人はなぜ危険を冒して動物と写真を撮るのか? | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

動物園や自然の中で動物と写真を撮ろうとして近づきすぎ、命の危険を冒す人が後を絶たない。その心理と背景を分析する。...

Twitterのコメント(27)

「動物がリアルなものでなくなっている」
これは痛感してる。
猫と兎を一緒にさせてしまい酷い流血事件起こしたアホ飼い主みたことある_:(´ཀ`」
"「動物園という環境は、動物は私たち人間のためにいるという見方を強めることがあります」"
世界の人ごとの話ではありません。北海道含め日本全国で今この大きな問題が日常的に起きていると感じています。
ぜひこの記事を読んで、自分はどうだろうか?と一度考えて頂ければ嬉しいです。動物と人が共に生きるために。
その衝動が命取り。自分の命をとり(奪い)、野生動物の命をとる(奪う)。命への敬意がない人間が撮るものに本質的な美しさなど僕はないと思う。命撮り、ちゃんと、その命に向き合っているのかい?...と近年の知床の現状にも思うことです。
確かに野生動物への敬意や恐怖が無い人が多い気がする。鳩なども勿論対象。また動物園でのマナーは甥っ子達にしっかり伝えたい。
ゴリラの件は心が痛み落ち込んだ😢
ナショジオ日本版
一見、一部のおバカな人の奇行だと思われるかもしれないが社会現象である。
人より目立ちたいという願望は社会に根ざしたものであり、経済活動と深く結びついていると思う。
野生の凄さといった認識が希薄なんだなぁ。お友達じゃないのですよ。
死因が自撮りは嫌ね。動物に存在がファンタジーになっているのは分かる。猫とか犬でさえもそう。ざんねんないきもの事典もそのように思ってしまわないかと危惧している。
>メディアは危険な動物との遭遇をしばしば普通のことのように見せている
珍しい動物、飼いづらい動物、他色々もだな…
“結果は往々にして悲惨だ。2018年の研究によれば、2011年から2017年までに確認された「自撮り死」は世界中で259件に上る。死亡事故の多くで危険な行動が取られ、亡くなった人の大半が20代前半の男性だった。” / “ | ナショナル…”
「それでも近づきたい」心理を専門家に聞いた “動物がだんだんリアルなものではなくなって…人々が異国の珍しい動物と出合うのは、動物園のような管理された環境が最も多い…動物がある程度、小道具のようになっている…”
なるほど。
自分の写真が嫌いなわたしにこういう危険はなかった(でも、近寄りすぎる危険はあるな)
「動物園という環境は、動物は私たち人間のためにいるという見方を強めることがあります」:
いつも思うけど自分の写真を撮ってなにが楽しいんだ?
動物の方が賢くて偉い。動物園では彼らを尊重して、観察することで動物の社会を学ぶ
「自撮り死」がパワーワードすぎる
| ナショナルジオグラフィック日本版
にゃ♡(*´꒳`∩)
“「私たちにとって、動物がだんだんリアルなものではなくなってきています」(略)メディアは危険な動物との遭遇をしばしば普通のことのように見せている(略)SNSも、野生動物との自撮り写真であふれている(略)「動物園という環境は、動物は私たち人間のためにいるという…」”
人だって知らない人から訳の分からぬもの(動物から見れば自撮り棒は銃や吹き矢の筒、殴る棒に見える)を振りかざされ、触られそうになれば逃げるか反撃する。ピンポンダッシュを一日中されればノイローゼになるのにね。
"2011年から2017年までに確認された「自撮り死」は世界中で259件に上る"
他を守る為に自衛をする
自衛する為に自衛しない

これマジで私自身に刺さる話
ぶっ刺さり
「私たちにとって、動物がだんだんリアルなものではなくなってきています」
「それでも近づきたい」心理を専門家に聞いた
ナショジオ
以上

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