の多様性を否定しかねない教育目標は一刻も早く闇に葬って欲しい(記事本文より)
よくわかる。学校なんてそんなとこ。→
私が嫌いだったのは、「みんな」という言葉を免罪符に、「ひとり」の犠牲を強いる学校のシステムだ。

楽しんでいる「みんな」の陰には、声を上げられずもがいている「ひとり」がいるかもしれないことを、どうか忘れないでほしい。
?
@HuffPostJapan

俺はひとりの時も、ワイワイしてる時も好き。でもどうするかはその時の気分で自分が決める(*´˘`*)♡
集団生活になじめないとき、やり過ごす方法を教える存在は必要だろけど、あの程度のことすら向き合えないヤツがどう社会で生きていくのか、と/
…ちょっと、この記事読んで、わかるなぁ、思いました。
「みんな明るく元気に」といった、人間の多様性を否定しかねない教育に一石を投じる流れ。
/

自分が好きな事を「好きだ」と言えることは、とても素敵なことだ。

ヽ´ω`) ウム
だまっていて、一言も喋らなくても、とてもあおぞら作文教室を楽しんでいる生徒さん、います。私はそれが分かるので、黙っているけれど積極的だと感じます。学ぶ姿勢があるから / 僕は学校が大嫌いだった。日本人は...
サボればええんでねえの、学校くらい。
「天気の良い日に校舎に引きこもりに行く奴は雑魚だぜ!木漏れ日とか川のせせらぎを感じたいぜ!」というノリでしょっちゅうサボってましたが、意外と補導とかされないも...
「僕は学校が大嫌いだった。日本人は「みんな明るく元気よく」の呪縛に囚われている」

「「ひとり」より「みんな」が重んじられ、「みんな明るく」が求められる。」

踏み出す一歩も、決意も、死ぬのも、「ひとり」だ。
バズってるなぁ。私も結構一人が好きです。部下を引き連れてお昼ご飯を食べに行くのが好きな上司にヒットすると、昼休みが無くなっちゃうんですよねぇ笑
日本だけじゃないけど集団主義において 一人の意見よりも皆んなの意見の方が重要視されるもんなそこに疑問を持つの本当に分かるよ /
年齢が同じってだけでずっと一緒ってのは確かにおかしいよなぁ。。
どうせその後も連絡を取る人なんて片手で数えられる程度にしか残らないんだし。 / 僕は学校が大嫌いだった。日本人は「みんな明るく元気よく」の...
中学くらいまで何も考えてなかったなぁと思った。逃げることもなくただそこにいただけ

 | 吉川慧
頭ではわかっているつもりでも、意外とできていないのかもしれない。人それぞれの個性を尊重するということ。
日本の学校は、画一的過ぎて、ロボット製造工場のようなもの。個性等は面倒なので、持たせない方が楽と思っている教師が多い。
「内向的」という個性、「ひとり」という選択肢。 /
ホントこれだよね。
明るく・・・元気・・・
ウンザリする。
俺も学校は超嫌いだったな。興味ない事を強制させられるわ、興味がある事はなかなか先まで教えてくれないわで今考えると気持ち悪いね / 僕は学校が大嫌いだった。日本人は「みんな明るく元気よく」の呪縛に囚われて...
よく考えたら球技大会も文化祭もやることは違っても目立つ人はいつも同じやね。

自分は割と目立つ立場のほうでこういうこと考えたことなかったけど読んでなるほどなと思った。 / 僕は学校が大嫌いだった。日本人...
ここに書いてあることの辛さを否定するものでは全くないんだが、明るく元気よくの圧力とスクールカースト感って、アメフト部とチア部頂点のアメリカ的なものの輸入だから、欧米の方がもっとそれ辛い環境じゃね?と思ってたり。
?
だからわたしも声を大にして言いたい。
だからひとりが好き、と。
分かる分かる。その通りだと思う!
多様性を認めての個性やからね。

>
辛い時は、球技大会の日よりはマシだと言い聞かせてる位に球技大会が嫌い。集団行動が嫌いな自分は異常だと思ってたけど、他にもそんな人が居るらしい。
小中は余程つまらなかったのか写真一枚も残ってないし、それを後悔したこともない。記憶もそんなない
“それな”の3文字以外浮かばなかった。自分の場合、学校は言うほど嫌いじゃなかったけど:
「みんなで飲み会したいから」と不参加を咎めるムードは、多くの会社に残ってるよ。 /
一人でいること、大人しいことは悪じゃないこと、学校で教えていくべき。内面豊かな子もいるんだ。
これからは集団活動なし。授業終わったら帰宅。「みんな暗く地味に行きましょう」
「大嫌い」とまではいかなくとも共感できる、「ひとり」の在り方と精神性。/“私が嫌いだったのは、「みんな」という言葉を免罪符に、「ひとり」の犠牲を強いる学校のシステムだ” / “僕は学校が大嫌いだった。日本人は「みんな明るく元気よ…”
言ってることはよく分かるんだけど、こういう言説が広まると「私も学校苦手だった〜。一人が好き☆」とか言い出すクソリア充がわらわら湧いてきて、提起された問題も何もグダグダになるのが世の常である。
これを言えばこの種の人々から反感を買うのかも知れんが、この人は環境が悪かっただけだと思う
流石に被害者意識が強すぎる
高校まではクソゲーだから
これ、ものすごく共感。私も学校が苦痛で苦痛で仕方なかった。
私の場合、高校生活は地元を離れたおかげもあって、わりと良い方でしたけれど、小中学校は筆舌に尽くしがたいものがありました
みんな笑顔!! / (ハフポスト)
学校の「みんな明るく元気よく」が嫌いだった。クラスのゆりちゃんは物静かだけど、話せば意外とおしゃべりだった。好きだった。

この人も結局明るくおしゃべりするゆりちゃんが好きやんけ。明るく元気に越したことないやろ。
学校って本当に中心グループとか出来て行って嫌な環境だったよなぁー。今の時代同調圧力は誰も幸せにしないんじゃないかと思う。 / 僕は学校が大嫌いだった。日本人は「みんな明るく元気よく」の呪縛に囚われている...
僕も学校が嫌いだった。
会社も嫌いだけどまだ気楽。
経験上「明るい奴」の9割くらいは大学サークルノリを引きずって大人になれなかったゴミ。
今でも学校の中にいるからこそ、この気持ちはとてもよく分かる。|
《僕は決して学校の勉強が嫌いだったわけではない。私が嫌いだったのは「みんな」という言葉を免罪符に「ひとり」の犠牲を強いる学校のシステムだ》 /  | 吉川慧
いまは一人になれる環境がたくさんある。ハッシュタグいらないと思う。(^_^;)昔ロンリーずのギャグあった。結局一人は嫌なんだよね?
>
たまには一人で居たいこともある。でもずっとはつまらないと感じます。みんなの輪の中では頑張って意見を出したり、仕切ったりしていたな。そんな学校生活でしたわ。疲れたりするのがわかっていたのにね。
ほんとこれなんだよね。私は休み時間は静かに読書したい派だったけど、「あなたは勉強ばかりできて友達と仲良くする人間性がない」ってよく言われた。良い子とはこういうものだと定義するのをやめてほしい。
父の弟の配偶者(叔母)から「変わった子供」と称された私もそうだったなぁ、と思いつつ読んだ
自分に良く似てる。

1人で居る事が好きって言うと、友達居なくて寂しい癖に強がるなって言われる。解せぬ…。
変だって別に構わないじゃないか…
それが受け入れられないのは学校じゃあないか…
完全に俺じゃねえか
みてる:  | 吉川慧:
「えっ、みんなそうするじゃん」「当たり前やん」みたいに同じようにすること、目上の人の圧のある言動には無意識に拒否してしまいます。 / 僕は学校が大嫌いだった。日本人は「みんな明るく元気よく」の呪縛に囚わ...
小中高と一人でいることは友達がいない可哀想な子という意味で、一人でなんて絶対いられなかった。大学に入ったら一人で買い物しても一人でごはん食べても何も言われなくて感動したことを覚えてる。
全国学校嫌い選手権で毎年ベスト8以上に進している私としては、この ってタグを支持したい。「ひとりぼっちは楽しい」と言いたい。

#
私も同様の理由で学校が嫌いでした ホント何なのですかこの同調圧力は!
私も一人は好きだけど、好きな人と一緒にいるのも好き。別に二律背反ではないと思う。。/
♪やっと一人になれたからって~ 涙が出たんじゃ困るのさ~ やっぱり僕は人にもまれて~みんなの中で生き~るの~さ~
私も同意。
命を奪われたり、心に傷を負うくらいなら、学校なんて行かなくていい。
ひとりひとりの個性に合わせた学びの場が必要だと感じる。「みんな」と同じじゃないことは「ダメ!」じゃない。みんなと同じじゃないことが、むしろ普通。
?
『みんなに参加しない』を良しとしてくれる親でよかったし参加してなくても友達はいたので問題はなかった
スクールカーストの上位層が作り出すクラスの空気は、僕にはどうも合わなかった。
これは分かりすぎる。
「「ひとり」より「みんな」が重んじられ、「みんな明るく」が求められる。それが学校という場所だった。「ひとり」でいることが好きで、集団行動が苦手な僕にとって、「学校」はまさに「心の監獄」だった」
控えめに言って囚われすぎてる
ハッシュタグが流れてたけど元記事はこれか。首もげレベルで同意なんだけど、まあ昔の話だし。
完全にというわけではないけれど、どこか共感してしまう。「望ましい振る舞い」が初めから決まっているような感じは、やはり居心地が悪い。
>私が嫌いだったのは、「みんな」という言葉を免罪符に、「ひとり」の犠牲を強いる学校のシステムだ。
うん、わかる。
>僕のような運動音痴が入って、ミスをして負けると、「お前のせいだ」という目を向けてくる。だったらはじめから有志参加にすればいいじゃないか。
これほど深く同意した記事はない。
途中までふんふんと読んでいたが最後だけ引っかかるんだけども 同窓会参加するかしないかは返事くらいしなさいよ...それはひとりが好きとかそういう話じゃないでしょ
教育目標の「みんな明るく元気に」は「病気怪我無く」という意味合いでは?そこは否定しなくても。
ステキな企画。僕も「ひとり」が好きな人間なので、吉川さんが学校で経験した気持ちにとても共感しました→
学校って知識や経験を効率よく伝達する場所だとは思うけど、人の成長の場としてはいびつだよね。
僕も学校が死ぬほど嫌いだったから、就職した時は楽しくてしょうがなかった。わかるよ。/
しゃべらなくていいから
多少は同調圧力に息苦しさを覚えたりはしたよね
「ひとりを肯定する社会」って、マジ孤独を好むヤツからしたら「うるせえ余計な事すんなほっとけ」じゃないのかしら。>>>日本人は「みんな明るく元気よく」の呪縛に囚われている
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙分かるウウウウ……
21世紀の今、「毎日、学校に通わないといけない」「みんなで一緒に授業を受ける」という前提が、もはや時代遅れになっているのかもしれない。
学生生活が終わればこのくだらない集団行動から逃れられると思ってたのに、就職しても大して変わらなかったときの絶望感よ
みんな仲良く元気よくという考えは嫌だな。個性潰しかねない。
そういえば、高校の時体育祭サボったことある
元はここか
最近のテーマ、これ。
『みんな仲良く一緒』に反発する息子を見てて、あぁ自分も集団で動くの好きじゃなかったな、って思い出した。

修学旅行や同窓会を楽しめない人もいるよね。
そういう、心の自由が語られるようになって嬉しい。
トレンドにタグ入ってて気になったから読んだけど、めっちゃあるあるでした…すごく解る……。
スクール・カーストの点では自身も経験した。当時の生真面目さが裏目に出たんだろうな…
“ひとりひとりが充実した暮らしをすれば、社会はきっと豊かになる。 自分が好きな事を「好きだ」と言えることは、とても素敵なことだ。” /
括られた12カ月の範囲で生まれたってだけで一緒にいるのは苦痛でしたなあ。
ちょっと極端だと思う所もあるけど気持ちがわかる所もある。
「ひとり」より「みんな」が重んじられ、「皆明るく」が求められる。「ひとり」でいることが好きで、集団行動が苦手な僕にとって、「学校」はまさに「心の監獄」だった・・。
/日本人は「みんな明るく元気よく」の呪縛に囚われている
「「運動会」や「球技大会」は、当日の朝に吐き気が出るくらい嫌だった。ああいうのは体育会系の部活をしている人だけが楽しめる行事」まさに
自立云々といった大層な話ではないですが、「ひとりでいること」はともかく「ひとりでいるべきではないとされている空間にひとりでいること」はなかなかしんどいですよね。はい二人一組になって~。
システムが嫌いってすごいわかりすぎた。何が嫌いってそれ。
あでも小学校は自由な北海道から関東の多分特に閉塞的なとこに行ったせいで人も苦手になったけど…そこから根暗人生が始まる笑
中高は友達も先生も好きだったけどシステムは…うん…
一人ひとりの個性を大事にする教育にしないとな
すんごい雑に言うと洗脳された金太郎飴からの同調圧力は完全に無視してやりたいことやってりゃいーの。どのみち後から着いて来るし。皮肉な話… :D
ここまでではないけど、自分も一人は好きだしひとりでも全然退屈しない。
出欠席の連絡はして欲しいと思うの。意思表示するしないと、1人が好きは別。
これ読んでうんうん、わかるーと頷いてふと思ったんだけど、ひょっとしてこの世には学校行くの楽しい、って感覚の人がいるの?皆学校嫌いだけど平気で我慢できる子達なんだと思ってたんだけど、その認識が間違ってたとしたら衝撃的なんだが…

?
コレ今のゲーム界隈にも通づる所があるような
ここまでは思わんけどわかる気がする
スクールカーストは少なからずどこにいってもありますよね
スクールカーストというほどでなくてもいけてるグループは存在します
逆もね。
義務教育ではマイノリティは異端扱い。 誰もが通る道だと思うけれど・・・ 自分には疑問と向き合うチャンスが与えられなかった気がする。
人としての『個性』を殺す場所だよね…学校って狭い世界は

だけど、これって日本の縮図みたい
日本全体も(ほんとはただうるさいだけなのに)『明るい・面白い人』が好きで
『おとなしい・控え目』な人は『暗い人』ってレッテル貼って嫌うよね
あーーー思い出したくないーーことーたくさーーーんアルネーーー
@HuffPostJapan

「みんな仲良くしないといけない」的なのはほんと気持ち悪い。仲良くなる人は自分で決めるから強要するなと
ネットではこういう人は相当数いるように見えるけど、それでも少数派なのかな、変わらないという事は
ひとりが好き。でもひとりぼっちはいや。常に集団で意思決定し行動することを強いられるのは苦しい。
よく、勇気を出しておっしゃってくださいました。尊敬します。
自然にみんなとなかよくやりたかったし、スポーツも得意でありたかったんじゃないのかなあ
私も学校に楽しい思い出はない。学生時代からの友達はいない。チームは好きだけど同調圧力はいや>
「個性を重んじる」と口では言いながら、個性を全力で押さえつける教育。俺も教員にいっぱい虐められて、高校卒業したとき親から「卒業までに自殺すると思ってたけど何とかなったね」って言われた。
古巣ハフポストの新企画。実は私も「みんなと一緒に」のグループ行動が苦手でした。個を重んじる社会であって欲しい~
@HuffPostJapan

私は完全にこの記事の側の人間だけど、そうじゃない人の考えも聞いて見たい。相容れないだろうけど。
これを読んでちょっと内容とは違うかもだけど、高校の部活のときに自分が1年生で3年生の最後の大会でみんなボウズ頭にする(大会前に突然)ってことを思い出したw
ボウズにしたからと言って勝てるわけでもないのにねw
振り返ってみると自分にとっては学校のみんなといる時間も、ひとりでいる時間も両方大事だった。両方のバランスが取れているときが一番心が安定していた気がする。
未だに人に何かをさせようとする学校的なモノ・人って嫌いですね。好きに生きるわ。
シングルプレイもマルチプレイもそれぞれ楽しいよね。だけどプレイスタイルは十人十色だから強制はしないでほしいよねぇ
これ今の精神科デイケアにもいってくれ、俺あの学校みたいなシステムになって行かなくなった
この考え方、すごく好き
別にひとりが好きとか集団が嫌いとかってわけではない
向いていないだけ
共感せずにはいられない話題
確かに日本人はまとまっているのが好きだ。学校の制服だって、決まってるでしょ。
よく考えさせてくれる文でした。
刺さる記事だった。
改めて、集団でいる事を強制するのはおかしいと思った。
そうだよ。友達の数を競っても意味がない。
楽しく過ごせる場所や時間を自分が決めればいいのだ。
僕は学校はそこまで嫌いじゃなかった。

でも気にくわない奴に同調を強いる空間に押し込められるのは、やはり間違ってると思う。

高校以降は運動会も遠足も勝手に参加しなかった。小中の比じゃなく毎日楽しかった。
「内向的は個性であり、ひとりは社会を強くする。」
共感できるところがたくさんある
いつから「こうあるべき」みたいな、それ以外は省かれるような陰湿な感じになってきたんだろか。コメントしてる人たちをみてると、それぞれの適正にあわせて仕事してたりなんとか生きたりしてる。個性は力なのに見過ごしていると思う。
友達といるのは楽しいけれど、大勢といるとちょっとしんどい。ひとりの時間は自分をリセットする時間-
みんなで一緒にを大事にしないと全ての子を見捨てずエンパワーメントする事ができないじゃないですかー。
"みんな"より先に"個"を認め大事にする事を教えないから歪んでしまう。それは年を重ねると身に付き難く今の不寛容さに現れている。

「みんな明るく元気よく」の呪縛に囚われている |@HuffPostJapan
「みんな一緒」と言わなかった我が中高。それでも考えを率直に言い過ぎてか集団に馴染めなくて辛かった。信任があるからと生徒会の会議だけ行ったりもした中学時代、恩師や理解ある友人に救われていた。色々思い出しました。
うわー、、「ゆりちゃん」まるで私の幼少期。でもこれも多分インチャだよ。
いじめ防止に繋がると思う。違いを受け入れられる世の中になってほしい。
新しい企画 始まった。日本の「ひとりになっちゃダメ」プレッシャーの呪縛から解放されよう!
#
これは素晴らしい記事。学区・学年・学級制度って、ほんと無用な苦痛を子どもに強いているだけで、無意味、というか、有害。
ハフポの記事なんだが、僕のことが書いてあるみたいだ。僕も学校は嫌いだった。中学校は行かなかった。集団が苦手、合わせるのが苦手。一人で考えて動く新聞記者が自分に合っている。
学校は無くてもいいんじゃないかなーとか思い始める今日このごろ……
"楽しんでいる「みんな」の陰には、声を上げられずもがいている「ひとり」がいるかもしれないことを、どうか忘れないでほしい。"
全てのぼっち共に捧ぐ俺達の新企画。一発目は同僚の強烈な内面吐露から。mixiに「寂しがりやのひとり好き。」ってコミュあったよね /
みんな一緒に何かやる=美徳という呪縛。>大人たちが働く会社でさえ、活発な人がいれば、内気な人がいる。子供たちが通う学校だって、それでいいじゃないか。 /
そうそう。誰もが同じわけではない。
大学教員をしていると、ようやく「一人でいる自由」を得た学生さんが才能を伸ばしまくっていく。確かに彼らは学友とはちょっと違っていて、異端かもしれない。でも大学というのはそもそもそういう研究者を増やす場所だ。->
>集団行動を強いられる学校行事
今考えるとある種の同調圧力だな(´・ω・`)
これはいい企画だ
俺も集団行動大嫌いだったな
なんで自由にさせてくれなかったの?ってすごい思うわ

「ハフポスト日本版では、自立した個人の生きかたを特集する企画『』を始めました。」
新企画 始まりました。多様性多様性っていわれるけど教育ももっと多様であってほしいよね。わたしもあの頃には戻りたくない /
今日からハフポストで新しい企画が始まりした。その名も「」。ローンチコンテンツとしてブログを書きました。私の闇が隠しきれない内容になっておりますが、よろしければシェアいただけると(笑)。どうぞよろしくお願いします!
学校というのは集団生活、集団行動を学ぶ場だから。
ただどうしても合わない人も居るのでフォローは大切。
無理強いは禁物。
これこれ!本当にこれ!
個を認めず多様性も認めない日本の教育方針ね。このライターさんに凄く共感。自分を押し殺すなんてやーめたっ笑
わかるな、これ。私は学校教育の鋳型にはめられて大量生産されたこどもの、動作不良品だったから。
以上

記事本文: 僕は学校が大嫌いだった。日本人は「みんな明るく元気よく」の呪縛に囚われている

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