この悲しみを伝えたら、あなたは戸惑うかもしれない。そう考えてしまう人へ。入江杏さんに聴く「悲しみとともにどう生きるか」 | soar(ソア)

51コメント 2020-10-21 10:28|soar(ソア)

ツイッターのコメント(51)

「私のもの」ではない喪失体験を語られてしまうことのつらさ

これものすごく分かります
すごく良かった。
最近「寄り添う」ということが傲慢であるって話を見たものだから。
揺れ動く不安定なもの、自分の価値観やイメージから外れるものを受容するのも一つの力かもしれない。
入江さんにはことしの夏に取材の機会をいただいたのですが、その日お聞きしたお話は自分にとっても本当に大事なものになっています(昨日はちょうど世田谷事件から20年の日でした)。喪失感を抱えていることがタブー視されない社会になってほしいと切に思っています
一部引用「「悲しみの水脈」に響くように話す」~
この悲しみを伝えたら、あなたは戸惑うかもしれない。そう考えてしまう人へ。入江杏さんに聴く「悲しみとともにどう生きるか」10/21soar
ずっと「人に話してはいけない」と思っていた自分自身のうつ、自傷、自殺未遂の経験を少しずつ言葉にできたら、と思いはじめている自分にとって良い記事だった。

誰の心にもある「悲しみの水脈」、という言葉がしん、と染みた。日曜の夜。
"一方的な傾きではなくて、ゆるやかにお互いが支えたり支えられたりする、“協働”のようなコミュニティのありかたも、いまは求められてるんじゃないかなって思うんです"

最近はあるから「何をする」に意識してしまうけれど、ただそこに「ある」事を受けとめ、ゆるしていきたい
めちゃめちゃいい記事だなと思って、何度も読み返してしまう。私も父親を亡くしてどう振る舞ったらいいか分からない時期があったな。//
やわらかい文章のかたまりだった。

"私は、自分が誰かにとって1本の太い糸にはならなくても、100本の細い糸の中の一筋になれればいいって思っています。そういうケアやつながりのあり方が日常になれば、少しは生きやすい社会になるんじゃないかと感じます。"
悲しみとのつきあい方について。
「悲しみの水脈に触れるように話す」というのがすごい腑に落ちました。誰かとほんとに深い話をしているな、という時はお互いにそういう「水脈」に触れている感覚があります。
被曝体験を聞いた時、伝える時にどうしても存在する自分の立ち位置の心許なさは、大き過ぎる話題の故。子どもの頃は気楽ダッタヨ
感想がまとまらないけど、読めてよかったなと思う。教えてもらえてありがとうと思う。
維摩の言葉、大乗仏教は矛盾したことばかり言うのだけれど、それは現実もそうなのだという記事↓
読んでる本に影響を受ける私〜
これは俺が読んだ中で「2020年ベスト10」には入ってくる良記事 とりあえず読もう。
「悲しみはそんなに特殊なことではなくて、光あるところには必ず影が伴うのです。影があるからこそ光を感じることができる、とも言えます。悲しみは日常に溢れている、どこにでも本当はあるんです。」
少し言葉を添えて、大切な人に記事を送った。忘れられない悲しみはそのままに、今 楽しさを共有することで、その人の記憶に彩りを重ねられたらいいなと思う。

入江杏さんに聴く「悲しみとともにどう生きるか」
めちゃくちゃためになる記事。グリーフケアが日常になり、支え合えたらどんなに生きやすくなるだろう。入江杏さんの本を買おうと思う。
ぜひお読みいただきたい。だれにでも悲しみの淵はある。

//
悲しみの水脈
温かい記事だった。
素敵な人だな。こんなふうになりたい。
”入江さんはしだいに、自分自身のものであるはずの喪失体験を自分以外の他者に語られることに対して、違和感を覚えるようになっていったという。
(中略)メディアはあくまで“世田谷事件の遺族の姉”として扱い、彼女の意志とは離れたところでさまざまな物語をつくっていた”
読み終えて、自分の胸のあたりに泌み渡るようでした。入江さんのご活動もさることながら、ライターの生湯葉シホさんの感性にも胸を打たれます。
"自分が誰かにとって1本の太い糸にはならなくても、100本の細い糸の中の一筋になれればいいって思っています。

そういうケアやつながりのあり方が日常になれば、少しは生きやすい社会になるんじゃないかと感じます。"
「グリーフケアは日常」「ただ話しかけることのできる存在がそこに「いる」ことに人は助けられるのかもしれない。」

この「いる」っていうのがじわじわ力になる。そしてそれぞれの喪の仕事はほんとに奥が深い…。
特別ではなく、日常にこそケアがありたい。
文章や写真から、入江さんの優しさがじんわり伝わってくる。
「同じような体験をしたかどうかではなく、それぞれの心の中にある”悲しみの水脈”を通してつながること。そのようなあり方を大切にしたとき、私はどのような「聞き手」であれるだろうか。」

それを私たちは『普遍性』と呼ぶのかもしれない。
久方ぶりにsoarの記事をゆっくり読んだ。面識ないのだけど、インタビュアーの木村さんを祝福したい。
"誰の心にも「悲しみの水脈」は存在するし、悲しみは決して特別なものではない"

「私が友達になる」と言える入江さん😭また読み返したい記事

悲しみを伝えたら、あなたは戸惑うかもしれない。そう考えてしまう人へ。入江杏さんに聴く「悲しみとともにどう生きるか」
「同じ悲しみを経験した人だけが悲しみを分かち合える、とは限らないと思っています」
「立派な遺族にならなくていい」
"私は、自分が誰かにとって1本の太い糸にはならなくても、100本の細い糸の中の一筋になれればいいって思っています。そういうケアやつながりのあり方が日常になれば、少しは生きやすい社会になるんじゃないかと感じます。"
朝読んで、いろんな気持ちがうずまいて、いま、もう一度ゆっくり読んだ。10年前に母を亡くしてから、少しずつほどけてきた心のことも考えた。
この記事、今朝診察付き添い中に読んで、本当にとても良かった。自分には。長い記事だけど最後まで。
"悲しみはそんなに特殊なことではなくて、光あるところには必ず影が伴うのです。影があるからこそ光を感じることができる、とも言えます。悲しみは日常に溢れている、どこにでも本当はあるんです。"

揺れ動きや間(あわい)の話もすごくよかった。
僕はまだ肉親で誰かを喪失したことがないけれど、いざという時のために見返したい記事。読み応えはたっぷりあるはずなんだけど、苦しくなく読めてしまう良記事。
すごくいいなぁ。わたしの誕生の前に叔父が孤独死しているらしいことがわかっていて、グリーフと自分自身の記念日を祝いたい気持ちが同居したとき
「グリーフケアって“日常”なんですよ。治療法や処方箋みたいに思われてしまうかもしれないけど、決してそうではない。悲しみはそんなに特殊なことではなくて、光あるところには必ず影が伴うのです。影があるからこそ光を感じることができる、とも言えます」
「当事者だけじゃなく、いろんな人がいても悲しみって共有できるはずだと思うんです。

私は“悲しみの水脈”という呼び方をしているんですけど、誰の心の中にも悲しみってありますよね。目の前にいるその人の水脈に響くように、毎回話をしているつもりです。」
途中にも出てくる
「話してくれてありがとう」に
尽きるなぁと思う

打ち明ける相手は間違えないで…
編集部の木村さんが自身の体験を紐解きながら企画した記事。専門知識がないと悲しみに寄り添えないと思っていた。でもそんなことないのだと心にすとんとおちた。

"グリーフケアって日常なんですよ。治療法や処方箋みたいに思われてしまうかもしれないけど決してそうではない"
”同じ悲しみを経験した人だけが悲しみを分かち合える、とは限らないと思っています”

-
HIVを持ったことがつらかった時期に僕はsoarの記事を貪るように読み耽りました。HIV陽性者なんて一人も登場しないsoarをどうして心が渇望するのか不思議でした。

この記事の入江杏さんの一言で気付きました。あの日の僕にとってsoarが「悲しみの水脈」であったことを。
「犯罪被害者」というフレームつけたり外したり。悲しみを語るときもあれば、日常を楽しむ時間もある、日々役割を行き来しながら活動し生活する入江さん。

どんな"当事者"にも当事者性にとらわれない日常があって良いし、それが自然。淡い関わりの"準当事者"の話もよかった
「悲しみが心の中に錨を下ろしてしまう」
グッとくる表現でした。
メディアに携わる者として、ここに書かれていることは、これから何度も何度も何度も思い出すと思う。忘れてはならないと思う。絶対に忘れないでいたいと思う。いま読めてよかった。
身近な自死。辛かったけど、ゆっくり消化していけたらと思う。逝ってしまった人への感情をそっとぎゅっと抱きしめて抱えていけるように。→→→
まだ午前中なのに読んで朝からいっぱい泣いてしまった
----
入江杏さんには、6年前あるイベントで初めてお会いし、なんて包み込むような暖かさを持った人なんだ、と思った。その後ある事件のご遺族で、自身の体験をきっかけに悲しみのケアの場をつくられてると知った。この記事も入江さんの丁寧でやさしい言葉たちに包まれる感覚がある
とてもよい記事。お年寄りの中にグリーフケアが上手な人がいるのは、遭遇した回数が多くてその度に考えてこられたからかと思った。親族内殺人を経験した人はこういう場に出会うことはあるのかなと思う。
「他者に打ち明けづらい出来事から感じる悲しみとどう付き合っていくことができるのだろうか、寄り添うことができるのだろうか」

昨年9月に祖父を亡くしました。そのあとも生活を送っている祖母や母のことを考えながら企画立案した記事を公開しました。大切な記事です。
以上
 
PR
PR