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(多事奏論)緊急事態の首相 ラケット握らずコートに立っても 高橋純子:朝日新聞デジタル

 スケジュール管理はかたくなに手帳派。新年、革カバーから前年のものを抜いて真っさらを差し込めば、なかなかに厳かな気持ちになる。2年前からは1枚のはがきも帯同するようになった。先日亡くなった作家の半藤一...

ツイッターのコメント(22)

言い得て妙ですね
彼やその取り巻き連中にはそんな認識はないんでしょうけど

やる気のない人にはとっととご退場願いましょう!
【朝日】 高橋純子
〈首相は打ち返すどころかそもそもラケットを握っていない。首相がやっているのはいわばドッジボール=避球、「投げられるボールを避けdodge、逃げ回るところから生まれた名称」である〉
前首相はラケットを握ってはいた。だがアウトをインと言い張ったり(結局やっぱりアウトだったり)、ルールを勝手に読み替えたり相手をやじったりして競技を汚した。それと比べてどちらがマシか、なかなか答えに窮するが、コートに立つなら下手でもラケットを振るもなくば退場
小学生の息子が最近ドッジボールに熱中してるらしい(というのは私事でした)。それはともかくこの記事、(ネットではなく紙で読んだ記事ですが)なるほどその見方があったか、と妙に納得した論説です。一国の宰相がドッジボールではあかんやろ。笑ってる場合ではないのだが。
そうか、菅首相はドッジボールが得意だったのか!
「首相はなぜ相撲が下手なのか、ずっと考えてきた。向いてないのか練習不足か。そして気づいた。そもそもマワシを着けていないと」
多事奏論)緊急事態の首相
>首相がやっているのはいわばドッジボール←マスコミの側が、玉がぶつかって痛がるところを見たがっていれば、そうなるよねw
スガ首相はそもそもラケットを握っていない。やっているのはドッジボール(かわす、逃げる)

アベ前首相はラケットを握ってはいたがアウトをインと言い張ったり、ルールを勝手に読み替えたり相手をやじったりして競技を汚した。それと比べてどちらがマシか
とってもいい文章。まっすぐな批判の中にウィットが効いていて思わず笑ってしまう。首相の話なのにドッジボールがでてくるなんてね→ 高橋純子:
緊急事態の首相 

『首相がやっているのはいわばドッジボール=避球~日本ドッジボール協会の理念にはこうある。「ドッジボールではその『かわす、逃げる』が神髄なのです」「上手に逃げることができればヒーローにもなりえるのです」』
笑った(笑い事じゃない)>そして気づいた。そもそもラケットを握っていないと
テニスの試合なのに、ドッジボールにしてしまう菅義偉さん<
「正直、これほど『出来ない』人とは想像だにしていなかった。」

記者会見や国会審議をテニスに例えると
そもそもラケットを握っていない。

「首相がやっているのはいわばドッジボール。」
多事奏論。書き手によっては金融情勢だったり、外交だったり、と文字通り多事なんですが、高橋純子様。この方は、口を開けばいまだに安部批判、そして菅批判。しかも新聞記事らしからぬ文体に酔っている。あ、有料記事ですし、読まなくていいですよ。いつも同じ中身ですから。
うまいこというなぁと。現首相と前首相の比喩もいいな。有料記事なのが残念。
「というわけで、われらが菅義偉首相である。正直、これほど『出来ない』人とは想像だにしていなかった」

ポンコツ? ポツンコ? ポコツン!
質問する側はの皆さんにはゴム製のボールをそっと投げてあげるのではなく、実弾を打ち込むくらいの気迫でお願いしたいですね
痛烈にして痛快!:
多事奏論 高橋純子さん
 スケジュール管理はかたくなに手帳派。新年、革カバーから前年のものを抜いて真っさらを差し込めば、なかなかに厳かな気持ちになる。2年前からは1枚のはがきも帯同するようになった。先日亡くなった作家の半藤一利さんから送られたものだ。→
この内容は菅首相の事だけではなく、我々日本人の基本的な考え方への戒めである。
正に我々はこうであるに違いない。戦前戦後を問わず、もっと以前からそうだったのだろう。
今回のコロナ過に対する各人の意見や賛否を見るにつけ、やはりそうだったのか、という思いが強い!
高橋純子
「ラケットを握らずテニスコートに突っ立っているだけ」テニスではなく「かわす、逃げるが真髄のドッチボール」「上手に逃げることが出来ればヒーローにもなりえる」
以上
 

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