(山腰修三のメディア私評)コロナ禍、感情の噴出 不安・怒りに頼らない「批判」へ:朝日新聞デジタル

 私たちの社会は今、未知のウイルスだけでなく、いまだ経験したことのないような集合的な感情の噴出や奔流に直面し、戸惑っているように見える。 緊急事態宣言下の自粛の中で「不安」や「不信」、「怒り」は社会的...

ツイッターのコメント(11)

ワイドショーとポピュリズムの共鳴について批判的に触れた上で「社会的な協働を促す批判のあり方を考えるべき」というのに肯首。
自分がテレビを見ない理由の大半はワイドショーの低俗性にある
「ポストコロナ」の課題とは、新しい生活様式や文化を構想することだけでなく、従来の矛盾を克服することでもある。メディア、そしてジャーナリズムは「感情の政治」に向き合いつつ、新たな「批判」の可能性を見いだすことが求められているのである。怒りに頼らない「批判」へ
〈……だが今回、「感情の政治」で見えてくるのは、ソーシャルメディアとテレビ、とくにワイドショーとの共鳴関係である〉
🤔「批判とは本来的に多様で厚みのあるものである。この原点に立ち戻り、例えば対立や分断ではなく、社会的な協働を促す新たな批判のあり方を考えることが重要ではないか。」
> 不安・怒りに頼らない「批判」へ:朝日デジ
関東大震災の時に在日朝鮮人たちが殺された。その時からちっとも変わってないじゃないか!それでいいのかよ?
「私たちの社会は今、未知のウイルスだけでなく、いまだ経験したことのないような集合的な感情の噴出や奔流に直面し、戸惑っているように見える。」

???
原発事故の時に経験済みでは?
山腰修三のメディア私評
 私達の社会は今、未知のウイルスだけでなく未だ経験した事のないような集合的な感情の噴出や奔流に直面し戸惑っている。緊急事態宣言下の自粛の中で「不安」や「不信」「怒り」は社会的制御を失い、差別や嫌がらせ、排除が様々な場面で問題に…
続く
"「感情の政治」をめぐる政権の対応を失敗と断じるメディアも同様に、この困難な課題に取り組むことが求められる"
"メディアは""むしろ、恐怖、偏見、差別や憎悪を助長していないだろうか"
"対立や分断ではなく、社会的な協働を促す新たな批判のあり方を考えることが重要"
以上
 
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