(思考のプリズム)あふれる「多様性」を疑う 「まるごとのあなた」を 伊藤亜紗:朝日新聞デジタル

 半年間の在外研修を終えて、ボストンから帰国した。ホッとする反面、違和感を感じることも多い。 私が感じた最大の違和感は、巷(ちまた)に「多様性」という言葉があふれていることである。東京オリンピックの大...

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名刺と自己紹介の文化が本当にアップデートされてほしい。名刺ほんと困る。

(思考のプリズム)あふれる「多様性」を疑う
社会の持つ現実の多様性に対して、多く経済活動は複雑なものを単純にすることで効力を発揮する性質を持っている。引いて言えば目的のある行動とは多く単純化に他ならない。経済に洗脳された人間が社会を敵視する要因 / “(思考のプリズム)あふれる「多様性」を疑う 「ま…”
「目の前にいる人には、自分には見えていない側面が必ずある。隠されたものがあることに敬意を払いながら、もし相手が望むなら、それを隠さなくてもすむ土壌を作っていくこと。」/あふれる「多様性」を疑う
(思考のプリズム)伊藤亜紗「私が感じた最大の違和感は、巷に「多様性」という言葉があふれていることである。」朝日新聞
目の前にいる人には、自分には見えていない側面が必ずある。隠されたものがあることに敬意を払いながら、もし相手が望むなら、それを隠さなくてもすむ土壌を作っていくこと。

あふれる「多様性」を疑う
口だけの多様性を私も感じる。
存在は許してやる。勝手に頑張っとけばいい。自分とは関係のないところでお好きにどうぞ。という冷たさや無関心。ヘイトをポリコレで抑圧しただけけの、中身のない尊重。
差別や社会的排除とは色合いが違うこの陰湿さを、何と表現したらいい?
"要するに、重要なのは、ひとりの人間の中にある多様性なのではないか"

<思考のプリズム>あふれる「多様性」を疑う  伊藤亜紗:朝日新聞2019.10.9夕刊
「重要なのは、ひとりの人間の中にある多様性なのではないか。」

確かに、一面に過ぎないのに、安易に相手を自分と同じか、さもなくば全く違うものと区別してしまいがち。

思考のプリズム)あふれる「多様性」を疑う
僕は「多様性」は、サイコロみたいに様々な面があるものだと思っています。

サイコロというと、6面や12面しかないのかと言われそうだけど、イメージの例えとして。

(思考のプリズム)あふれる「多様性」を疑う
「多様性とはなんだろう。思い出すのはMITの廊下に貼ってあった『Be your whole self.』という一枚のチラシである」→(思考のプリズム)あふれる「多様性」を疑う
大切なことは…誰にも隠れた側面があることに敬意を払う。もし相手が望むなら隠さなくてもすむ土壌を作る。どんな人に対しても自分との共通点と差異を見出していく。
(思考のプリズム)あふれる「多様性」を疑う
〈もしかすると、多様性という言葉は「みんなちがってみんないい」と、単にバラバラな現状を肯定するだけの、生きた優しさや寛容さとは無関係な標語になってしまったのかもしれない。そこに空虚な演技を、「多様性を尊重するフリ」を見た気がして、何だか怖くなってしまった〉
伊藤亜紗さん。必読。

「重要なのは、ひとりの人間の中にある多様性なのではないか。人と人の違いという意味での多様性は、「○○な人」というラベリングにつながりがちだ。それは容易に「賛成/反対」「右/左」という対立の構図に置き換わってしまう。」
今日の朝日新聞夕刊に寄稿しています。他者との違いという意味での多様性より、一人の人の中にある多様性の方が大事では、という話です。ぜひ!(思考のプリズム)あふれる「多様性」を疑う
以上
 
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