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「妻は自宅、私は老人ホーム」65歳で施設に移り住んだ元数学教諭の終活設計 妻に「来てほしい」とは言えないワケ | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

人生の最期をどう迎えればいいのか。「元気なうちに移りたい」として、65歳で自宅から有料老人ホームに移った男性がいる。男性は妻と2人暮らしだったが、妻を自宅に残し、単身で施設に移った。なぜそこまで急ぐの...

ツイッターのコメント(27)

晩冬の穏やかな昼下がりにつくづく思う…
「一人は寂しいけど、二人だとうっとうしい」
「かつて日本には「姥うば捨て」という風習があった。60歳になると「六十落とし」「終命じゅんみょう」となり、山に捨てられる。奇くしくも「姥捨て」は定年と同じ歳で、その歳を迎えると人は山に引き寄せられるかのようなのである」
「自分の身は自分で処する」
潔い?。
現在ではこれが最良の選択であることは非常に理解できる。
なぜか。本来は定年後は公的な支援で余生を暮らす事が理想なのだが、日本は「自助」と政府が国民を見捨てたのだ。
住まいも医療も介護も本来であれば「公助」が理想。しかし、日本は棄民政策を進めている。
へえ。徹底してるが、3000万円なあ。。。
なるほどなあ!興味深い。
妻を連れて、サービス付き高齢者住宅がベストと思う!妻の突然の提案でそうした。
要介護になってもいられるホームならいいですけ。。。。。
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☑️「動けなくなってからでは遅いんです」
☑️ひとりだと寂しいけど、ふたりは鬱陶しい
教員は引退後、金持ちになってうらやましい。一般庶民に老人ホームなんて無理。/
面白い形だな。
なんか、哀しいと思いました。教育者として終わりまで間違いなくやっていきたい方なのだろうなぁ~。他人に迷惑はかけにくい、素晴らしい生き方だとは思うけれど、そこに家族愛や夫婦愛は感じにくい内容でした。私も合理的を好むのですが、理解しがたいなぁー、これは…
それぞれの定年後。それぞれの終活。
✕動けなくなってからでは遅い
○生まれた時点で手遅れ
65歳定年=資産のピーク=老人ホーム入居の最後のチャンス
…うーん、確かにそうかも
こういうの、いいなぁ。
65歳が最初で最後のタイミング、かぁ。
プレジデント・オンラインで読まれた記事ランキング第1位!
私の実父と考え方が非常に似ている…。ただ、うちの母は父と暮らさないと何も出来ないからこの生活は無理だな…。
いい記事でした◎
「我々庶民の資産のピークは定年になった時です。その後は年金しか収入がないので、長生きすればするほど資産は目減りしていく。」うむむ、確かに。入居代高いんだよね。
「体が動くうちは、動けなくなった時のことなど考えないんです。でも、ある日突然、病気などで動けなくなる。そうなってからでは遅いんです」
できればそうしたい。
以上
 

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