TOP > 政治・経済 > スポーツ報道の「見どころ至上主義」は限界だ | GALAC | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

スポーツ報道の「見どころ至上主義」は限界だ | GALAC | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

67コメント 登録日時:2015-09-11 06:27 | 東洋経済オンラインキャッシュ

個人的に日本のスポーツジャーナリズムの不可解さに気づいたのは1995年。日本のプロ野球を飛び出した野茂英雄投手が、大リーグで初めて出場する試合を現地で取材したときだ。当時、週刊誌の『Newsweek日本版』で編…...

Twitterのコメント(67)

なかなかいい記事
2015年のやつだけど、今でもあまり変わっていない気がする
自分がなぜ地上波スポーツ報道から離れたのかが、よくわかりました。
ちょっと強引にこじつけたところもあるように感じますが。
池谷発言から、今報道しているメディアも実は以前から知っていた体質。>>メディアがスポーツと一体化しているゆえの問題もある。駅伝中心主義がマラソン選手の育成に悪影響・・日本テレビは取り上げない・・高校野球の投手酷使・・『朝日新聞』は問題視しない・・
2年半経っても改まる気配はありませんね
野茂さんへのインタビューの件りはイチローのWBC後のそれでもあったな。
今読み返しても宮間選手のメッセージが染みる
メディアの姿勢を非難する声は分かるが、そもそもジャーナリズムが死に体の国にスポーツジャーナリズムを期待してもな、と思う私は冷め過ぎだろうか。
権力の監視という箇所で、憲法のことも思い出してしまった。
これは興味ある人読んだほうがいい。これ書いてる方、今年亡くなってたのね。 -
竹田圭吾さんの記事です。
「アスリートをアイドル的なアイコンとして扱うことで、スポーツにそれほど興味がない視聴者にも自局が中継する試合に関心をもってもらえる」 / (竹田 圭吾) 2015年09月11日
日本出身者が10年ぶりに優勝しそうだから相撲が面白い、わけではない
前にツイートした記事を思い出したので載せる→
ほんこれな。とはいえじゃあESPNがまとめ番組で詳しくスキーの解説するかっつったらしないんだけど。
よく知らないとかほどほどに好きなくらいなら我慢できても、とても好き、なスポーツはもうテレビのヘンテコ中継は辛い。ディレイ編集中継のことだよ!
やっぱり、竹田さんはわかってて日本特殊論じみた話をしてる感じがするけどなー。その日本の「バラエティ的スポーツ報道」は欧州だと活字メディア(とくにタブロイド)がやってると思う
日頃感じていること。→
スポーツを文化として根付かせるためにはマスコミの報道姿勢が問われます。ご都合主義に走るとファンまでそうなる。
引用〈テレビなどで紹介される彼女たちの言葉や姿を見る限り、カープ女子たちは表面的なプレーだけでなく、選手がベンチから守備位置につくときの (続〉 /
「日本の陸上界の駅伝中心主義がマラソン選手の育成に悪影響を及ぼしている、といった批判を日本テレビが積極的に取り上げることはないし、高校野球の投手が夏の甲子園大会で酷使されていることを『朝日新聞』が問題視」することもない、と。
アスリートは商業のためにアイドル化させられ、ミーハーなファンの育成ばかりが続けられ、文化も批評もジャーナリズムも根付かない。> 竹田圭吾
読み応えあり→” ”
音楽の分野でも、CMに切り取られる部分だけに力を入れ、それ
以外は散漫で、詩文性も音楽性も劣る楽曲が量産されてしまって
いる。 @foot_brain @Toyokeizai @KeigoTakeda
>>
~スポーツ報道の「見どころ至上主義」は限界だ~

何度もうなづきながら読んだ。
スポーツ報道の「見どころ至上主義」…
錦織で沸いた時も、テニスが人気なのではなく錦織が人気なのだと指摘されていた。ゴルフの藍ちゃん遼君、卓球の愛ちゃんも同じだと思う。
結局、視聴者が人(=物語)を求めるばかりで競技に関心がない。
すごい色んな事を考えるきっかけを与えてくれる記事。こういう視点に記事大好き。大学時代を思い出す。/
これは良記事。カープ女子についても書いてあるよ。/ 日本のスポーツジャーナリズムの不可解さ(竹田圭吾)東洋経済オンライン
今の錦織選手も同様だと思う。また、プロである以上商業主義になるのは仕方ないが今は行き過ぎ感が強い →
スポーツジャーナリズムを確立できるかも、2020年東京五輪までに解決したい課題。 /
観客(視聴者)という消費者に自局が中継したゲームの意味づけを行うアフターケアや、次の中継試合というコンテンツへの注目度を高めるためのマーケティングの一部としてしか扱われていない。
スター性のある選手に飛びつくからね。ずっと変わらなそうな気がする
日本のスポーツマスコミにはほんとうにウンザリだ。
生観戦の魅力、生で見続けることが出来なくても、リアルタイムで競技を追い続ける魅力というのは、確かにスポーツを見る側にとって肝心な部分。地上波や一般紙では限界があるけど、メディアが豊富になったことである程度改善されたとは思うけどな。
濃い記事ー
迫力ある記事だったわ。
このコラムを読んで思うのは、日本にスポーツジャーナリズムと呼べるようなものは本当に少ないということ。:
野茂のデビューて私はその場にいたけど、この1ページめは事実ではない。
良記事。日本の場合、どのスポーツも興行主義的な報道が多すぎ。競技の解説じゃなくなってるんだよな。海外からニュースが直接入ってくる今、比較に晒されている
私もイギリスに短期留学したときにTVで五輪見て、日本の取り上げ方と全然違うから「あれ?」と思ったなー。→「見どころ至上主義」は限界だ  … @Toyokeizai
まさにフィギュアが「ダメな例」やっているわけで…
現在のバレーボール報道についても深く考えさせられる良い記事でした。
これはなかなか興味深い。/
今年の夏の高校野球で、試合結果よりも先に「某選手が練習で柵越え!」とかやっていたのには、さすがに笑った。
同感です。/
竹田 圭吾さんの寄稿記事。読みごたえがあtって面白かった。/
「見どころ至上主義」への批判は同意するが、マスメディアに載るものはジャーナリズムでなければならないか、という  | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
| 新世代リーダーのためのビジネスサイト: ジャイアンツ対ドジャース…
たしかに、「このピッチングが上手いんですよ」なんて報道聞いたこと無いもんな。この点はゲーム実況が上を行く。
ラジオ聞いてたら試合結果しか言わないんで、これパワプロの結果でもバレないなって思ったことある。 / “ | 新世代リーダーのためのビジネスサイト”
ヒーローを作り上げマツリタテル。スポーツが文化にならない遠因。
それだ!それだからファンは苛立ちながら報道を見ているんだよ!
それな | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
@bjhamabo 私の主張とも合う部分がある、スポーツジャーナリズム論でした。
マイナースポーツ出身者として共感できる点多し。メディアがスポーツの死活をある程度握ってるのは事実、でもそれって本当は何か変だし、メディアが変だと自覚してなければなおさら変。 | | #
ことプロレスでは日米でこれと逆なのがまた興味深い
良記事。
以上

記事本文: スポーツ報道の「見どころ至上主義」は限界だ | GALAC | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

関連記事