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電源の入らない携帯電話がつながる日はあるか~渋谷・ホームレス女性殺害 - 奥田知志|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

267コメント 2020-11-23 17:25  論座

 彼女のことを考えている。当然、会ったことはない。 居場所はなく、バス停で休んでいた。そして、いきなり殴り殺された。付近の住民は「小柄でおかっぱ頭」だったという。64歳。 どんな人だったのだろう。どこ

ツイッターのコメント(267)

この話、悲しかった。

「教養」という言葉が嫌いで教養のないぼくとしてはその言葉が引っかかるけど、その人の内心を理解しようとすることは、生きている人には必要なことだと思う。
「いのちの分断」が進む社会で必要なのは想像する力、共感する力、そして連想する力

奥田知志 NPO法人抱樸理事長、東八幡キリスト教会牧師
酷い‥。。

『 - 奥田知志』|論座 - 朝日新聞社の言論サイト
こんな社会でいい筈がないと思いながら放置してきたのは私自身だ。気がつけばこんなに荒んだ国になってしまった。

#渋谷区ホームレス女性殺害に抗議する
#野宿者に対する排除と暴力を許さない
「何もわからない。しかし、私たちは想像することができる。できる限りの「想像力」をもって彼女のことを考える。それが残された者の「宿題」あるいは「義務」なのだ」

(2020/11/23 論座)
あのイス、見るたびに心が痛い。ほんとに、いつまでも慣れない。
この事件の顛末を知ってから、ずっとホームレス生活者のことばかり考えていて、まずは、ホームレス支援をしている団体に寄付をしようと思っている。
事件がなければ現在も路上生活を続けていたと思うと、どちらにしても地獄。

善意が巡り巡って自分がピンチの時に助けて貰えるなんて都合のいい妄想はしないけど、無理のない範囲で。

~渋谷・ホームレス女性殺害 -
「電源の入らない携帯電話がつながる日はあるか~渋谷・ホームレス女性殺害」 (奥田知志201123)
「できる限りの“想像力”をもって彼女のことを考える。それが残された者の“宿題”あるいは“義務”」「記者の目には、あるいは担当した警察官には“食品のゴミ”としか映らなかっ…」
>彼は何を祈っていたのか。「もう二度と目が覚めませんように」。彼は毎晩そう祈っていたという。言葉の重さにたじろいだ。
「もし、小学生の女の子がバス停で夜を過ごしていたならばどうだろう。
『大騒ぎ』になっていただろう。
心配されながら1ヶ月も放置されることは、まずない。
しかし、相手が大人であり、かつ『ホームレス』の場合、強烈なブレーキがかかる。
これを差別と言う」
ホームレスが横になれるようなベンチ、ホームレスが住み着けるような公園、、、ってのも嫌だな。ホームレスにならないための支援でお願い。
世界にはびこる分断と、なくなっていく想像力について。思考が始まる強烈な記事(有料だけど)。
《「3日やればやめられない」などとちゃかす人もいる。いや、それはあなたが現実を知らないからです、あるいは人としての「想像力」を欠いているからです。》
二度と目覚めませんように
と祈る気持ちが解る!

鏡が大嫌いで見れない私だった

だからこそ考え続けた

鏡の中の私がどうなっていたら
良いのだろう?

鏡の中の私を笑わせるには?

答えは一つ
私が笑って過ごすことのみ!

背景はあるけど
おもちゃにされぬ世界がいいな
歌舞伎町のマックで夜を越していた人も追い出され、ネカフェも金が切れれば追い出される。年越し村の支援すらしない現政権って何なんだろう。-
「「横になれないように仕切りを付けたベンチ」は「今も増え続けている。」「居場所がない人々を何とか引き受けてきた場所が消えつつある。」 /
「最も醜いベンチ」については気付いていた。本当にあれは醜悪。
今の日本にとって
大切な事が書いてありました。
気がつかなければいけない。
「「横になれないように仕切りを付けたベンチ」は、ホームレス対策として設置されたベンチだ。人を拒絶する「最も醜いベンチ」は今も増え続けている。」
ホームレスの居場所無くし排除して楽しい?ホームレスに役所が生活保護なり住処提供なり仕事を与えるなり支援できないの?冷たい社会、いつ自分がその立場になるかも知れないのに。
それな

“ベンチに仕切りだけではない。公園の東屋の屋根は外された”
→有料記事なので途中までしか読めないが。。
弱者を切り捨て続ける政治のままでは社会は荒廃していく
攻撃もしない
邪魔もしない人を
殺害した事件

その殺意があるなら
虐待加害者
連続暴行犯を
殴って欲しいと願います
自分自身も想像力を欠いた「無教養な民」で、また別のOさんのわきを通り過ぎてしまっている… 
そんな恐れを感じながら読みました。
肝に銘じたい内容でした。

5分だけ。奥田さんのこの記事を読むのに時間あけてほしい〜。
自分は路上生活者ではないけど、なんとなく心の中身はこの被害者と同じな気がする。どこにも居場所がない。体の内部に詰まっているアテのない期待と不安
想像力は教養
この言葉を忘れずに生きてゆきたい。
この話、悲しかった。
「教養」という言葉が嫌いで教養のないぼくとしてはその言葉が引っかかるけど、その人の内心を理解しようとすることは生きている人には必要なことだと思う。
「もし、小学生の女の子がバス停で夜を過ごしていたならばどうだろう。「大騒ぎ」になっていただろう。心配されながら1カ月も放置されることは、まずない。しかし、相手が大人であり、かつ「ホームレス」の場合、強烈なブレーキがかかる。これを差別と言う。」
厳しすぎる、しかし現実なのよな
この記事の終盤で言われてる「教養」がある人間になりたい
あるホームレスの親父さんは「毎晩祈ってから寝る」と語った。「クリスチャンですか」と尋ねた。すると彼は「もう神も仏もありません」と静かに答えた。彼は何を祈っていたのか。「もう二度と目が覚めませんように」。彼は毎晩そう祈っていたという。言葉の重さにたじろいだ
記事の言葉が突き刺さる。加害男性が「こんなに大事になると思わなかった」と言うが、64歳の女性が路上生活していたことが大事だと。
自分は「教養の民」だろうか・・・
読んで欲しくて載せます。ひとりでも多くのひとに。私と彼女は寸分違わぬことを想像することの大切さを/
自分は「想像力」を他者に向けるだけじゃなく「自分も同じかも・例外じゃないかも」という向きにも働かせているか?てなことをときどき考える。
でもまあ、その2つは同じものなんだろう。
〈想像する力、共感する力、そして連想する力が私たちには必要なのだ。それらが不十分なら、私たちは「ただの無教養な民」となる〉
Facebookはこの記事で賑わってる。
他人事として喜怒哀楽してる。

みな豊かなんだな。孤独や不安やイジメは想像力の問題でしかないんだ。

それにしても奥田牧師のファンは多いな。琴線に触れるのか(笑)
いつ見ても「人が横になれないベンチ」には違和感しかなかった。
そこは疲れた人が休む場所であり、足腰の弱った老人が腰かける場所であり、寝てしまった幼子を傍らに横たえる場所ではなかったのか?
こんなものが「普通」になってゆく社会が怖い。
『すべては想像から始まる。私たちは「教養ある民」でありたい。そうでなければこの国は「野蛮人の国」で終わる。』


“教養はものを識ることとは関係がない。やっぱり人の心がわかる心というしかないのである”
「いのちの格差」という言葉がとても重く響きました。
タイトルの意味が分かったときズシンときた。
駅の構内で前に缶を置いて正座する方を見過ごしてしまった。翌日はいなかった。私も…
ベンチの真ん中の手すり、駅構内に移動した待合室...
教養とは人の心を理解する営み
コロナで今までのような速度で物事を進めることの出来ない時なのだからもっとイメージしましょう。悲しい事が起らないよう
それは間違いなく彼女の「食べ物」だった。「ゴミ」ではない。
 誰が「ゴミ」を大事に持ち歩くか。彼女のいのちをつなぎとめるための「食べ物」だったのだ。「ゴミを食べざるを得ない人の気持ち」を想像したい。
 
年齢に関係なく「女性」としての恐怖もあっただろうに😭
渋谷区で不意に殴り殺されたホームレス女性は、今年2月までパートで働いていた。
所持金は8円だった…
明日は我が身。恐ろしい。
>すべては想像から始まる。私たちは「教養ある民」でありたい。そうでなければこの国は「野蛮人の国」で終わる。

既に「野獣の巣窟」と紙一重。。

< >
いかなる理由であれ他者に対する「想像」を怠れば、私たちは他者を排除する「無教養な民」となってしまう。

~渋谷・ホームレス女性殺害 -
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