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「伝える」ことの根本的な困難さについて考えてみた - 週刊アスキー

 さて、この連載は「想いを伝える編集力」というタイトルです。今回は、年末ということで、ちょっと昔を振り返りつつ、「伝える」という根本の部分について考えていきたいと思います。

ツイッターのコメント(13)

"もしかして「伝える」という行為は、本質的に不快なものなんじゃないだろうか?"
最近コミュニケーションで悩んでるので刺さる。伝わることは当たり前なんかじゃないってことを意識して発話しなきゃ。
「伝わる」ということは「変わる」ということ。:
『ひとは、そのままで肯定されたいし、承認されたいものです。変わるのは基本的に面倒だし、他人にそれを迫られるのは、不快です。だから、ほんのすこしでもイマイチな伝え方だと、ぜんぜん伝わらないのです。』
本文とは違うけど。私が旦那さんに伝えたこと、内容がたわいないことであって返事しなくていいって思ったのかもしれないけど、何か反応欲しいと思った…結構こっちは気を遣ってるのにな。期待しすぎか》 - 週刊アスキー
加藤さんが創業直後に連載していた記事、良い。伝えることは、大なり小なり変革を迫ること。ひとが変わるのは大変だし、基本的にありのままを肯定してほしい。不快にさせやすい行為、と認識しておく。
「伝えるという行為は本質的に不快」

相手が知らないことだから伝えるんだけど、新しいことを知るってことは大なり小なりその人が変わる(変わらないといけない)ってことなんだよね。
「ひとは、そのままで肯定されたいし、承認されたいもの。だから、ほんのすこしでもイマイチな伝え方だと、ぜんぜん伝わらないのです」。
「今の自分を否定される」と感じさせる書き方は控えたい

傷つきやすさは、
人を傷つけない力でもあったり。

”編集長は、オジサンだったのですが、そういうことにとても繊細なひと(たぶん、ひと一倍、傷つきやすい人)で、本当によく怒られました。”
必要な情報でも、相手を不快にさせてしまったら反発されてしまう。人間を動かすのは良心でも損得でもなく、感情だと再確認できた。
内容じゃなくて言い方によって相手にシャッター閉められることは結構あると思う。
伝えるという行為は本質的に不快、確かに!お布団でぬくぬくしてるとこに冷たい風が吹いてくるみたいなものかも。いや外は寒いから風は冷たいでしょって言われても!みたいな|
これとか書いたこと完全に忘れてたけど、現在のTwitterジャングルで読むとわりと示唆的な話。伝えることはそもそも難しい。|
以上
 

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