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「鬼滅の刃」と、置き去りにされた子どもたち|Marisa Okada|note

33コメント 2021-01-22 23:24  note

※きわめて個人的感想です。ネタバレ(最終回について触れています)に溢れていますのでご注意ください。作品について詳述していませんので、「鬼滅の刃」を未読の方には非推奨です。また、参考文献から、残酷な描写...

ツイッターのコメント(33)

鬼滅の遊郭編、子どもに見せるのはいかがなものかという意見について。

noteでも書きましたが、鬼滅では妓夫太郎と堕姫を描くことで遊郭の悲惨な境遇を描いている。

子どもといえど一定年齢に達していたら、こうした歴史に触れる入り口としては良いのではないかと思う。
示唆に富む考察

長い歴史の中、過酷な運命に翻弄され深い傷を負いながらその痛みを誰にも理解されずに無念のうちに消えていった命が無数にある。鬼はその社会の闇と深い絶望の象徴で、「鬼滅の刃」は最後まで人間らしくあろうとする炭治郎による魂の救済の物語な気がした。
なるほどと思った記事。

本編中はいろんな兄弟姉妹が描かれたけれど、どれも兄や姉の負担が大きくて、大変そう。

現代の竃門兄弟や我妻姉弟のあり方がリアルであり、こういう兄弟姉妹の絆を築ける現代の子どもたちは幸せなんだよ、ということかもしれないね。
民俗学者の宮本常一が書いた日本の貧困層の残酷な運命とその姿をルポした著書”日本残酷物語”を基にした、鬼滅の刃語り。非常に読み応えがある。同著を読んだあとで鬼滅を読むと、最終回は特に感慨深いものになるだろう。
この記事は面白い!

鬼滅の刃の人を食らう鬼やキャラ一人ひとりの凄惨な出来事は、明治、大正の日本において実は現実に存在したと言ってもいい、そんな興味深い考察です。
非常に読みごたえがあったー
おお、すごい考察。
吾峠さんが明治・大正時代の凄惨な貧困の状況を調べた上で大正時代を選んでいたとしたら慧眼ですね
面白い!
〉「鬼滅」は完全なるフィクションではあるが、『日本残酷物語』と重ね合わせて読むとき、過去にはこの願いを抱きながら叶わなかった多くの“小さき者“がいたことに、思いを致さずにいられない。
宮本常一「日本残酷物語」を通して、近代日本の子供たちが置かれた環境の過酷さを読み解いた素晴らしい記事(鬼滅ラストのネタバレあり)。鬼滅読んでないけど読んでしまった…。/
こうして見るとみつりちゃんかなり平和やな(๑・̑◡・̑๑)
これは読んでよかった文章。
こう捉えるとあのラストの必然性があるのか
Eテレ報道記者によるnote
さすが文章うまい。
凄まじい考察だった。あと2回くらい通して読んでからもう一回鬼滅読みたい。
鬼滅の最終回の現代の話は、必ず描かれなければならなかったものである。という点に激しく同意。
誰と誰がくっついてという暗示があざとくはあるものの、(現代人の感覚で)普通であることの尊さの表現として、良い終わり方だったなーと思う
めちゃくちゃ良い記事では
吾峠先生もこの辺りの資料とか読み込んで鬼滅の刃描いたんだろうなあと。そういや人間時代にカニバリズムやった鬼は出てないなあ。やっぱり純粋な人間同士はジャンプじゃタブーか(マキマさんは悪魔だし)
たまたまのタイミングとエリアという処遇を粗末にしちゃならないし、他の処遇を否定してもならない
鬼滅の刃はこう読めるのか。
ぼくはそんな世界をあまり知らなかったし、知ったからこそあの物語が何を描いていたのか再発見できる。
読めてよかった…!
残酷〜の方は作者も読んでいるだろうな
私もあの最終話は作者から自分の生み出した子ども達へ対するねぎらいだと思っていました
常々、こういう考察が書けるようになりたい。
ネタバレ注意ではあるが、鬼滅の刃の裏側にある明治大正の話が実はリアリティに富んでいる、というのは面白い。作者はおそらく参考にしたのだろう。
僕たちは、竈門炭治郎のように、自分を犠牲にしなくてもいい時代を生きている。ありがたきこと🙏
この世界の残酷さと鬼滅のメッセージ性について
納得しかなかった(´;ω;`)
お、久々に真っ当な鬼滅エントリーを読んだ気がする。
正直「鬼滅」には大して興味はないですが、民俗学的視点で語られる内容には大変興味を持ちました。
「現代編は必要だった」………もの凄く納得した。学校の授業では、近代史ってけっこうスルー気味だよね。明治大正時代は日本が近代化した、という印象しか残ってない。
良かった。紹介されている本を読みたいような、読みたくないような…。
鬼滅の刃の内容にバリバリ触れられてるので最終回まで読んだ人向け
全部読んだ。
以上
 

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