TOP > 社会 > (真山仁のPerspectives:視線)7:ジャーナリズム:朝日新聞デジタル

(真山仁のPerspectives:視線)7:ジャーナリズム:朝日新聞デジタル

22コメント 登録日時:2019-11-09 06:43 | 朝日新聞デジタルキャッシュ

 ■「人が伝える=偏向」、メディアへの不信 きっかけは、2月に開催されたあるシンポジウムだった。 そのテーマはジャーナリズムで、パネリストとして参加した私に閉会後、一人の女子高校生が話しかけてきたのだ…...

Twitterのコメント(22)

出張中の記事で、気になったもの。9日付オピ面/
小説家、真山仁さん「ジャーナリズムとは真実を伝えるために存在するのではない。事実を可能な限りあるがままに伝えることだけが、使命なのだ。そして、その事実が多角的で重層的に伝えられた時、まれに真実が明かされる」
この記事を読んで思ったこと。もしかして、若い人たちの中に、テストの正解のように「真実」というものがあって、それをどこかの機関が「認定」する、というような感覚があるのではないか→(真山仁のPerspectives:視線)7:ジャーナリズム
先日のこの人が言ってることが実際の日本の報道の実態に合っていないなーと思うのは、前のtweetのNHKのweb記事みたいなのがフツーにあるからさ。
「人間が書く記事は主観的。だから信用できない」という高校生の意見。いっそAIにまかせる方がいいと。同じことが政治についてもそのうち声高に言われるようになるんだろうと思う。小池百合子がすでにそれっぽいこと言ってたけどね。このニヒリズムとどう闘うのか…。
”発信者の代弁は報道とは言わない。そういう意味では、記者クラブ制度は問題だと私は考えている。これは、勉強会でも生徒に指摘されたことでもある”
「意見は持っているだけではなくて、それについて考え共有し広げていくこと、また、その意見を社会や世界と繋(つな)げることが大切だということを学べた気がします」(真山仁のPerspectives:視線)7:ジャーナリズム:
「私は、ジャーナリズムにとても興味があるのですが、親はメディアはウソばかり伝えていると軽視しています。本当でしょうか」。女子高生の疑問に喜びと申し訳なさを感じ、彼女たちと一緒に考える真山仁さん。いい記事。
(真山仁のPerspectives:視線)7:ジャーナリズム
私もこの勉強会参加したい…!

「ジャーナリズムとは真実を伝えるために存在するのではない。事実を可能な限りあるがままに伝えることだけが、使命なのだ。そして、その事実が多角的で重層的に伝えられた時、まれに真実が明かされる。」

(真山仁のperspectives)
(真山仁のPerspectives:視線)7:ジャーナリズム

ジャーナリズムとは真実を伝えるために存在するのではない。
 事実を可能な限りあるがままに伝えることだけが、使命なのだ。そして、その事実が多角的で重層的に伝えられた時、まれに真実が明かされる。
なんか、ぐちゃぐちゃと書いてるけど要はここ。
「見聞きした話も記者の感想は排除して原稿にする。これは記者の”いろは”だ」
筆者の人、多くの記者がこの”いろは”を守ってる、と本当に信じてるの?
だとすると、脳天気過ぎないか。悪いけど。
「もし人間が書いた文章が信用できないなら、あなたは何を信用するんですか?」
「人が書く記事は主観的になるから、正しい情報ではない」 いかにも学生が言いそう。
「偏り」「主観」 この2つのワードを安易に使う人の意見は大抵ろくなもんじゃない。
「人間が取材して伝えるのが問題ならば、それを読んで判断する読者が人間であるというのもまた問題ではないか」「ジャーナリズムとは真実を伝えるために存在するのではない。事実を可能な限りあるがままに伝えることだけが、使命なのだ」。全く。
「メディアは伝えたいことをカスタマイズし読者を誘導して(以下略)」

「もし人間が書いた文章が信用できないなら、あなたは何を信用するんですか?と逆に僕は聞きたい」
先日、大学で授業をし、「なぜ新聞を読む必要があるのか」と言われました。報道への不信がこんなに広がっていることに愕然としました→
「メディアは真実を伝えているのか。なぜ偏っていると感じるのか」

前者より後者の方が重要な問題だと考えます。社会問題への興味関心の高そうな21名の中で新聞を日常に読んでいるのが1人。新聞を信用できないと思う生徒が7人。…知性の構造の地殻変動を感じさせます。
スゴイな。歴史を勉強しろと言いたい。「毎年大勢の東大合格者を出す進学校で「政府広報だけがあれば、新聞は不要」と発言した生徒がいた。今やAIこそが信頼できると思われる時代でもある」

 一つにはそういう固定観念があまりにも一般に広がりすぎたことにある。
真山仁の視線 ジャーナリズム
メディアに入社して徹底的に教え込まれるのは発信者の情報を可能な限りそのまま伝えることだ。目で見たり聞いたりした話も記者の感想は排除して原稿にする。これは、記者の“いろは”だ

その前に必要な基本がある
憲法が取材権を規定してる事
実際に圧力がかかっていて言葉遣いまで変えるメディアだらけなのに、なぜ「皆無」と断言できるのか... 😩😩😩

引用:... 記事には様々な関係者の思惑や意図がにじむが、その一方で、政治的圧力をかけられて記事を書くことは皆無と言っていい...
「発信者の代弁は報道とは言わない」 今朝のイチオシ。
以上

記事本文: (真山仁のPerspectives:視線)7:ジャーナリズム:朝日新聞デジタル

関連記事