熊本城の崩れた石垣 明治時代の修復箇所に集中と判明:朝日新聞デジタル

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いつかの記事だけど
「 明治時代の修復箇所に集中と判明」 “熊本地震で被災した熊本城で、崩れ落ちそうな建物を「一本石垣」が支えている姿が注目を集めた飯田丸五階櫓の石垣について、明治期の地震で修復された南面と東面が大きく崩れていたことがわかった。”
明治時代のイメージが悪くなるな /
地震の強い衝撃にはまず弱い部分から崩壊するとはいえ、江戸時代の職人さんの技術の高さはさすが。この江戸の職人に、令和の職人が挑戦する構図は胸アツ。
西南戦争と地震で崩落した部分を応急対処した感じだったのかな。 /
朝日:   …以前から言われているけど、そこ、明治の地震でも壊れたから修復したんでしょ。もっと下を見たほうが良いんじゃない?
元々崩れやすくて明治期にも修復したと捉えるか、明治期の修復工法が粗末だったから崩れたと清正神格化するか。認知バイアスと美辞麗句を駆使する詭弁の才が活きる。
明治時代に修復したところは、それ以前に壊れたところ。修復の出来が悪かったのか、そこが崩れやすい場所なのか//
江戸時代に近いはずの明治にしてすでにこうなってるとはね。現代ほどには城の価値が認められてなかったのかもしれんけど。 /
職人を集められなかった(いなかった?)んでしょうねぇ /
なるほど、これは興味深い。
伝統技術すごい。明治時代に既に技術が途絶えていたんだね…→
水路なんか見てて思うけど、失われた技術てのは確実にあるのだろう。再現できなさそうな石垣水路なんかもどんどん壊してるけど。失ったら取り返しがつかないものを壊す際には慎重にしてほしい。 /
清正公の遺徳であるぞ。
飯田丸五階櫓(やぐら)の石垣について、明治期の地震で修復された南面と東面が大きく崩れていたことがわかった。
応力が集中するところとか、構造上のアレソレなのかね
「熊本地震で被災した熊本城…飯田丸五階櫓の石垣…1877年の地震に伴う修復では、石垣の表面に四角い石が使われた。構築当初や江戸時代の修復で使われた多角形のものと違い、石と石との接点が少ない」> 朝日
熊本地震で被災した熊本城で、崩れ落ちそうな建物を「一本石垣」が支えている姿が注目を集めた飯田丸五階櫓(やぐら)の石垣について、明治期の地震で修復された南面と東面が大きく崩れていたことがわかった。
#熊本城 の崩れた石垣
明治時代の修復箇所にに集中と判明
熊本)熊本城の「一本石垣」 震災崩落は明治の修復部分:朝日新聞デジタル
以上
 
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