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(耕論)芸術祭、噴き出た感情 黒瀬陽平さん、宮台真司さん、唐澤貴洋さん:朝日新聞デジタル

 わずか3日間で中止された、あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」。反発、不快感、怒り……。「対話」の場であるはずの国際芸術祭で噴出した感情。その意味は。 ■対話を生み出すのが芸術 黒…...

ツイッターのコメント(37)

顔ぶれが面白いですね…
朝日新聞デジタルはときどき同じ内容を別ページで表示するな。
以前には有料ページがログインなしで全文読めたことがあったが、今回それはないようだ。
黒瀬陽平さん) 「話が通じない」状態の前で、芸術は無力です。騒いでいる人の大半は作品のメッセージを理解していないし、しようとしない。芸術とは本来、作品を通じて様々な「対話」を生み出す力を持っています。
宮台の「肝心のエロ・グロ表現が入らず」云々って、表現の自由戦士サマたちの「表現が弾圧されるのはエロ・グロから」という神話そのものだね。/
テロには屈しない(かもしれない)日本政府
ネトウヨの脅迫にはあっさり屈する日本政府

自民党が育てたネトウヨ・・・恐るべし!
美術家・美術批評家の黒瀬陽平さん「『日本人の心』や『先祖』を持ち出し、公金投入を理由に展示を中止すべきだと訴えた政治家は節度を失っています。金は出すが口は出さないという姿勢が筋で、そうでないと何のために芸術監督がいるのかわからない。論外でしょう」
中止が性急だったのは同感だが、「このような脅迫は断じて許されない」と首相が直ちに声明を出すような国だったら事態は異なっていたはず。

では政府の立場自体矛盾を孕むから厄介。
、認めることで尊敬され、前にも進めるのに。
河村市長が「日本人の心を踏みにじる」と発言し、ナショナリズムを媒介に共感する人達がいる。騒げばメディアが動き、社会が動く。やっている側は達成感に満たされたことでしょう。でも、慰安婦問題の資料にあたり、事実関係をきちんと把握した人が、どれだけいたかは疑問です
芸術祭、噴き出た感情 
シャルリー・エブドのことは私もちらりと思い起こした。暴力に出る方が悪いと表現の自由を守る姿勢には感服しつつ、死人が出て戦争にも発展しつつある時に煽り立てるのは勘弁してくれと思ったのだ。
宮台真司氏の見解が秀逸。自由な表現としてのアートが「心に傷をつける」営みだとの洞察は、本質の過半を確実に言い当てている。
アートは本来、政治などより遙かに根源に届くはずなのだ。

耕論:芸術祭、噴き出た感情 黒瀬陽平さん、宮台真司さん、唐澤貴洋さん:朝日新聞
-宮台真司さんの投稿が良い
読みました。/ぱっと読んだ感じだと、黒瀬さんの記事に使われている「動線」という言葉は耳慣れている人とそうでない人がいるだろうけど、私はすこし新鮮に感じました。なんとなくですが、「文脈」という言葉の代わりに使ったんじゃないかという感じがした。
黒瀬陽平さん:朝日新聞デジタル
「芸術とは本来、作品を通じて様々な「対話」を生み出す力を持っています。…表現の自由という原理・原則を掲げて、今回の中止に抗議し続けるだけでは対話への道は見えてこない」
実に残念な世の中だよ。😔

こういう世の中で
生きているんだから
僕らもきっと
実に残念な人間を生きている
に違いない。😑
読んだ。有料会員になった。作品の内容について言及があるのは黒瀬さんだけでそこはやはり説得力がある。抗議は「自由にやれ」と一蹴する宮台さんもたいへん気持ちがよい。
それぞれの結論部分を見れば明らかなんだけど、10年、20年前から…、いやもしかしたらいつでもできる、とても大事な話ですねぇ。
ところでこんなことがなんで今起きたんだ? いつから類似のことがあった?
最近は唐澤が新聞やらテレビやらメディアに出ても違和感ねえな
「現代アートに求められる面白さ!美しさ!驚き!心地よさ!知的刺激性」とか言った人。
『自由な表現としてのアートは200年前「社会の外」を示すものとして成立。作品の体験後に日常の価値に戻れないよう「心に傷をつける」営みとして自らを娯楽から区別してきた』をどうぞ。
新聞読んでたんだけど話してる内容はともかく、もうちょっと話聴く相手選んだ方が…
今日の朝日はこのページで吹き出しそうになった
濃い人選w
黒瀬「対話を生み出すのが芸術」
宮台「『非日常』の本質伝わらず」
唐澤「中止の判断あまりにも性急」
唐 沢 貴 洋

お前が語るな感
>>今後の地域芸術祭を成立させるには観客教育が必須になります。アートの「心を傷つける」本質を伝えるのです。今回の騒動は良い機会です。
これも「識者」として出てくる人たちから見事に日本軍「慰安婦」問題に関わってきた人は外されているし、しかも全員男性という。このパターンだらけだ。
本日の朝刊に書きました。
本日の朝日新聞「耕論」……なんか核心的な対立点がぼやかされているので、なんとももにょるものであった。
「観客教育が必須」
アートを単純に目で楽しみ、時々解説を読んで「ほう」となったことしかなかった自分からすると勉強になる話ばかり。→
問題の本質は、税金が使われて公共の場で展示される「パブリックアート」の矛盾です。自由な表現としてのアートは、200年前に「社会の外」を示すものとして成立した。作品の体験後に日常の価値に戻れないよう「心に傷をつける」営みとして、自らを娯楽から区別してきた
宮台真司「政治的価値になびけば、社会の日常に媚びたパブリックアートに堕する。政治的文脈など流転します。「社会の外」を示すから、政治的対立を超えた衝撃で人をつなげるのです」
この弁護士さんの意見のように、警備強化という話が先に出てこなかったのが残念。芸術の解釈は意見が分かれるところだけれど、警備や安全性はトリエンナーレに限った話じゃないし、他のイベントにも関連してくる。
だよねえ。

»「表現の不自由展」なのにエロ・グロ表現が入らず、「看板に偽りあり」。政治的価値になびけば、社会の日常に媚びたパブリックアートに堕する。政治的文脈など流転します。「社会の外」を示すから、政治的対立を超えた衝撃で人をつなげるのです。宮台
宮台さんの解説、流石。私が書いた感想と完全に一致してたことが、少しは私も思考力ついたな、と素直に嬉しい(笑)。自慢ではありません。単純バカなので朝から喜んでるだけ(笑)
カスラジ黒瀬や宮台御大のおしゃべりが浅薄すぎて、それだけに唐澤貴洋弁護士の「今回の件は、表現の自由を侵害しただけでなく、人々の歴史認識に影響を与えた点で警鐘を鳴らさざるを得ません」という真っ当な指摘が光る。
「最も残念なのは、作品をめぐって怒りや憎悪といった過激な感情が際限なく噴き出し、卑劣な暴力が振るわれてしまったこと。そうした『話が通じない』状態の前で、芸術は無力です。展覧会をつくるにあたり、そのような状況に陥ることは絶対に避けねばならない」と黒瀬陽平さん
宮台真司氏/自由な表現としての
アート→200年前に「社会の外を示すものとして成立した。作品の体験後に日常の価値に戻れないよう『心に傷をつける営み」

パブリックアート→1930年代米国で芸術家の失業対策として、公共建造物に税金で壁面や彫刻を作らせたのがルーツ
面白いのだけど、もう少し振れ幅があってもよかった
小見出しは順に「対話を生み出すのが芸術」「『非日常』の本質伝わらず」「中止の判断 あまりに性急」 /
以上
 

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