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広島と長崎で被爆した女性たちの物語 原爆投下から75年 - BBCニュース

22コメント 2020-08-03 16:10 | BBC Japanキャッシュ

イギリスの写真家カレン・リー・ストウ氏は、歴史的事件を目撃した女性たちの物語に注目し、取材を行っている。今回、75年前の原爆の記憶を今も鮮明に持つ、3人の女性に話を聞いた。...

ツイッターのコメント(22)

"「夏だったので、ウジやひどい臭いが出たから、死体はすぐに火葬しなくちゃならなかった。死体を学校のプールに積み上げて、廃材と一緒に焼きました」
「あの人たちが誰だったのか、知るすべはありません。みんな人間らしい死に方はしなかった」"
”「たくさんの人が金比羅山を越えて私たちの地元に逃げてきました。目玉が飛び出ている人、髪の毛がぼさぼさの人、ほとんど裸で、ひどいやけどで皮ふが垂れ下がった人」”
”「あの人たちが誰だったのか、知るすべはありません。みんな人間らしい死に方はしなかった」”
1945年(昭和20年)
8月9日午前11時02分
もう忘れられてしまった

多くの被爆者が経験や、原爆の苦い経験を語れずに亡くなりました
だから私が語るのです
多くの人が世界平和について話しますが、私は皆さんに行動してもらいたい
ひとりひとりにできることをしてほしい

.
”毎日休みなく努力することでしか、平和は実現しない”

”当時、誰も放射線のことを知らず、12年後に診断”
”夕日が嫌い。燃える広島を思い出す”

”みんな人間らしい死に方はしなかった”
”平和を作るのは人間”

想像しかできなくても、確かに感じる。伝えよう次世代に
BBS★

75年という時間の流れと、今も続く1945年8月とい現実
「私は夕日が嫌いです。今でも、 あの燃える広島を思い出します」

「平和を作るのは人間です。違う国に住んで違う言葉をしゃべっていても、平和を願う気持ちは同じです」
「私は夕日が嫌いです。
燃える広島を思い出すから…」
こんな想いをしている人がいるなんて…
二度と戦争など起こしてはいけない!
※ 「この記事には、ショックを受ける恐れのある内容が含まれています。」記載有
広島
忘れてはいけない
未来に語り継がなければならない…
あれから75年・・・・ わすれちゃいけないな!
やってはいけない連合軍の大犯罪‼️

今日は、75年前に広島に原爆が落とされた日です。

そして、3日後に長崎にも落とされました。

絶対に行っては行けない事を白人はおこないました。

日本人が実験材料にされたのが現実なのです。

こちらを見て下さいね‼️
「みんな水を欲しがっていました。けが人に水を飲ませるよう…」

「水を一口飲むと、みんな死にました。…」

私が前に読んだモノには水を欲しがっていても飲ませてはいけないと書いておりました、飲ませると安心してか死んでしまうそうなので

戦争なんてしてはいけません
「私は夕日が嫌いです。今でも、あの燃える広島を思い出します」 / (BBCニュース)
「夏だったので、ウジやひどい臭いが出たから、死体はすぐに火葬しなくちゃならなかった。死体を学校のプールに積み上げて、廃材と一緒に焼きました」
戦争の歴史を伝える資料館や証人はどんどん減っている、

こどもに祖父母や親戚から聞いた戦時中の話をきちんと伝えていきたい
「地獄には行ったことがないし、どういう所かも知らないけれど、被爆者が体験したような場所だと思います。」
≪「夏だったので、ウジやひどい臭いが出たから、死体はすぐに火葬しなくちゃならなかった。死体を学校のプールに積み上げて、廃材と一緒に焼きました」
「あの人たちが誰だったのか、知るすべはありません。みんな人間らしい死に方はしなかった」≫
家族の写真、幼い自分の写真。体験した人ではないと語れない想い。涙が自然に溢れてくる記事です。
こんなことが2度とあってはいけないと強く思わされます。
是非。
語り継がねばならない物語。

「今年の8月6日と9日は、第2次世界大戦の末期にアメリカ軍が広島と長崎に原子爆弾を落としてから75年目に当たる」
「その時は誰も、放射線のことを知りませんでした。12年後にやっと、私は再生不良貧血症と診断されました。
「...原爆が落ちてから三日三晩、広島の街は燃え続けました」
「私は夕日が嫌いです。今でも、あの燃える広島を思い出します」
以上
 

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