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冥王星を見ているとき、わたしたちが本当に目にしているもの|WIRED.jp

24コメント 登録日時:2015-09-21 17:06 | WIREDキャッシュ

暗闇に浮かぶ球体の写真を見て、心を揺さぶられる。「冥王星はかくも美しい姿をしているのか」と。しかし、少し立ち止まって考えてほしい。実物を見たことがないのに、なぜそれが冥王星の姿だと言えるのか。「それは本物か?」というこの根本的な疑問は、何世...

ツイッターのコメント(24)

これは哲学的な問題としてかなり有名な話。

写真に映ったものは事実ではない。

コレ、共感できる人どれくらいいるかな。
哲学者と芸術家めんどくせえなw
本当の哲学者ならば、肉眼で目にしていても本物か疑うはずだ。
もっと言うなら、自分の視覚は真実を見ているのか。ひいては私達の意識は何を認識しているのかって話になるけど、逆にその主観にとっては認識しているものが常に真実ともいえるわけで。
科学主義に対してはこのような冷静な態度でのぞむべきである。わかったつもりになることが一番怖いのだ。だが同時に、現実社会では、分かったつもりで進んでいく事柄に対してのストレスも覚悟しなくてはならない。
記事にもあるけど、目で見ていると思っている映像自体脳が作り出している物。他の人も同じ物を見ているだろう、カメラ映像は確かだろう、と言った程度の話しだろう。

@wired_jp
@wired_jp: 暗闇に浮かぶ美しい球体「冥王星」。しかし、ニュー・ホライズンズが50億キロの彼方から送ってきた画像は冥王星の本当の姿なのだろうか?その哲学的な意味を考える。
ロケットの打ち上げ実験の時、「カメラはいいから肉眼で見ろ」と言った笹本祐一先生の話を思い返す。
ツッコミが甘い。なぜ「ニューホライズンズはたしかに冥王星の近くを飛んだ」と言えるのか。それすらも転送されてきたデータだろうに:
●<見ることができるのは「過去に存在していた姿に近い何か」だから…やれたことを喜ぶ方が先かw
面白い記事。こういうこと考えるの好きだ。
"
すんごい哲学的だけど、ほんとにそうだ。わたしたちが何かを媒体にしてものを見たとき、それは本物といえるんだろうか?
特に宇宙の画像は可視光とは限らないし、色々と加工されてるからなー / “ « WIRED.jp”
写真とは死の象徴。上手いことを言うなぁ。哲学的に面白い。
サイエンティストでないので、「きれいだ、すごいな~」で終了してしまう私です>
見る/見える/見ている という考え方。
実物をテレビで映すと色が全く変わるものね。なんか水をさす記事だな。〉
注意しなさい。私たちが冥王星を見るとき、冥王星も等しく我々を見ているのです。 ”"
そもそも目を通して世の中を見ること自体、目というテクノロジー的カメラを通しているわけで、一人ひとり感度とかが違う可能性がありますよね。
鏡の前にいるのも本当に自分なのか、そもそも目で見えているものは本当に存在しているかと言う問いに繋がるんだけどねぇ
以上

記事本文: 冥王星を見ているとき、わたしたちが本当に目にしているもの|WIRED.jp

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