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言葉が失墜、「物語」なき憲法論 寄稿、哲学者・國分功一郎:朝日新聞デジタル

30コメント 登録日時:2018-03-02 06:29 | 朝日新聞デジタルキャッシュ

 この数年、時代の要請もあって憲法学者の本をしばしば繙(ひもと)くようになった。私の専門は哲学だから門外漢として読むわけだが、一つ気がついたことがあった。 憲法というのは高度に専門的・技術的であって、…...

ツイッターのコメント(30)

「言葉が失墜した時代に、日本国憲法が掲げてきた高度な価値をどうやったら共有できるのだろうか。またそれを踏みにじろうとする勢力が現れた時、どう対応すればよいのだろうか」
"論議が盛んなのではなくて、単にこれまで憲法を支えてきた物語が理解されなくなっただけに思える。というよりも、文学的な言葉によって紡ぎ出される物語そのものを人々が受容できなくなった" / “ 寄稿、哲…”
いわゆる改憲派も護憲派も感覚に訴えるだけで物語がないと。
憲法の文脈理解大事だよな〜

 寄稿、哲学者・國分功一郎
関連するなと思ったので、ツリーで。言葉の軽視や物語の忘却、「役に立たない学問」の抹消は、世界の維持と建設/崩壊に深く関わる。
この記事は必読です。
いまの時点でできることを精一杯やるしかない。だが、「いまの時点でできること」に甘んじてはならない。/
良い記事だった。
憲法学者たちが紡いできた物語。戦争という過酷な現実が物語を共有する下地を作った。今やそれが失われ物語は理解されなくなった。

でも、ことばそのものに、物語そのものに、下地を醸成する力、自らを浮揚させるちからは内在するでしょう。
いまの時点でできることを精一杯やるしかない。だが、「いまの時点でできること」に甘んじてはならない。
素晴らしい言葉だ
國分功一郎さんの論考は、短文ながら非常に重要な論点をいくつも含んでいる。國分さんが指摘するように、憲法をめぐる信頼と安定性は、「価値を共有するための物語」によって成り立っていた。しかし、これがいま失墜している。
同意する部分も多いのだが、「言葉が失墜」したのかというとそうではないのではと思う。→
戦後憲法学に物語があったとして、それが市民レベルで本当に共有されてきたのかも疑問。
結局は戦争及びその後処理としての戦後体験を感覚的に共有出来なくなったら失われるのなら、物語はそもそも共有すらされていなかったのでは。
朝日新聞に載せた憲法論、様々なコメントをいただきました。ありがとうございます。結構時間がかかっているので、うれしいです。
だから国民国家の枠組みを超える「物語」が必要なのではないか。
「……ところが、戦後日本の憲法学を牽引してきた学者たちの言葉は少し違っていた。彼らの言葉はどこか文学的だった……」→ 寄稿、哲学者・國分功一郎 ・文芸面
言葉を復活させることかな。
「言葉が失墜した時代に、日本国憲法が掲げてきた高度な価値をどうやったら共有できるのだろうか。またそれを踏みにじろうとする勢力が現れた時、どう対応すればよいのだろうか」
まあ、「国民の生命と財産を守る」とかいうのが、今の「物語」なんでしょうね…。その上で、安全保障の「安全」は、民間企業の標語「安全第一」みたいになってきたような…。 / “ 寄稿、哲学者・國分功一郎:…”
「どうして憲法が文学と関係を結ぶのだろうか。それはおそらく、憲法が専門的・技術的でありながらも、それを支えるために何らかの物語を必要とするからだ」/
平和というものは経済力としたたかな外交の上に成り立つ贅沢であって、頑な思想や主義で手に入れられるものではない。その本質を疎かにして専守防衛やふわふわした「平和」を語ることこそ言葉の失墜であろう。
憲法学者の言葉はなぜ文学的だったのか。國分功一郎さんが読み解きます。
「物語」が力を持たない時、「過去」と「現在」は「未来への (不確かな) 不安」によって支配される。
國分さんて顔がイケメンだけど文章も超イケメン、流麗というか。
「大きな物語の終焉」を喧伝したポストモダンにも責任あるんじゃないかな。
感覚は大切であるが、それだけでは理解は生まれない
國分さんのできることを精一杯やってくれ。で、またプラカ持って路上に立とうぜ。
この人にとって憲法は文学であり、現実社会を司る法規ではもはやないらしい。
文学が文学として読まれなくなったから?(v_v)
いまよく耳にする「世界には危険な連中がいるから軍備が必要」というタイプの「改憲論」は、価値を共有するための物語ではない。ただ感覚に訴えているだけである。
いまよく耳にする「世界には危険な連中がいるから軍備が必要」というタイプの「改憲論」は、価値を共有するための物語ではない。ただ感覚に訴えているだけである。いまはそれが有効に作用する。しかも、それに反対するかつての感覚はもう失われている。
なるほど。
以上

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