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動物にたいする倫理的配慮と動物理解 / 久保田さゆり / 倫理学 | SYNODOS -シノドス-

12コメント 登録日時:2019-08-01 08:27 | SYNODOS(シノドス)キャッシュ

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Twitterのコメント(12)

犬や猫の殺処分反対を求める人々に対し、
「鶏、豚、牛は殺して食っているくせに」という論法を繰り広げる人たちがいますが、
だからどんな動物でも忌憚なく殺していいという方向へ
話を展開するべきではありません。→
「動物を食べる」ということだけではなく,この課題にも目を向けさせたい。→
これ…、密かに私にとっても一大テーマなのですよね。虐待などはもっての他だが「食べる」ことへの罪悪と嫌悪が結構ある【SYNODOS】動物にたいする倫理的配慮と動物理解/久保田さゆり /
一つの考察として。
"どの立場においても、…かれら動物は、たとえば種全体として捉えられているのではない。配慮の対象は、具体的な個々の存在である。その点で、動物倫理の議論は、自然環境や生態系といった対象の保全を目的とする「環境倫理」とは、本質的に関心を異にしている"

なるほど
常に真剣に考え続ける事が最も大切な事かな /「ある状況である倫理的判断を下したならば、それと道徳的に重要な点で違いのない状況においては、同じように判断を下すべきだ」という、判断の一貫性を重んじる
自分の行為が他者に危害をもたらしうるなら、それを避けようと真剣に考え、動物の苦しみや、苦しみがもつ倫理的な重みについて、真剣に考えるということ
"(倫理学は)「ある状況である倫理的判断を下したならば、それと道徳的に重要な点で違いのない状況においては、同じように判断を下すべきだ」という、判断の一貫性を重んじる点では一致している" / “動物にたいする倫理的配慮と動物理解 / 久保田さゆり / | SYNOD…”
保存💾後で読む。
なんか、急がしか(-""-;)
“動物倫理の考え方は、本来、一部の活動家が信じる有無を言わせない理想のようなものではないし、動物に人間と同等の権利を確立すべきだというような主張である必要もない” / “動物にたいする倫理的配慮と動物理解 / 久保田さゆり / | SYNODOS -シノドス-”
久保田さゆりさんが「動物にたいする倫理的配慮と動物理解」という文章をSynodosに寄稿されている。
本文より「動物倫理の考え方は、本来、一部の活動家が信じる有無を言わせない理想のようなものではないし(中略)自分の行為が他者に危害をもたらしうるなら、それを避けようと真剣に考え、動物の苦しみや、苦しみがもつ倫理的な重みについて、真剣に考えるということである」
以上

記事本文: 動物にたいする倫理的配慮と動物理解 / 久保田さゆり / 倫理学 | SYNODOS -シノドス-

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