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國分功一郎×熊谷晋一郎:「中動態」と「当事者研究」がアイデンティティを更新する理由 #wiredcon|WIRED.jp

34コメント 登録日時:2017-08-31 20:45 | WIREDキャッシュ

10月10日(火)に開催する今年のWIRED CONFERENCEは、題して「WRD. IDNTTY.」。第1弾として発表されたプログラムには哲学者・國分功一郎と医師・熊谷晋一郎の名前が挙げられている。かねてより親交の深いふたりが論ずる「中...

ツイッターのコメント(34)

依存症の回復プログラムは中動態...🤔『熊谷は当事者研究という観点から「依存」を読み解き、そこに中動態との結びつきを見出したが、これは決して依存症の人々だけの問題ではない。』
@wired_jp
中動態は独立事象でない事象の群体に宿る。個で完結せず個と個の再起的関係性の中にアイデンティティを発見する。当事者研究も個の特異性への理解というキーワード。
@cocoro_zasi @fujitatakanori 『意志とは異なるかたちで「責任」という概念を考え直すことは、國分が中動態研究を通じて行おうとしていることでもある。熊谷は当事者研究という観点から「依存」を読み解き、そこに中動態との結びつきを見出したが、これは決して依存症の人々だけの問題ではない』
自分の意思なのか他人の意思なのか、そこに視点を置いていると、心の葛藤から抜け出れないよな
俯瞰で見る必要性、わかっていても渦中は難しいから

@wired_jp
安田純平さんの帰国で賑わっている「おまえが選んでいったからお前の責任」というヤジは、「能動態/中動態」の孕んでいる「意志」と「責任」の息苦しさを目のまえで見せつけられているような気がしてウンザリするな。
そういう場所にあるものも選択は選択である、と言ってしまうのは残酷なことで、それこそがきっと軍曹を黙させ従わせてしまうもので、そこにあったとされる軍曹の意志と責任は、中動態の視座から考え直さないとならないものだと思っている
memo:中動態って、アフォーダンス理論とも相性が良いような気がする。| @wired_jp
そうそうそう! と納得。> |WIRED.jp @wired_jp
「意志というのは『信仰』なんです。ぼくらの現代文明は意志に対する信仰で成立している。実際、意志という概念を発明したのはキリスト教哲学でした」

面白すぎる。賛同します。
面白い。「社会とアフォーダンス」的に語れるものがありそう

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おもしろいね〜
|WIRED.jp @wired_jp
"能動態/受動態は「尋問」する言語"

|WIRED.jp @wired_jp
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あとでゆっくり読みたい。好きなおふたり
熊谷さんのいう「能動態から中動態」は、「能動態/受動態の世界から中動態/受動態の世界」のほうが正確かな。
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依存症の自助グループで使われている「12ステップ」というプログラムについて触れている。: |WIRED.jp
関連過去めも。「お前の意志でやったからお前の責任だろ、と意志(の強弱)ばかりを問うことは、行動が(過去の)何かにつながっている因果関係を切断してしまう」/「中動態」と「当事者研究」がアイデンティティを更新する理由
|WIRED.jp @wired_jp
あとで読む
”意志という言葉は非常に曖昧であるにもかかわらず、ぼくらはこの言葉なしでは社会を維持できないような体系をつくりあげている。”/ |WIRED.jp
引用:自分のコントロールではどうにもならなくなったことを認める、と書いてあるんです。つまり、意志をもって能動的に自分の人生をコントロールするという、これまでのライフスタイルから下りることをステップ1で宣言
|WIRED.jp おふたりに親交があるのを知らなかった(そもそも國分さんを今年知ったので)
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この本面白かったです。
北海道弁には「〜さる」という動詞があるが、これも中動態。
例えば、自分ではスイッチを押す意思がないのに、壁に背中をついてスイッチを押し、部屋が真っ暗になった場合、標準語なら「押してしまった」と言うが北海道弁では「押ささった」と言う。
「意志とは何か」ということを考えていて、世の中は意志の存在に重きを置きすぎじゃないのかなーとモヤモヤしてたけど、スッキリする解を得た。
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意志というのは『信仰』なんです。ぼくらの現代文明は意志に対する信仰で成立している。
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たとえば能動態と受動態に基づいた言語だと人を好きになることを説明できない。〈惚れること〉そのものは能動でも受動でもありません。
英語を勉強してたときの違和感の正体がわかった気がしたわ。
依存症自助グループで採用されている『12ステップ』では、洗練された形で人を能動態から中動態に戻す装置が張り巡らされている
“「わたし」として「わたし」を生きること──それはつまり、一度きりの過ぎ去った過去を断ち切らずに生きてゆくことでもある” /
意志というのは『信仰』なんです。ぼくらの現代文明は意志に対する信仰で成立している。実際、意志という概念を発明したのはキリスト教哲学でした。 / “國分功一郎×熊谷晋一郎:「中動態」と「当事者研究」がアイデンティティを更新する理由…”
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この12ステップの自助プログラムに参加してる身としては色々思うところある。
「依存症の自助グループのなかで採用されている『12ステップ』というプログラムのなかでは、実に洗練されたかたちで人を能動態から中動態に戻す装置が張り巡らされているんです」>國分功一郎×熊谷晋一郎 WIRED.jp
《能動態と受動態に基づいた言語だと人を好きになることを説明できない。〈惚れること〉そのものは能動でも受動でもありません。》│ | @wired_jp
”わたしたちは責任を問うために因果関係を恣意的に策定しているのだと國分は指摘し、その概念が孕む矛盾について次にように語った。

「意志というのは『信仰』なんです。ぼくらの現代文明は意志に対する信仰で成立している。…」”
以上

記事本文: 國分功一郎×熊谷晋一郎:「中動態」と「当事者研究」がアイデンティティを更新する理由 #wiredcon|WIRED.jp

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