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山崎まどかの『一度きりの大泉の話』評:萩尾望都が竹宮惠子に向けていた眼差しとその痛み|Real Sound|リアルサウンド ブック

25コメント 2021-05-08 13:09  Real Sound

1970年から1972年まで竹宮惠子と萩尾望都が同居し、そこに同世代の少女マンガ家「花の24年組」を中心とするメンバーが出入りして「大泉サロン」と呼ばれた借家。それは少年マンガにおける「トキワ荘」と並...

ツイッターのコメント(25)

両方ポチってしまった…………最近電書を軽率にポチり過ぎてだめ
誰も悪くはない起こるべくして起こった、という相変わらず総括し過ぎの私感はともかく。
演劇の話題が!
トーマの心臓を’96年から上演してる劇団スタジオライフは男優ばかりで2.5の走りではないか??
アラケン元団員だし!
ここは悲願山岸凉子の日出処の天子上演をぜひ!
> 萩尾望都の語り下ろし

導入部のこの言葉で読むのをやめやめ。

巻末で さんによって(手の込んだ)制作過程は明らかにされている。

本著作は、正しく「書き下ろし」である。
「竹宮惠子が彼女を気にするほどには、彼女は相手を気にしていなかったという天才らしい残酷さが垣間見える。彼女には他人の嫉妬というものが本質的に理解できないのだろう。」
むう……最後の一文の切れ味に痺れた。
こちらも読み応えある!「十年目の毬絵」読んでみたいな
印象としては「向けていた眼差し」と表すなら「竹宮惠子が萩尾望都に向けていた眼差し」が適切に思う
萩尾先生は竹宮先生に向ける目を閉ざしたと思うので

中に「本人たちやファンが気にするほど」という記述があるが、萩尾先生も大部分のファンも別物と捉えていたように思う
一度きり〜は傷つけられた者からの訣別の手紙なだけでつらいのにこの邪気のなさが相手をキリキリさせたことが透けて見えるのがさらに。少年の名は〜も読まないと
嫉妬する側に立って萩尾さんの事を『天才らしい残酷さが垣間見える・嫉妬を理解しない残酷さ』なぞ残酷残酷繰り返してるが
(* ’ - ’ *)🌿
萩尾さんは意志的に誰かの尊厳を傷つける様な言動は皆無だし、残酷な仕打ちをされたのは萩尾さんだすよ

一度きりの大泉の話※萩尾望都
抜粋) 竹宮惠子と萩尾望都の間にあったことは、まだ人間としても未熟で創作者として自分を作る過程にある若いアーティスト同士には普通に起こりうる悲劇だったとも言える。当時の作品が既に成熟しているので忘れがちだが、何せ、二人とも二十歳そこそこだったのだから。
この本と「少年の名はジルベール」は気になっている本。
書評も興味深い

山崎まどかの『一度きりの大泉の話』評:萩尾望都が竹宮惠子に向けていた眼差しとその痛み|Real
萩尾先生は色々読んでるけど、竹宮先生のは実は読んだことがない。
この本買って読んだ。
竹宮先生とはまた違う痛みなんだな…>山崎まどかの『一度きりの大泉の話』評:萩尾望都が竹宮惠子に向けていた眼差しとその痛み|Real
萩尾望都さんは わたしの大好きな漫画家さんです 竹宮惠子さんもです(ノ*°▽°)ノ♥
興味深い記事ではあるが、いかんせん文章が下手過ぎて全貌が見えて来ない(--〆)

山崎まどかの『一度きりの大泉の話』評:萩尾望都が竹宮惠子に向けていた眼差しとその痛み.
うーむ…読むべきか読まざるべきか、悩ましい
山崎まどかの『一度きりの大泉の話』評:萩尾望都が竹宮惠子に向けていた眼差しとその痛み|Real
萩尾望都を「頑な、かつ竹宮惠子に対して興味が薄かった人間」として萩尾の拒否を人としての欠陥扱いし、ひいては竹宮惠子の加害性を無化する試み。
≪「美人」「頭の良い方」「人間的にも立派」と持ち上げながら軽蔑をにじませ、竹宮惠子を他人として冷ややかに突き放す言葉には彼女の傷の深さも感じるが、同時に、竹宮惠子が彼女を気にするほどには、彼女は相手を気にしていなかったという天才らしい残酷さが垣間見える≫
「美人」「頭の良い方」「人間的にも立派」と持ち上げながら軽蔑をにじませ、竹宮惠子を他人として冷ややかに突き放す言葉には彼女の傷の深さも感じるが、同時に、竹宮惠子が彼女を気にするほどには、彼女は相手を気にしていなかったという天才らしい残酷さ

うん、それ。
…読んだ。
“他人として冷ややかに突き放す言葉には彼女の傷の深さも感じるが、同時に、竹宮惠子が彼女を気にするほどには、彼女は相手を気にしていなかったという天才らしい残酷さが垣間見える。山岸涼子の言う通り、彼女には他人の嫉妬というものが本質的に理解できないのだろう。“
「十年目の毬絵」にさりげなく言及する山崎まどかさんの卓見。覗き見趣味を満足させた罪悪感がどうしても残る『一度きりの大泉の話』の読後、「十年目の毬絵」を読み直せたことは、本当に救いだった。
以上
 

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