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インスタントに消費されていく世界の中で|最所あさみ|note

18コメント 登録日時:2018-12-07 07:21 | noteキャッシュ

私が『知性ある消費』に興味を持ち始めたのは、いつの頃からだったのだろう。 百貨店に入ったときだろうか。それともロードサイドな文化に飽き飽きしていた高校時代だろうか。 いや、遡ればもっともっと前から、『消費』について考えていたような気がする。 まるでそれが、自分の使命かのように。 私が『消費』という言葉にこだわる理由 『消費する』という単語は、ネガティブな意味合いで使われることも多い。 ニュアンスとしては『...

Twitterのコメント(18)

"作る時も買う時も使う時も、意味を追い求めすぎると他人に依存することになる。"/
黛敏郎が、「上を向いて歩こう」を作曲した中村八大を「あの人は作曲家よりもピアニストだぞ。大変なピアニストなんだぞ。」と評したのを、思い出した。

最所氏は編集者というよりも大変な随筆家だと、この文章をみてますます思った。言葉の選びと運びが冴え渡ったエッセイ。
「自分の意思をもって作り、選び、使い、慈しむこと。」

>こころから共感!!
いかに安く、大量に、ではなく、
共感できる生産者さんや仲間と、それを自信を持ってやれるチームでありたい!
以下、抜粋
「自己肯定感」って「自分を好きになること」だと思うから大変なのであって、実際は「自分はここにいていいんだと思える場所を持つこと」な気がしていて、それは別に人じゃなくて海とか山とか河とかでもいいんじゃないかなって
(ノート) こんだけ言語化できるの素直にすごいとしか思わない、好きだなあ
最所あさみさんのミッションは「知性ある消費をつくる」。

いま取材している人たちも「夢中のきっかけをつくりつづける」「デザインで瀬戸内を面白く」という、魅力的なミッションを掲げている。

自分も取材者としてのぶれない芯を、言語化してみる必要がありそうだ。
ゴミ箱に放るような消費より、薪の一本で燃えていく消費が美しい。
"インスタントに何かを消費するということは、価値基準を他者に預けているということだと思うから"
"自分の感受性くらい、自分で守れ。ばかものよ"
「日本を生きること」
「自分の感受性ぐらい自分で守れ」
ぐっときました。
知性と意思、非常に共感できる記事でした。

"そうやって無意識に『自分ではない誰か』の意思によって行動が規定されてしまう人が多いことに、私は違和感や危機感を抱いている。"
逆に言うとその空虚性が日本の本質なのかも > "私たちが価値基準を西洋という他者に預け、『日本』を生きてこなかったから" /
これ最所さんの文章の中で一番好きかもな。

「意思をもたず、他人に評価軸を預け」この感覚はとてつもなくよく分かる。
それをインスタント消費という観点から考察しているのはさすがだと思った。
自分の評価軸で生きる。簡単そうでなかなか難しい。全く他人の評価がなくてもやりたい事なんて本当にあるんだろうか。
(ノート) 自分が生きている意味を子供の頃からずっと考えてたくせに深く考えず洋服チェーンに入って長くやってきた。衣料品業界からこういう表現をしてくれる人が現れてほんとに嬉しい。膝をうちまくり。私頑張る。
最所さんの文章好きすぎるな。
つい見入ってしまうし、節々に散りばめられる偉人の言葉が
とても刺さる。
『自分の感受性くらい、自分で守れ。ばかものよ』
「さぁ、君はどう生きる?」と投げかけられた気がした。

それぞれの意思に間違いなんてないし、どれも正解で、
なのに、どうしてこんなに他人の意思に恐るようになったんだろう。
「意味」でなく、「意思」を。
>作る時も買う時も使う時も、意味を追い求めすぎると他人に依存することになる
サービスや商品を作る人間として、自分は何が出来るのでしょうか?
そして、現代や今後におけるPRやマーケの役割とは?
以上

記事本文: インスタントに消費されていく世界の中で|最所あさみ|note

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