青苗遺跡から出土 勾玉の「謎」解明へ 奥尻町教委、1年かけ:北海道新聞 どうしん電子版

13コメント 2022-05-11 05:26 北海道新聞

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勾玉、鉄剣、ガラス玉。
副葬品としては古墳時代でも良いものだろうなあ…。とくにこの勾玉…。
奥尻町教委、1年かけ


<この勾玉は1976年、道路拡幅に伴う発掘調査で見つかった墓から、鉄剣やガラス玉などと共に出土した>

奥尻島にそんな墓があったんだ。
小さな写真で見るだけでもすごく出来がいい.[ 奥尻町教委|北海道新聞 "3~4世紀ごろに新潟県糸魚川産のヒスイで作られたということが分かっている/だが、同時に出土した副葬品の水晶玉が8世紀のものと分かっており" ]
渤海国の交易先は蝦夷と呼ばれた人達の集団という説もあるね?
本州の東回り航路が毛の国(関東?)との交易路かもという話も
日本中央のアレもあるから謎は深いねえ?(諸説アリ
産地や作られた年代は判明している。しかし、どのような背景で古墳時代の勾玉が奥尻にもたらされたものか、誰の墓の副葬品だったのか、などはいぜん謎に包まれたまま
町教委は本年度、青苗遺跡から出土した大きな勾玉(まがたま)の「謎」の解明に乗り出す。この勾玉は、昔の有力者の副葬品とみられ、3~4世紀ごろに新潟県糸魚川産のヒスイで作…
奥尻町教委、1年かけ 【奥尻】町教委は本年度、青苗遺跡から出土した大きな勾玉(まがたま)の「謎」の解明に乗り出す。この勾玉は、昔の有力者の副葬品とみられ、3~4世紀ごろに新潟県糸魚川産のヒスイで作られたということが分…
日本海の奥尻島で発掘された勾玉は、この島が絶海の孤島ではなく、物流を中継する海上基地だったことを証明するかもしれない。
【北海道新聞】奥尻町教委は青苗遺跡の勾玉について、考古学の専門家に再調査と鑑定を依頼し、勾玉の由来について町の公式見解をまとめる考え。
以上
 
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