思い通りにならない"記憶"との、自分らしい関わりをどう見つける?伊藤亜紗さん、東畑開人さんが語る心と身体、記憶の関係性 | soar(ソア)

17コメント 2020-12-25 12:08|soar(ソア)

ツイッターのコメント(17)

人の痛みや傷つきに触れるか、触れないか、どちらが正解か、不正解かはないけど、もっと意識的になった方が良いと感じた。
自分の場合、人に踏み込むのが怖いのか、人に触れようとしていない。それは気軽だけど、孤独感につながっているのかもしれない。
思い通りにならない"記憶"との、自分らしい関わりをどう見つける?伊藤亜紗さん、東畑開人さんが語る心と身体、記憶の関係性 | soar(ソア)
soarはスクロールバーが引くほどちっちゃいのがいいんですよ
“東畑さん:ただ痛いだけの経験は、飲み込めなくて消化できずにトラウマになってしまう。でも、痛みにきちんと触れ、痛かったんだと話をできるならば、傷つきは消化されることもある。“
東畑さん:“白馬の王子様”じゃないけど“ジャージの王子様”なんだな、っていう感じで(笑)、幻滅を受け止めていくわけですね。(本文より)→
思い通りにならない"記憶"との、自分らしい関わりをどう見つける?伊藤亜紗さん、東畑開人さんが語る心と身体、記憶の関係性 | soar(ソア)

Eテレ「達人達」での伊藤さんのお話、興味深かった。
身体と心、それらを結ぶ「記憶」との関わりとは?

「<記憶>と関わり」をテーマに、東東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の伊藤亜紗さん、臨床心理士で十文字学園女子大学の准教授を務める東畑開人さんに語っていただきました。
「居るのはつらいよ」の東畑開人さんのお名前をお見かけしたので読んでみた。もっと触れたい内容だ。
「気づいた」を「気づきがあった」みたいに書くやつ、今まではなんか雑だなーとだけ思ってたんだけど、あ、功があるんだ、と感じた。いいまとめ
イベントレポートを公開🎉

「ときどき、自分のなかに編集者がいて、その編集者が自分の思いを検閲している…と感じることがあります。

その編集者が自分の本当の思いやリアルな部分を“トルツメ”したりして、綺麗なかたちに編集してしまうことも起こり得るかもしれません」
“僕らは頻繁にすれ違います。だけど、同時に仲直りすることもできる。対話を続けることで、「自分が思っていたのと違うのかもしれない」と気付くこともできる。誤解を解くとは、きわめて人間的な営みだと思うんです。”(東畑さん)

関わりについて、希望を感じる言葉だなぁ。
"さわる”と”ふれる”
ヒトとヒトとの距離感

対談をよみ終えて、
讃美歌を聞いた時のような穏やかなあきらめの中にいる
記憶は、時に幸せを、時に苦しさを感じさせてくれる。そんな記憶とどう関わればいいのか。東畑さんと伊藤さんにお話ししていただきました。
「僕らは頻繁にすれ違います。だけど、同時に仲直りすることもできる。対話を続けることで、“自分が思っていたのと違うのかもしれない”と気付くこともできる。誤解を解くとは、きわめて人間的な営みだと思うんです」(東畑開人さん)
そしてそして!10月に開催したカンファレンスの対談が公開されました。記憶に触れることは日々様々な関わりのなかで起こるな。。
「触れる・触る」から関わりをとらえ直す。それは自身のふるまいの先にいる具体的な他者に思いを巡らすことになるんだと痛感した。
以上
 
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