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五味太郎「学校教育の感想文は気持ち悪い。間違っている」 | netgeek

65コメント 2017-03-02 21:30 | netgeekキャッシュ

絵本作家の五味太郎氏が学校教育の感想文は間違っていると批判した。大人が求める都合のいい正解を子供に強要してしま…...

ツイッターのコメント(65)

五味太郎先生といえば、廣榮堂「元祖きびだんご」のパッケージを手がけてくださった御方です。
まったく同感。

しかも、頭のいい子の中で、先生のお気に入りの子のが優秀作に選ばれることに決まってた。

そして大人が自分の感覚を正として子供達に押し付けるのは老害。
「作者の気持ちを答えよ」的な問題も的外れ。問いかけるべきは「作者の狙い」ですよ。
出題者が自分の幼児性を子供に押し付けるから国語は詰まらないのでは?
我が子には、それとこれを両方教えたいと思ってる。→
確かにそうだ。子供は求めれるものを敏感に感じ取りそれを行うと、親が喜ぶのを解って行動を起こしている。その事自体はいい事であるが、感想文の模範解答にそれを求めるのは筋違いだ。
今は道徳に点数をつけようなんてしているから、余計に一部の大人の都合のいい子供しか育たなくなってしまうのではと、危機感すら感じる。
あ、リンクがうまくいってなかった
ほんと気持ち悪い。学校や部活で日本教を叩き込み、異物を消し去ろうとする仕組み。
個人の感想文まで点数化。個人的な感想にすら、完璧な100点満点が存在するいう思想に基づいているわけです。怖いねとしか言えない。
べつにwwww

あくまでも僕の経験上、国語の授業って大体意味不明だったな。教員も何教えていいのかよくわかってなかったんじゃないかと思う。
五味太郎さん

正しくですね
不登校の時、理由をカウンセラーに聞かれたので話したら親に伝わっていた。親は担任の先生に話し、先生はクラス全員の前で私がなぜ学校に来なくなったか具体的に説明し、みんなで解決しようと演説をうった。その時感じた気持ち悪さに似てる。
夏休みの宿題で一番嫌いで、且つ無意味だと思っていたのが読書感想文。採点者側が期待するような解答をする作業だと薄々気がついていて。
「別に。」に「高い点数つけるしかない」って言える先生って少ないんじゃんかな
感想文は国語教育の皮を被った道徳教育。有害である→ netgeek_0915さんから
気持ち悪いのだけど、こういうのが協調性とかを育んでいるんだろうなと思う。行き過ぎがダメというはなし /
中道ちゃんのが真理。 /
ちゃうで。50文字っていう指定があるんだから、文字数は45近くまで書く必要はあるで。
内容が「別に」であることはOKだけど、文字数が少なくて日本語してなかったらバツやで。
内容がないことをいかにし...
私も、話したこともない奴が書いた文章の意図なんてわかるわけないだろって思ってた。
から、いつも国語は赤点だった。
親に「感想文は『問題作成者が望んでいる答えを想像し作る文』であって自分の感想を自由に書くものではない」って小学生の時教わって、そういうものだと思ってた。
これの下の方の「読書より友達」って、子どもだけでなく若者やいい年した中年にもこういう同調圧力あるよね。まるでぼっちが悪いみたいで、息苦しい。
子どもたちは悲しいかな、学校の先生にウケる、もしくは自分の身を守るために他と同質化するなどの対応をする。
大人用の答えを。子どもに求める。
大人用の答えで、社会は溢れている。
五味太郎ってミスターに似てると思った
@nekondara 同じ話をどこかで読んだなあと思ったら、FBで流れてきた記事でした。
学校で書かされる「感想文」は気持ち悪く間違ってるという五味太郎氏の主張。すごくよく解る…こんな感想文をぺらぺら書ける事が、世を渡ってゆく上で必要だと学んだ子が優秀だという事になるんだろう。型通りの感動的な文を綴れる子が( ´ω` )
その通り。
.
「間違っている」って、スゴく断定的だな。
で、気持ち悪い >> 採点の対象にならない >> やめちゃえ、になっていくのかな。ただでさえ読む量も書く量も極少な国語教育から、読書感想文が消え、またひとつ書くチャンスが減っていくのか?
市販のテスト問題を使って書かせた感想文にとある生徒が書いた感想。
「べつに。」
ふむ、これも感想に違いない。
日本じゃ無理なんだろうなぁ〜
私も中学生の頃走れメロスの感想文書いた。「毎回神様にお祈りして馬鹿じゃない。結局自分でどうにかしないとダメじゃない?物語を読んで退屈でした。」を書いた。その後国語の先生に呼び出されこんな事を書いたのはあなたが初めてです!と言われたな。
作者の意図やメッセージを読み取ろうとする行為が苦手。読み取れないからではなく、そんなの本人に聞かなきゃ分からんし、それより自分がどう思ったかが大事なのでは?
国語の問題の「作者はこのとき何を思っていたでしょうか」なんか、眠い、腹減った、締め切りやべえと原稿料でだいたいあってると声を大にして言いたい
…五味さん、気が合うわー。私が小学生の頃、こういう大人が周囲にいたら面白かったろうなー。
日本の大人はサボるための答えを学んで育った有害な存在なの自覚したほうがいい。//
なぜわたしが手越さんが好きかって「いつも彼の言葉で話すから」でだから自分の言葉で話せば「語録」って当たり前で学校教育には本当に限界感じる。面白くないの。
モンゴメリー本日の営業終了しました。
ありがとうございました。m(__)m
なるほどなー。
別に。(笑)

感想文とか誉められたことない。
文部科学省編纂の「私たちの道徳」…どうよ。
私も学校で感想文書かされるのがとても嫌だった。作者の意図なんて、本当のところはわからないし、正解なんてないと思うし。
採点する教師も大変だねー
結局のところ、いかに柔軟になれるかなんだよな。
なるほどたしかに。これは意識してなかったなぁ。ゴミ太郎さんといえば小学校の図書館にたくさんおいてあるあんな本、こんな本の作者。ことわざの本とか昔読んでた
大人が求める都合のいい正解を子供に強要してしまうという主張だ。 ← そのとおりだと思う。
読書と友人を計りには
かけられないと思うので
テストの設問自体変だと思う。
100%同意。感想なんぞ個人的なもの。評価するな。それよりちゃんと読解・作文技術を学ばせるべき。|
型にハマった答えを求めているのは教員だけとは限らない。ツイッターでも他人を自分の型にハメようとする人は多いよね。
@sakura8602525 今ちょうどこんな記事を読んだところです。
昨日話題になってた五味さんのこれか(^^)
苦手でしたね
とくに読書感想文
小学校の時に読書感想文で漫画の感想文を書いたら
理由もなく怒られた
読書だからいいのでは
私は点数を取るための作文を指導しています。子どもたちは大概作文が嫌いです。解答欄に求められるのは決して個人の感想ではなく「大人の期待した答え」なのだから、当然ですね…
【 】
だから学校の国語ってチョロいんだよね。表面的な言葉に騙されやすいしょうもない教師が多いからね。同じ理屈で入試の面接もチョロかった。教師が欲しがる「特定のキーワード」を絶妙なリズムでぽんぽんと置いて行けば大抵の教師は簡単に騙せる。
綺麗すぎるくらいにテンプレ通りの「個性を潰して奴隷を量産する、悪しき日本的教育」型の陰謀論なんだけど、ホントに五味太郎が書いてんの? それとも、五味ほどの人でもろくに調べずに物を書けばこの程度の「感想文」しか作れないってことなの?
少しずれるけど…国語のテストで、著者は何を訴えたかったのか…みたいな問題が大嫌いだった。読み手がどう捉えようと問題ないってスタンスw
 >
感想文もだけど、国語教育は道徳教育じゃない。読むためのプロトコルを教えもせず自分以外の人間の「気持ち」を想像させるなんてナンセンス。全員共通に理解できることは何か、それはなぜかを教えるのが国語。それは「理解」。解釈は個人の自由^^;
閉鎖された空間で手前の価値観を強いる「先生」とやら。参観日には別人になる「先生」とやら。 今でもムシズガハシル。 :
五味太郎氏は「大人用の答えを模索している。気持ち悪い」と思った。
小学校6年夏休みの読書感想文「農協月へ行く 筒井康隆」
中学校1年夏休み「ウィンチェスターM70 大藪春彦」
中学校2年「砂の女 安部公房」
ワロタw
以上
 

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