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映画「ハンナ・アーレント」レビュー、思考し続ける大切さと意志の強さ

65コメント 登録日時:2014-01-05 16:11 | ハフィントン・ポストキャッシュ

ハンナ・アーレントの提唱した「悪の凡庸さ」は、20世紀の政治哲学を語るうえで大変重要なものです。人類史上でも類を見ない悪事は、それに見合う怪物が成したのではない、思考停止し己の義務を淡々とこなすだけの小役人的行動の帰結として起こったとするこの論考は、当時衝撃を持って受け止められました。凡庸な人間がそうした悪になり得るということは、人間は誰でも思考を放棄すればアイヒマンのようなことをしでかすかもしれ......

Twitterのコメント(65)

今年は手作りシュトーレンをグリューワインで戴き、大好きな『ハンナ・アーレント』を観るドイツなクリスマスにしよう
これ観たい
録画より約2年、本日見終えた。憑依の名演。
自分の最適シナリオからはずれた話や人への感情的なリアクション、事象の再検討や調査より個人を批判や攻撃することで調和を回復させようとする反応は昔も今もφ(..)
基本、俺様ルールは嫌いですが、
アイヒマンのような上からの命令をこなすだけの思考停止とモラルハザードを呼び起こすナチスの罪はユダヤ人に対してのみならず人類に対する罪を問う<
映画「ハンナ・アーレント」思考し続ける大切さと意志の強さ
前からハンナ・アーレント気になってたけどより好きになったな
ようやく映画『ハンナ・アーレント』を視聴しました。映画の最後のほうに出てくるアーレントの大学講義シーンは必見ですね。アーレントの著作をもう一度読まなければ、と思わせるパワーがありました。 / “映画「ハンナ・アーレント」レビュー…”
ようやく映画『ハンナ・アーレント』を見ました。いろいろ書きたいことはあるけれど、このレビューに書き尽くされている気がするので、こちらを紹介します。|
@tarosukenet @mita_manma
日本の失われた25年間でマクロ経済を担当した人々の行為は、ナチズムにおけるアイヒマンと似ているように思うのです
映画ハンナ・アーレント。「彼は悪人ではない、ただの役人だ」「世界最大の悪はごく平凡な人間によるものだ」現代に通じる話。全体主義の起源。
杉山穂高氏ブログ→ 【 】
【再掲】 “日本にも捩じれた正当性をめぐる歴史があります。(…)何が重要か思考することの大切さ”
他者の言い分を「仕方がない」と受け入れるのではなく「疑って」考える。
疲れた頭と心では難しいけど、少しずつでもできたら、ね。
自分がこの1年半に受けてきた理不尽を思い出しつつ読む。正直に告白するけれど、私は現在、障害者年金を受給中。その手続きに伴って遭遇したのが「お前が悪い」という、上記のような事柄だった。嘘のようだけれど、これが現実。悲しみと金縛り。
昨日ランチにお呼ばれした友人宅で、映画の話題で盛り上がり。アイヒマン裁判の問題点や、ラストの胸を打つスピーチが忠実に再現されていていいよね!と意気投合して嬉しい。
→凡庸な人間がそうした悪になり得るということは、人間は誰でも思考を放棄すればアイヒマンのようなことをしでかすかもしれない。その可能性を考えるのは怖い。なので人はその可能性に眼をつぶり思考停止してしまいたくなる。
これは是非観たい!映画「ハンナ・アーレント」
…多分↓こんな感じの分析をしてたと思います。ってゆーか、してました。絶対。
結局『MUD』は観にいけなかったし、週末もほぼ引きこもり予定だから、次に狙う「仕事帰りの1本」はこれかなー来週行けたらだけど・・・。ちょっと難しそうなテーマ。>>
「悪の凡庸さ」思考停止し己の義務を淡々とこなすだけの小役人的行動の帰結として起こったとするこの論考   命令された事を淡々とこなしただけ・・多くの人間が該当する論理。日本では総理大臣を筆頭に、あまりにもこの手人間が多すぎる。
この映画、凄く良かったです。レイシストは何故犯罪を犯し戦争を引き起こすのか。考えさせられた作品です。
これは見たけど、本当に、良い映画→ -
「悪の凡庸さ」は、「思考停止した自分の義務を淡々とこなす小役人的行動」がもたらした帰結。誰にでもあてはまる。
この人のレビューがってもわかりやすいかった。
“人類史上でも類を見ない悪事は(…)小役人的行動の帰結として起こったとするこの論考(…)「悪の凡庸さ」が突きつけるのは、人間と非人間と分け隔てるのは思考すること”
「悪の凡庸さ」:『人類史上でも類を見ない悪事は、それに見合う怪物が成したのではない、思考停止し己の義務を淡々とこなすだけの小役人的行動の帰結として起こった』
◆自分もそうなっていないか、常にチェックを怠るなよー
"「悪の凡庸さ」は、20世紀の政治哲学を語るうえで大変重要なものです。人類史上でも類を見ない悪事は、それに見合う怪物が成したのではない、思考停止し己の義務を淡々とこなすだけの小役人的行動の帰結" 思考し続ける大切さと意志の強さ
知らなかった… > アイヒマン裁判の映像はYouTubeに公式に公開され、その全てを見ることができます
大学時代、実はハンナ・アーレントの「人間の条件」を参考文献にして、卒論を書きました。この映画は観に行こう。
うっかり行きそびれてた…。

最悪レンタルでも観たい。
僕にはこれがしっくりきた。
【映画「ハンナ・アーレント」レビュー、思考し続ける大切さと意志の強さ】(HUFFPOST)


凡庸な人間がそうした悪になり得るということは、人間は誰でも思考を放棄すればアイヒマンのようなことをしでかすかもしれない。
おっとこれ見たかったのだ。札幌だとシアターキノか、ぼんやりしてるとすぐ終わっちゃうからな。 /
@HuffPostJapan こういう誤読する記事を読んで、「被害者にもかかわらず」アーレントとが正当性に疑問を持ったとかいう人が大量生産される危険のある記事。
杉本穂高「人類史上でも類を見ない悪事は、それに見合う怪物が成したのではない、思考停止し己の義務を淡々とこなすだけの小役人的行動の帰結として起こったとする論考(ハンナ・アーレント『悪の凡庸さ』)は、当時衝撃を持って受け止められた」(HP)
この今だから考えさせられる映画です。
見忘れた映画ハンナ・アーレント
つい最近、『イェルサレムのアイヒマン』を読了したので、またこの映画を観たくなってきた。>
思考停止ねえ。昨今の人なら誰でもそうなってるじゃないか。あなたも、そして例外なく、こう書く私も。自戒しなければならない。
「悪の凡庸さ」は、20世紀の政治哲学を語るうえで大変重要なものです。人類史上でも類を見ない悪事は、それに見合う怪物が成したのではない、思考停止し己の義務を淡々とこなすだけの小役人的行動の帰結として起こったとするこの論考
やっぱり見たいな!!/映画「ハンナ・アーレント」 レビュー、思考し続ける大切さと意志の強さ
戦争裁判は時に公平さを欠き、加害国を裁く儀式やショーとしての意味で開催されます。アイヒマン裁判しかり、東京裁判しかり。
ハフィントンポストの | 杉本穂高”( )を読む。ハンナ・アーレントと聞くとハイデッガーとアイヒマンが浮かび、アイヒマンが浮かぶとミルグラムの実験が思い出され…
そう・・"悪の凡庸さ"・・
この映画は、「千の天使がバスケットボールをする」というブログで紹介されていて、めっちゃ見に行きたかったのだけれど上映館がなかったのです…
凡庸な人間の群れが巨悪を生み出す。凡庸な人間とは、見たくないものは見ず、思考停止した者のことだ。安倍現象を見るにつけ、再びこの国で巨悪が生み出されないことを願わずにはいられない。 ⇒ 映画「ハンナ・アーレント」、思考し続けることの大切さ
人類史上でも類を見ない悪事は、それに見合う怪物が成したのではない、思考停止し己の義務を淡々とこなすだけの小役人的行動の帰結として起こった
映画「ハンナ・アーレント」レビュー |
一度でいいから見てみることをオススメする。クライマックスシーンの言葉の迫力は凄まじかった。 /
映画「ハンナアーレント」の評。ずいぶんと読んだけど、これはかなりおもしろいです。東京裁判の正当性と意味に言及し、東京裁判を無意味だとする説を突破する。
映 画「ハンナ・アーレント」レビュー、思考し続ける大切さと意志の強さ | 杉 本穂高
警告思考停止。。。
この映画面白そうだ。
この人の本面白いからみてみたい
観たい映画。/
みんなの反応
アイヒマンの裁判を傍聴したことも、アイヒマンの裁判が全てWeb公開されていることも知らなかった /
ハンナ・アーレントがタイトルの映画があるんだ。 /
他9コメント
これ見たい。RT @hatebu: 映画「ハンナ・アーレント」レビュー、思考し続ける大切さと意志の強さ | 杉本穂高 (60 users)
アンナ・ハーレント。映画というメディアは、よくわからないが知りたいときにもいいですね。観たい。
考えるの、やめちゃダメだ。思考停止が罪をうむ。 /
他4コメント
面白そう。
この視点は重要。常識は本当に正しいのか?:
ハンナ・アーレントの映画。面白そう。
「本当の悪は、平凡ない人間が行う悪です」・・・これは・・・観なければ~!>>>
以上

記事本文: 映画「ハンナ・アーレント」レビュー、思考し続ける大切さと意志の強さ

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