TOP > その他のニュース > 超自然的な力を信じた「日本の戦争」 歴史家・磯田道史さんと僕たちのたどった道を考える【戦後72年】

超自然的な力を信じた「日本の戦争」 歴史家・磯田道史さんと僕たちのたどった道を考える【戦後72年】

14コメント 登録日時:2017-08-19 00:52 | ハフィントン・ポストキャッシュ

「学校で教わる『歴史』って、暗記ばっかりで面白くないんです」。かつて予備校の教壇に立っていた頃、私は学生からそんな愚痴をよく聞いた。でも、それで「歴史」を食わず嫌いしてはもったいない。「過去」を学べば、「いま」を知ることができ、より良い「未来」をつくるヒントが見つかるかもしれない。2017年8月15日、終戦から72年を迎えた。今年は日本国憲法の施行から70年の節目。「共謀罪」の趣...

ツイッターのコメント(14)

365日360°から脅されているからだ。 >「隣の人がこう言っている」「世の中はそんなもの」といった同調圧力に引きずられやすいのは、日本人の課題点です。<
歴史は日本という国が経験してきたことで、その経験を知り・考えることが一歩先の未来を考えることにも通じていて。。
説明できるように考えること、大事だよね。。。
僕は司馬さんに対して異論もあります。(略)明治から「おかしくなる芽」は十分にあったと考えています。
歴史家の さんと、僕たちのたどった道を考える


「戦後、日本はフィクションの中で暮らしてきた」
歴史家・磯田道史さんと僕たちのたどった道&
江戸幕府の「頭」の部分が、よく似たような権力構造である「天皇」にかわり、明治新政府が発足しました。日本は、それを西洋風の法治国家、立憲国家に変えていくという作業をやった。
面白いww後でじっくり読む「司馬遼太郎の作品は小説にすぎない。これを歴史、史実として理解するには、歴史家の案内による「司馬リテラシー」が必要」>> 歴史家・磯田道史さんと僕たちのたどった道を考える
日本軍は天皇や上の方向への責任というのは非常に強かった。しかし、下方向への責任、住民や部下に対する責任、部隊に対する責任をとった大将というのは少なかった】
信じるのが"神"か"核の傘"かの違いだけ 何も変わってない
中々面白いアプローチであった
このインタビューとセットで読ませて貰うと大いに納得しました。
最近、司馬遼太郎を読み返してみる必要性を感じていたので本作も読んでみます。
「日本人は深く考えなくなった。(中略)何かの判断の時に深く考えない」
超自然的な力を信じた日本の戦争 磯田さん
「陸軍では今村均という立派な大将。上への天皇への責任で切腹した軍人はたくさんおりますけれど、下に対する責任を最後までとろうとした陸軍の大将は、今村大将を除いては非常に少なかったわけです。」
なぜ歴史家が物語作家である司馬遼太郎を題材に取り上げるかという話は納得感がある。自分は思考のプラットフォームが手塚治虫だったので。
以上

記事本文: 超自然的な力を信じた「日本の戦争」 歴史家・磯田道史さんと僕たちのたどった道を考える【戦後72年】

いま話題の記事