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憲法学者が考える不自由展中止 自由を制約したのは誰か:朝日新聞デジタル

84コメント 登録日時:2019-08-14 22:35 | 朝日新聞デジタルキャッシュ

 あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた。憲法が保障する「表現の自由」の問題として考えた時に、どのような意味があるのか。行政による文化芸術活動への助成に詳しい慶応大…...

ツイッターのコメント(84)

後で読む
#「表現の不自由展」中止
@asahi 不自由展を担当した実行委員会や展示作品の作者の『表現の自由』の問題であるとする議論の立て方は、少なくとも裁判では、簡単には通用しないと思います。自分のお金・時間・場所で同じ表現を行うことは何も規制されていないからです。朝日記事から抜粋
#「表現の不自由展」中止

ハフポストのさっきの記事、都合の悪いこと切り取ってないか?
@togetter_jp 次、同じく憲法学者の横大道 聡。情報が少なくてよくわからないが、おそらく下記の記事での関連か。
これを読んで以来、個人的には納得し、終結した
文化庁の決定が物議を醸しているからこそ、読みたい記事
@ISOKO_MOCHIZUKI @yamayama_nae 表現の自由は、発表の機会を提供したり、作品を購入・展示したりすることまで、行政に義務付けるものではないというのが、判例や憲法学の通説的な理解です。
#「表現の不自由展」中止
この記事ちょっと気になる(無料部分しか読んでない)
何でもかんでも表現の自由って言うけど…🤨意味が違うんだよね
@ashikabiyobikou 今回の件は「表現の自由」の侵害には該当しないともおっしゃってますから、おそらく活動家ではないと思います。有料記事なので途中までしか読めませんが、以下↓
文章はやや難しいけどなるほど!!!だった な~ >>>
横大道聡先生のインタビュー記事です。
表現への助成の場面で行政は、ジャンル選択や作品選定に関与はしても、作品の選定自体には口を出してはいけないということ等が述べられています。
自由を制約したのは誰か:朝日8/14
慶応大学・横大道聡教授。「芸術監督自身が実行委員会と一体となって中止の判断をしたことが、今回の問題だと思います」「本来、外部の圧力から展示を守るべき立場にいたからです」
朝日は、いい記事もたまには書いてる。
こうした記事ね。
だけど、記事を広く読ませよう、という気が薄い。
産経なら、記事を無料公開する。そうして支持を広げているw
>「<誰の>表現の自由が、<いつ><誰によって><何を理由として><どのように>制約されたのかを整理しなければ、問題の核心・焦点がぼやけてしまう
おお!横大道聡先生が明確に「不自由展を担当した実行委員会や展示作品の作者の『表現の自由』の問題であるとする議論の立て方は、少なくとも裁判では、簡単には通用しない」と指摘。
これはウェブ有料記事らしく、紙面には掲載されていない。ウェブでしか、しかもカネを払わないと読めない記事を載せるのなら、紙面を解約し、その分でウェブ版をカネを払って読めば良いのか?
穏当な内容です。今回は市長、政府まで含む殺到型で、裁判になった場合、誰のどの行為で、と特定すること、因果関係が誰に認められるかは難しいですね。
不自由にしたのは政争の道具として利用しようとした愛知県知事と津田大介氏でしょう。他の芸術家は大きな迷惑と不自由を味わった事でしょう。
表現の自由とした段階で、こういう机上の空論大好きな「研究者」なるものが口出す権利があると誤解し、こうもああも分析できる、どっちもどっちだよね~、ミルという偉人はこう言いました(ドヤ)などと講釈始めてしまう。
何が起きてるかわかんないなら黙ってろよ。
分かりやすい解説。
頭の整理に。
朝日サマ、
海外のケンポー学者にも聞いてみたら
慰安婦問題については、朝日新聞だよ!
ありもしない事をでっち上げるから、こんな問題が起きた
それに、自由は元から制約されている
だから、「捏造の自由」や「誤報の自由」は無いんだよ!
👕服着ないで お外を歩いただけで 両手が後ろに回るのだから もともと不自由だった。
日本人ヘイトには黙りの、朝日不動産ヘイト仲間へのインタビューも大変だなw  情報弱者は騙せるけどねw
これは良い見解だね
このテーマについてのしかるべき専門家のコメント。
横大道聡教授。「イギリスでは、行政が芸術に助成する際に、行政と距離を置いた専門家らによる第三者機関が助成対象を審査して助成先を決める『アーツカウンシル』という仕組みがあります」→
「もともと表現の自由は、戦前のように政府批判をしたら逮捕されるなど、あからさまでわかりやすい圧力を想定したもの。(略)不自由展を担当した実行委員会や展示作品の作者の『表現の自由』の問題であるとする議論の立て方は、少なくとも裁判では、簡単には通用しない」
横大道氏は「「あいちトリエンナーレ2019」における河村市長・菅官房長官の「表現の自由」侵害行為に抗議する憲法研究者声明」には参加していない。津田氏に責任の一端を求めるとして、どうしたいのかが見えない。
表現自由は無制限にあるわけじゃないので,場合によっては中止になることもある。そんなの素人でもわかる話でしょう。
面白い記事。主催者側の津田大介氏は被害者ではなく、むしろ、中止を決めたことで作家たちの表現の自由を奪ったことに問題がある→
わかりやすい。 / “ 自由を制約したのは誰か:朝日新聞デジタル”
よい記事。実行委員会が中止を選んだことで生まれてしまったものがある。
芸術とか表現という言葉を使えば無制限に自分勝手ができるという頭が狂ってる人間が大学教授やってるから日本人はバカだと勘違いされる。このような教授を飼っている大学には税金一切カットしてもらわなきゃ困る。
こう言う記事を有料でしか読めないのはどうかと思う。
今まで読んだ中で一番整理されている記事。参照されている過去の判例も参考になる。
「公金支出をもって、援助を受けた表現が自動的に国や自治体の見解になるわけではないということへの、誤解があるようです。政治的に気に食わない作品の展示に公金が用いられたとしても、その表現を支持したことにはなりません」
再開したらええやんか
学者によって多少異同はあるかもだけど、ツイッターで吹き荒れた「公金支出」問題他に明解に答えてる記事、あいちトリエンナーレ2019に興味のある右も左もアートクラスタも一読推奨。(´ε`;) つか、読んで (有料)。

ペンが剣に負けた時。次に訪れる自由は何だろう。その想像と、来たる社会的制約を実感して自分を鍛える必要がある。一度の前例はそれを踏襲する。この国はそれが繰り返されてきた。
「警察に警備の強化をお願いしたり、手荷物検査を厳格化したりするなど、中止よりも穏当なやり方では本当に安全管理できないか、きちんと検討してから中止という判断に至ったのかどうかがポイントになると思います」
憲法学の観点からは、また違った見方ができるのですね
う〜ん…
憲法学的にはこうなるのかもしれないけど、この問題は少女像(従軍慰安婦)に対する日本人の認知の歪みを抜きにして語れないと思う。(有料記事です)
朝日が『憲法学者』だって!
読まなくても趣旨が判ってしまう有料記事www
「芸術的なすばらしさのみを根拠に作品のセレクションをした外観を作りながら、政治的見解を忍び込ませる」
「芸術監督自身が実行委員会と一体となって中止の判断をしたことが、今回の問題だと思います」
憲法を遵守しなくてはならない公的機関が、ある意見を持つ人の強い主張に屈した。公人が自分の意見を行政に強要。全て戦争前夜の如き出来事!
独裁国家の出現を予感させる。
朝日の有料記事だし、わざわざ金払ってまで読まないけど。
そもそもこのタイトルの時点で賛否両論沸き起こると想像がつかないか?自由を制約しないってのが、如何に愚かで、如何に馬鹿げているか
津田大輔さんは、朝日新聞の論壇等の執筆者でしょ。
津田さんを擁護する学者を紙面にどんどん登場させ中止が不当であったと朝日新聞の得意技を使い論陣を張ったらどうでしょう。
学者の思想は一般読者は知らないから 洗脳できます。
今まで嘘でも平気で記事にした新聞社でしょ
作者が何らかの政治的意図を以てやっていた活動プロパガンダ
どころか、

愉快犯だろう。
単なるサルが群がることを計算に入れてやっているとみて自然。

いつどこでだれが作ったものかとの次元で、
>気に食わないから自分とは関係ない、ではなく、そういう表現が流通していることによって、自分も利益を得ているのではないか。そういった想像力を持つことが必要だと思います
なるほど。ただ一点、警察が非協力的だった場合はどうなのか?を聞いて欲しかった。
あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれました。憲法が保障する「表現の自由」の問題として考えた時に、どのような意味があるのか。行政による文化芸術活動への助成に詳しい慶応大学の横大道聡教授(憲法学)に聞きました。
日本国憲法第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、(中略)これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
集団的自衛権がどうのこうのいうときも、学者の「声明」「考える」ほど腹立つものはなかった。せめて足もと(大学)の自由と制約について「声明」を出し、「考える」ことはないのか。ガン首並べて明後日を向いた人畜無害の声明が、アベ友の馬鹿ヅラ陳列に敵うわけがない。
横大道先生のコメント
「専門職自身が中止の判断をしたことの意味は問い続けるべきでしょう」論文の査読で言ったら「○○の論文載せたら火をつける」と言われて掲載が決定していた論文の掲載をとりやめる、みたいな話
「JSミル:気に食わない表現の規制はその表現が気に食わない人に害を与える。なぜかと言うとそれと自分の見解を比べて自分が正しいと確認する機会が奪われるし自分が間違っているかもしれないと考え直す機会すらなくなるから。反対する表現は反対する人のためにこそ重要」
@dokuninjin_blue
青識亜論はこれを読んで勉強して
相変らず「表現の自由」が無制限のフリーハンドだと抜かしますか朝日新聞は。どこぞのご老公の印籠じゃないっちゅ~の(笑)
有料記事だけど…
「制約したのはトリエンナーレ実行委員会であり、芸術監督自身が実行委員会と一体となって中止の判断をしたことが、今回の問題だと思います」表現の不自由展を企画した監督が表現を制約した笑えないオチに。/
表現の自由の議論は難しいけれど、実は少し「想像」してみれば簡単、ということが多いと思う。
憲法学者も政治活動家でしかないって印象ですねえ。権威振りかざしてもねえ
表現の不自由展中止問題に関する横大道聡・慶応大教授の見解です。
たいへん興味深い憲法論です。
>気に食わないから自分とは関係ない、ではなく、そういう表現が流通していることによって、自分も利益を得ているのではないか。そういった想像力を持つことが必要だ>
今の日本の裁判組織、特に最高裁は時の政府の追認機関。その裁判所判決云々で、自由を制約したのは誰かと議論しても無意味では。まあ、この論でも、安倍主犯と国民が断罪する事は可能ですがね。
「自分のお金と時間・場所で同じ表現を行うことは何も規制されていないので、誰かがお金を出さない、場所を貸さないなどの微妙なやり方で表現の自由に影響を与えようとした時、それを直ちに表現の自由の侵害ということは困難を伴う。少なくとも裁判では簡単には通用しない」
_φ(・_・(会員限定記事ですが)これは必読。
「哲学者のジョン・スチュアート・ミルは次のようなことを言いました。気に食わない表現を規制するというのは、その表現が気に食わないと思っている人に対して害を与える。なぜかと言うとそれと自分の見解を比べて、自分が正しいのだと確認する機会が奪われるし、
14日夜にはほかにもこのウェブ記事が追加されたが、今日15日の朝刊に載る気配はなく、表現の不自由展・その後において昭和天皇を扱った作品に触れるのを全国区紙面では極力避け出したことになる。
哲学者J・S・ミルの言。気に食わない表現を規制するというのは、その表現が気に食わないと思う人に対して害を与える。なぜなら自分が正しいのだと確認する機会が奪われ、自分が間違っているかもしれないと考え直す機会すら失う。反対する表現は反対する人のためにこそ重要。
朝日に都合の良い場合は「表現の自由」、都合が悪いなら「ヘイト表現」! 恣意的な「朝日的自由」など制約されて当然でしょ?日頃「反ヘイト」を論じる朝日が、昭和の天皇陛下の肖像を燃やすのを「表現の自由」と持ち上げる醜悪さ。曲学阿世メディアに報道の資格無し。
「憲法学では、芸術助成に対する政治からの介入を避けるためには、専門職が展示について自律的に判断して、その判断を尊重する体制をつくるのが、あるべき姿だと考えられてきました」
⇒で、「専門職としての」津田氏のキュレーションも中止決定も批判。賛成。
自由を制約したのは誰か:朝日

芸術を志していた頃の若きオーストリア人が制作した作品が、ドイツで政治家となった後にその親衛隊の行為により、70年以上経ても「表現の自由」や展示の自由を容認されないのと同じかつ反対の理由による制約。
わかりやすい記事。慶應の横大道先生の説
「気に食わない表現を規制するというのは、気に食わないと思っている人に害を与える。それと自分の見解を比べて、自分が正しいと確認する機会が奪われるし、自分が間違っているかもしれないと考え直す機会すらなくなる。だから、反対する表現は反対する人のためにこそ重要だ」
「哲学者のジョン・スチュアート・ミルは次のようなことを言いました。気に食わない表現を規制するのは、その表現が気に食わない人に害を与える。なぜかと言うとそれと自分の見解を比べて、自分が間違っているかもしれないと考え直す機会すらなくなる」
なるほど。。。>
クソどうでもいいw/
東浩紀氏のtweet上の説明だけでは正直よくわからなかった「表現の自由どうこうの問題じゃない」というあたり、憲法学者によるまとめがわかりやすかった。専門職による展示中止、過去の事例や判例を見ると「今回のはアレらとは違うんだ」と論陣張るのも、一つの手なんだよな。
以上

記事本文: 憲法学者が考える不自由展中止 自由を制約したのは誰か:朝日新聞デジタル

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