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(真山仁のPerspectives:視線)1:平成と平和:朝日新聞デジタル

 ■戦争の準備、着々と進めてきた30年 まもなく平成が終わる。 敢(あ)えて回顧するならば、平成時代は、その名とは裏腹の騒擾(そうじょう)の30年だった。経済的混乱と自然災害に振り回されっぱなしで、日…...

ツイッターのコメント(12)

「戦争の準備、着々と進めてきた30年」だとさ。病院行け。
(真山仁のPerspectives:視線)1:平成と平和
戦争がないことが平和ではない。じゃあ、平和って何?と問われたら、私は答えに窮してしまう。
戦争はしていないけど、明日にでも戦争が起きるかもしれないぞと国民を脅して、戦争の準備を進めるのは、平和なのか。
「戦争の準備、着々と進めてきた30年」
・「世界平和」なんて概念は国際社会にはない。先進国クラブにあるなら国連平和維持活動に関与しない米国の存在は説明不能。
読みましたが、なんかざらっとしますね、心が。戦争がないと死が実感できない?平和だと死が実感できない?んなこたあない。被災して亡くなった方は戦争で亡くなったわけではない。で、結局何が言いたいのか?
これ、ひどいな。いろいろごたくならべているけど一言で言えば安倍の「積極的平和主義」と天皇万歳ってことでしょう。
>>>戦争がないために、自衛官も記者もそうした過酷な死に触れる機会を失ってしまった。

そういう機会はないに越したことはないと思いますが?

(真山仁のPerspectives:視線)1:平成と平和:朝日新聞デジタル
「戦争はしていないけど、明日にでも戦争が起きるかもしれないぞと国民を脅して、戦争の準備を進めるのは、平和なのか。あるいは、戦争なんて起きないから、武器は全部捨てて、米軍にも出て行ってもらおうと訴えるのが、平和の有り様なのだろうか」
真山仁氏がどのような人物であるか詳しくは知らないが、「酷い」としかいいようのない駄文。「世界情勢があまりにも不穏で、憲法遵守を楯に国外の軍事行為に参加することを拒絶してきた日本の立場が、揺らいだ30年」と言うけれど、30年どころか(続く
日々、元号と皇室の話題が賑わうなか、考えさせられる記事です。

「平和の中で、死すら実感できずにいることは、問題なのかもしれない」
 美智子皇后の歌から、セカオワの歌まで。待望の真山仁さんの連載は、改元を迎える日本の「戦争と平和」を論じています。
(真山仁のPerspectives:視線)1:平成と平和:朝日新聞デジタル

■戦争の準備、着々と進めてきた30年
■厄介な平和、伝える言葉は
"「東京五輪・パラリンピック」を前に""人々の生き方や価値観も変わりつつある"
"真山仁が移り変わる「いま」を多様な視線から考えます"
以上
 

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