学校の部活動――消え失せた「自主性」と「教育の論理」 / 内田良 / 教育社会学 | SYNODOS -シノドス-

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@JingujiPico 内田准教授が引用した記事なのでお気に召さないかも知れませんが…
引用「休みなく連日練習を積んで、ともすれば身体を壊し、ともすればその活動が嫌になることもある。それらのリスクを高めながら遂行される活動は少なくとも学校教育が積極的に担うべきものではない。そしてこの方針は現行の教員の多忙さをいくらか緩和することにもつながる」
凄く良い文章。まったくその通り。
僕も、競技やスポーツとしての活動は部活から切り離されるべきで、部活には生徒の自主性を重視した「ゆとり」のある活動が必要だと思う。
引用:休みなく連日練習を積んで、ともすれば身体を壊し、ともすればその活動が嫌になることもある。それらのリスクを高めながら遂行される活動は、少なくとも学校教育が積極的に担うべきものではない。
【SYNODOS】学校の部活動 消え失せた「自主性」と「教育の論理」

“そもそも部活動は自主的な活動、つまり勝手にやっているだけであり、けっして正規の教育内容ではない。保護者はしばしば、「教員は勤務の一環として部活動を指導している」と信じている。大きな勘違いである”
文科省がある東京都の部活動参加率が8.9%って、やっぱ部活必要無いんじゃね?www
同意見。しかし、グレる暇もないというプラス面はあることは認めざるを得ない。

学校の部活動――消え失せた「自主性」と「教育の論理」 / 内田良 / | SYNODOS -シノドス-
生徒の自主的な活動を無理な負荷をかけることなく保証し、生徒も教員も保護者も、安心して楽しめるスポーツ・芸術活動が提供できることを願う。
部活動の顧問の先生には、ほとんど賃金が支払われていません。強い部活でも弱い部活でも。だから「ボランティア」的要素が強い。→
 
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