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沖縄と沖縄人の誇りのために闘った政治家・翁長雄志氏 その生きざまを写真で振り返る - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

40コメント 登録日時:2018-08-09 12:08 | 琉球新報キャッシュ

膵臓がんの手術を受け、治療を続けていた沖縄県の翁長雄志知事が8日午後、入院先の病院で死去した。辺野古新基地建設の阻止を最大の公約に掲げ、歴代の知事の中でも高い県民支持率を背景に、米軍普天間飛行場の......

ツイッターのコメント(40)

今日は翁長雄志前知事を偲ぶ会がありました。
翁長雄志さんってどんな人?改めて。
※一年前に書いた記事です。
オール沖縄の原点、命の尊さを学び、平和を希求する「沖縄のこころ」
@okada014 〈 沖縄と沖縄人の誇りの為に闘った政治家・翁長氏… 〉
▲そうか?
▲知事の座巡る権謀術数の果て、普天間基地辺野古移設による危険性除去という国、県関係者の苦渋の決断を翻し禁じ手の共産党、中国カードに手伸ばした策士が策に溺れた挙句、展望無く非業の死を遂げたのでは?
同じく選挙で選ばれた『県知事』の移設容認は認めない。理不尽過ぎる。得票率なかいま氏当選時52%で翁長氏当選時51.7%。県民総意を言う根拠は?
辺野古新基地建設の阻止を最大の公約に掲げた翁長氏は、知事当選の3日後、名護市辺野古のゲート前を訪れた。「官房長官は粛々と(埋め立てに向けた作業を)進めると言っているが、沖縄から本当の民主主義国家とは何かを発信していく」と意気込んだ。

沖縄と沖縄人の誇り
翁長氏の政治家としての歩みは那覇市議選に初当選した1985年
自民党幹事長として「98年の知事選では、大田昌秀県政の与党だった公明党を稲嶺恵一氏への選挙協力に導いて自公態勢を構築した」
そこからの翁長知事の激動の人生に思いを馳せる。
翁長沖縄県知事のご冥福を心からお祈りするとともに、不屈の精神に敬意を表します。
寿命を削られたのは、間違いない
「自民党本流」だった翁長氏の転機となったのは07年。文部科学省の高校歴史教科書検定で沖縄戦における「集団自決」(強制集団死)の日本軍強制の記述が削除・修正されたことに対し、記述復活と検定意見の撤回を求めた
自民党としての保守から沖縄としての保守に変わっていった最初のきっかけは、教科書への集団自決の記述問題だったのか。中央は安易に「国の誤り」を歴史修正しようとするけれど、地域としては許せるはずもない案件。 / “沖縄と沖縄人の利益の…”
沖縄にとどまらず、あらゆる人の尊厳のために、最前線に仁王立ちしてくれていたと思ってる。→
翁長さんの顔が全然違うなー。
志位さんぽいw
翁長雄志氏、素晴らしい政治家。
この方も政治家の三世なのか。

日本のトップとその周辺の自民党のアホぼん三世とは全然違うよね。
結果として、最後の記者会見になったあの日、は力強く、しかし大変穏やかでした。感謝致します。

沖縄と沖縄人の誇りのために闘った政治家・ 氏
政治家・翁長雄志の評伝本は、誰か、書いて欲しいな。きっと、すごい内容になるだろう。 / - 琉球新報”
- 沖縄の新聞、地域のニュース”
稲嶺さんの時の辺野古容認は普天間の危険除去優先の返還期限付き移設だったから、名護も県民も容認したんだよね?確か?
哀悼 翁長雄志氏
「県議で自民党県連幹事長だった99年当時、辺野古移設に関しては今とは正反対の移設推進派だった。」
「うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー(沖縄人をないがしろにしてはいけませんよ)」
8月9日沖縄地元紙特集「 その生きざまを写真で振り返る」・翁長知事は私より1期上の県議で、彼が自民県連幹事長時代に紙面討論をした。2000年に那覇市長になり、故瀬長亀次郎氏の市民葬で読んだ弔辞は感動的だった。
その生きざまを写真で振り返る(琉球新報)2018年8月9日

7月27日には前知事による辺野古埋め立て承認の撤回を表明。これが県民の前に姿を見せた最後となった。
どんどん翁長氏を神格化、神聖化する記事が出てきましたね。翁長氏の「生きざま」ですか。普通、どんなに偏った左派マスコミでも、ここまでしますか?
 その生きざまを写真で振り返る-琉球新報-沖縄の新聞
自民党本流だった翁長氏の転機となったのは07年...高校歴史教科書検定で沖縄戦における「集団自決」の日本軍強制の記述が削除・修正されたことに対し、記述復活と検定意見の撤回を求めた
- 琉球新報”
翁長知事が幼い頃から政治家をめざし、保守本流を走りながら、辺野古に基地をつくらせないという考えになった片鱗が少しわかります。

だからこそ、揺るがない信念を持っていたのだ、とも。
建白書を携えて上京した翁長さんや他の首長たちに、在特会が「売国奴」とコールした事件を伝えないのは在京メディアの怠慢でした
「グスーヨー、チューウガナビラー」(皆さんご機嫌いかがですか)の声がもう聞けないのは残念。沖縄のために戦ってくれた翁長知事。誇りです。
「土地を奪っておいて沖縄が負担しろ、嫌なら沖縄が代替案を出せということが許されるのか、日本の政治の堕落だ」「うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー(沖縄人をないがしろにしてはいけませんよ)」と力強く述べた。
琉球新報による翁長知事の追悼記事。保守の「自民党本流」だった翁長氏が、なぜ自民党や仲井真前知事と袂を分かったのか。その政治姿勢の遷り変わりから、沖縄の苦悩が浮かびあがる。
翁長さんの事よりボクシングの893に無知なマスコミと国民に絶望しそう。

昨日の運転手さんも「トップニュースだろうから…」と言っていたが台風情報(これは仕方ないが)とあの893の事ばかり。
ため息。
自民党沖縄県連幹事長だった保守本流の政治家が、どのような経緯で沖縄人のアイデンティティを前面に押し出す県知事になったかの流れがよく分かる記事だ
沖縄で暮らす人の平和と安心を守るための闘いをしていた。コクミンなぞ目にも入れないどこかの唯我独尊主義を押し通す政治屋どもとは違ってた。
翁長雄志氏の政治家人生は壮絶なものであった。
なぜなら《沖縄と沖縄人の利益のために闘った》からである。
政府の私物化をする政治屋と対極!
以上

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