東北「内なる植民地」 中央への抵抗、民俗学者の提言:朝日新聞デジタル

 東北はまだ植民地だったのか――。東日本大震災の直後、民俗学者の赤坂憲雄さんが新聞に寄せた言葉です。東北各地を歩き、地元の人たちの話の聞き書きを続けてきた赤坂さん。あれから10年。当時とは違う意味で、...

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"東北はまだ植民地だったのか――。東日本大震災の直後、民俗学者の赤坂憲雄さんが新聞に寄せた言葉です。"
「東北はまだ植民地だったのか」
私は今回の海洋放出の件が進むにあたって、このことを思い出しています。
元関東の人間として、東北と関わるようになってはじめて、東北の方々にこのように感じさせていた、その構造・歴史があることを知りもしなかったことを深く恥じ、反省しています。続
「東北「内なる植民地」中央への抵抗…
…植民地という言葉は、古代東北の『蝦夷(えみし)征討』以来の千年の歴史を背負わされています…五輪…のために、福島は東京から『ほぼ250キロ。非常に離れたところにある』と無邪気に言われたことと、まっすぐにつながっています…」
有料会員ではないため、全文を読んではおりませんが、このインタビューで語られようとする憤りは、大小差があれど東北をルーツにもつ人間は皆お感じではないかなと思います。
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凄いな、指摘が一つ一つ突き刺さる。切り口が明快でキレがあり、もっと詳細を読みたい。書籍を購入しよう。
赤坂憲雄「五輪が近付くにつれて東北の復興という言葉そのものが後景に沈められていったように感じました。最後は、日本の美を国内外へ発信する『日本博』という巨大な文化イベントがどこからか降ってきてのみ込まれてしまった。」(聞き手・高久潤)
中央への抵抗、民俗学者の提言


「戦前の東北について、明治・大正生まれの老人たちはひそかに『男は兵隊、女は女郎、百姓は米を貢ぎ物としてお国に差し出してきた』と語っていました。その構図がきわめて『植民地』的でした」

江戸の昔から。
「原発さえ稼働させなければ解決するわけではない。自然から贈与されたエネルギーが地域の自治と自立を支えて、地域分権型の社会へと道を開いていく。それが私が再エネにひかれた理由でした。」良記事。
3月11日のオピニオン面に掲載されたインタビューのデジタル版
中央への抵抗、民俗学者の提言
以上
 
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