ゲルギエフ氏降板で考える、ロシア芸術と政治 「二つの仮面」の宿命 [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル

ツイッターのコメント(37)

ゲルギエフせんせーそんなことになってたんかい
(2022年3月10日記事)引用:プーチン大統領との関係が深い世界的指揮者のワレリー・ゲルギエフ氏は国外のほぼ全てのポジションを失い、他の多くのロシア人音楽家までが演奏の場を奪われかねない事態に陥っている。ロシアという国固有の政治と芸術の特殊な関係性も(続
で、ついでに調べてたらこんなことになっていたのか(泣)
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“天賦の芸術的才能、時代の流れをつかむ勘、ビジネスマンとしての嗅覚(きゅうかく)。すべてを携えたゲルギエフ氏は、グローバル時代の音楽界の寵児(ちょうじ”
->才能はないが、それ以外は事実かも。
これ、せっかく片山杜秀と亀山郁夫にコメントをとるならば、もっと深く掘り下げてほしかった。とくに亀山さんはゲルギエフに入れ込んでいて自分でインタビューしたこともあるんだから。
「あらゆる芸術は政治的だが、あらゆる芸術家が政治家であるとは限らない」

我が国は「あらゆる芸術は政治的」が分かっていないお花畑な人が多すぎなのです。
”「9世紀にキエフ大公国が成立して以降、ロシアとウクライナの双方を含む東スラブの文化芸術のアイデンティティーの根源で、ロシア人の精神的支柱でもあり続けてきた。日本における平城京や平安京のような存在」と音楽評論家の片山杜秀さんは指摘する。”
とても勉強になる記事だった。芸術分野を通じて見えてくるロシア(とウクライナとの関係)。記事内でコメントしているのは片山杜秀さんなど。
難しいですね>マネジメント事務所も「戦争を起こした独裁政権に直接的にも間接的にも利することを知りながら拒絶の意を示さない芸術家にこれ以上サービス提供できない」>ゲルギエフ氏降板で考える、ロシア芸術と政治
実はこういった影響力ある人に政権批判をして、国内から揺さぶりをかけてほしいと思うものの、制裁として世界から切り捨てるのは良策なのかと考えてしまう。
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プーチン大統領との関係が深い世界的指揮者のワレリー・ゲルギエフ氏は国外のほぼ全てのポジションを失い、他の多くのロシア人音楽家までが演奏の場を奪われかねない事態に陥っている。
現在進行系の国家と音楽家
[ウクライナ情勢]

ロシアと言えばロックよりもやっぱクラシックが有名だけど、ゲルギエフ氏はプーチンと親友なんで世界中の職を解かれた
ソチ五輪の最中にウクライナの親露政権が倒れたのか
ロストロポーヴィチは存命であればなんと言ったかなあ。>
世界的指揮者の一人であるゲルギエフ氏は、プーチン大統領との関係ゆえに国外のほぼすべてのポジションを失ったという。彼の真の声を聞いてみたいものである、

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ソ連邦時代から、芸術はロシアの広告塔でありアリバイだった。
ネトレプコに続き、ソヒエフもゲルギエフも…
ゲルギエフ氏降板で考える、ロシア芸術と政治「二つの仮面」の仮面
芸術と政治は別物とかスポーツと政治は別物というのはキレイ事に過ぎん。侵略戦争を起こした国に属する人間は一般常識に基づく正義側の意思を示さん限り加担者とみなされこういう扱いを受けるのは当然だろ。
いろいろと辛いな。戦争が起こると必ずこういう問題も起こってくる。黒か白かではなく均衡を保つという知恵も人類にはもっと必要だ。戦争は本当にダメだ。
プーチン氏は大統領に就任すると、ソ連崩壊後の財政難と人材流出にあえぐ音楽界へのてこ入れを優先課題とした。西側諸国と積極的に交流し、旧態依然とした国内の音楽界の構造改革に邁進していたゲルギエフ氏に、プーチン氏は芸術復興への期待をかけた。⬅️降板、あまりに悲しい
驚いた。今、よりによってこの時期に、ゲルギエフ擁護としか思えない記事を出す朝日新聞に唖然とする。彼は大統領の親しい友人。これは「ロシア芸術と政治」という一般論を文脈の中で都合よく引用したお芸術論議として語るような問題ではないと思うが。
「芸術の自由」を言うとき、芸術家個人の精神的自由(政治的踏み絵を踏ませない)と、芸術家団体の自律(なんらかの統一見解を持つ自由)のどちらにウェイトを置くか… 考えさせられます。
ゲルギエフ所属事務所も同氏の解雇を発表した。「あらゆる芸術は政治的だが、あらゆる芸術家が政治家であるとは限らない」「戦争を起こした独裁政権に、直接的にも間接的にも利することを知りながら、拒絶の意を示さない芸術家にプロとしてこれ以上奉仕することはできない」
プーチンに反逆しない者は敵、って日本の戦時中の非国民認定じゃん。
これマジか!?
ゲルギエフsは、今の世界の指揮者界を代表する名指揮者中の名指揮者。
ロシア出身というだけではなくプーチンsとの関係も深いことが理由らしい。
「ロシアの攻撃によってウクライナの無辜の民が血を流している状況を、ゲルギエフ氏自身もまた、複雑な思いで見守っているのかもしれない。率直な思いの表明は未だになされていない」、ベネズエラ出身、ドゥダメルの悲痛なメッセージもこうしたなかでのものだった。
ゲルギエフの音楽が失われそうになる危機と戦争の危機
別物にしか思えないので
八つ当たりにしか感じられない

戦争は
無数の八つ当たりを引き起こす
これは理解できる
あまり突っ込んだ内容ではないが、一般紙にこういう記事が掲載されたことは意味あることであろう
吉田純子さんの論考。片山杜秀さん、亀山郁夫さんのコメントも。
ゲルギエフ、どんな気持ちでいるんだろう。
まさにここ(有料) → 『歴史的にも、ロシアで名を残した芸術家は、あまねく「政権下の音楽家」と「自由な音楽家」という二つの仮面を付け替えながら生き延びざるを得なかった』
歴史的にも、ロシアで名を残した芸術家は、あまねく「政権下の音楽家」と「自由な音楽家」という二つの仮面を付け替えながら生き延びざるを得なかった、と片山杜秀さん
「プーチン氏のウクライナへのこだわりは、芸術へのコンプレックスに近い崇拝に導かれた、ゲルギエフ氏との友情関係の中に透けて見える」
だから、できるわけないだろ。↓

<率直な思いの表明は未(いま)だになされていない>
少なくとも編集委員さんなら、「数多くの大芸術家『が』輩出した芸術の国だ。」なぁんて記述はしてほしくないなぁ・・・日本語を大切に。
以上
 
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