ナショジオは人種差別的だった、米版編集長が声明 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

「本誌の恥ずべき過去をさらけだすのは心が痛むが、2018年4月号で人種を特集しようと決めた時、他人を取材する前にまず自分たちの過去を振り返るべきだろうと考えた」。ナショナル ジオグラフィック英語版編集長のスーザン・ゴールドバーグは人種問題に取り組むにあたり声明を発表した。...

Twitterのコメント(94)

あのナショジオでさえ...と、思ってしまった。過去をないものにせず、過去を振り返ることの大切さを感じた。【 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト】
良い記事。<<
「過ちては改むるに憚ること勿れ」という諺を、きちんと実行したナショジオの姿勢を俺は尊敬する。/
欧米では、「告白すれば、許される」と言う風潮があるような気がします。
私たちはそんな程度の人間ではないと証明すべきなのだ。
"本誌の恥ずべき過去をさらけだすのは心が痛むが、2018年4月号で人種を特集しようと決めた時、他人を取材する前にまず自分たちの過去を振り返るべきだろうと考えた。" /
(道理でイデオロギー臭い記事が増えたわけだ)私は10人目の編集長になるが、初の女性、初のユダヤ人編集長である /
@ciaoli 下記ナショナル・ジオグラフィック米版編集長の声明、ぜひ読むことをお勧めします。
おおお、時代の流れを感じる
過去への評価はひとまづ措くとして、現在この声明を出したことを評価したい、といつたところ。:
オリエンタリズムの視覚版という感じの雑誌だったわけよね。まあ、当時の価値観で今を裁くな、なんてことを言い出していないということは理解しておきたい。いい写真をたくさん見せてもらってるしな。 / "ナショジオは人種差別的だった、米版…"
<人々が既に受け取っているメッセージを補強するだけで、それ以上のことを教えようとはしていませんでした。しかもそれを、極めて権威ある雑誌でやっていたのです。>
重要な検証をしている。>
編集長スーザン・ゴールドバーグさんの声明がサイトに掲載されています。
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「本誌の恥ずべき過去をさらけだすのは心が痛むが、2018年4月号で人種を特集しようと決めた時、他人を取材する前にまず自分たちの過去を振り返るべきだろうと考えた。 」
"書かれていないことというのは、書かれていることと同じくらいに重要"
襟を正して読んだ
「過去数世紀に起きた恐ろしい出来事の根本に、ある人種がほかの人種より劣っているという考えがあったことを思うと、いたたまれなくなる。人種を分けるという行為が、今もなお政治に影響を与え、住む場所や私たちの自己意識を形成している」
「問題の根本が声を潜めて語られるしかないのであれば、個人にしても国にしても、過去の汚点から脱却して前へ進むことは難しい」
ナショジオのジャーナリズム、さすがです、


「恐ろしい出来事の根本に、ある人種がほかの人種より劣っているという考えがあったことを思うと、いたたまれなくなる。」
>手短に言えば、1970年代までナショジオは米国に住む有色人種をほぼ全て無視し、労働者や家事手伝いという以上に彼らの存在を認めることはなかった
ナショジオ自らが振り返って記事にしてるのは読み応えが。
ニホンジンも見習わないと。
とても立派。
しかしながら、これからの世界は、アフリカとイスラム圏に塗り替えられていく。
白人による覇権は、緩やかに種類に終焉。
>人種差別を政治的戦略に使うという今なお続く恥ずべき行為に立ち向かい、私たちはそんな程度の人間ではないと証明すべきなのだ。
いや…すごいな
変えられない過去に向き合うのって難しいよね…
" エイプリルフールの記事かと思った 大真面目だった
興味深い取組み、はじめてのユダヤ人、女性編集長というのはちょっと意外だった。 /
ナショナル ジオグラフィックは、人々が既に受け取っているメッセージを補強するだけで、それ以上のことを教えようとはしていませんでした。しかもそれを、極めて権威ある雑誌でやっていた
~1916年のナショジオ「オーストラリア先住民は全人類の中で最も知能が低い」・・・当時、極東アジアの日本がどう思われてたか想像つく
一朝一夕に答えの出ることじゃないけど「まず自社から」という姿勢が優れてジャーナリスティックなのは間違いない
すごく真っ当なことを言ってるとは思うけど、それが逆に西洋からの視点を押しつけてるようになってないかな。なんかもやもやする。
この姿勢は本当に立派だと思う。私はここまで自分の過去に向き合って声を出すことはできない。
あとでよむφ(..)
日本人に対してもしてますからね、人種差別。原爆投下が人種差別だったと気がつくのはあとどれくらいかかるんでしょうかね。
雑誌に書かれていたことだけではなく、書かれていなかったこともまた問題である。本文中より
クリップ>
随分とひどかったんやな。でもこうやって検証するのはいいことだよ。/
良記事。
人々を分断するものがあるとすれば、それは人種ではなく価値観ではないか、と私は思う。何に価値があると見るかがまるで違うと理解しあうハードルが高くなる。
今月12日にアメリカ版で表明されていた編集長声明の日本語訳 /
うわー こういうの面倒くさい
130年の歴史があるナショナルジオグラフィック、初めての女性の編集長、そして最新号では意義ある取り組みをしている。
ナショジオのこれ、当時の世相は無視して掘り起こしてもただの言葉狩りでしかない。逆に当時の認識はこうであったと書くことで学術となる。いいのかこれで
「ナショジオは人種差別的だった、米版編集長が声明」
〈本誌の恥ずべき過去をさらけだすのは心が痛むが、2018年4月号で人種を特集しようと決めた時、他人を取材する前にまず自分たちの過去を振り返るべきだろうと考えた。〉すばらしい態度。
オリエンタr:
こうゆうのはカッコイイなぁって思ってしまう。
「私たちの過去記事のなかには、思わず言葉を失ってしまうものもある。例えば、1916年のオーストラリアに関する記事で、2人の先住民を撮影した写真キャプションには次のように書かれていた→」
なかなか本気を感じる記事だった。
必ずしもそこで語られるメッセージ性には賛同しないが、
興味深く読んだ。
「知能が低い」などとは別に「気高い」などと誉めていることもあるけれど、いずれにせよ偏見、ステレオタイプなんだよね(日本のバラエティ番組には今もある)。そういうのはやめて、ちゃんと個々を見ろと。 / "ナショジオは人種差…"
いや、いまだに結論を一方方向に持って行こうと誘導してる表記もあるし…ナショジオ的表記はこう、くらいなスタンスで色々見渡すのが○ /
「4月号特集の著者で、作家のエリザベス・コルバート氏が言うように、人種は生物学的に規定できる構成要素ではない。それは社会的な要素であり、時に大変な悲劇をもたらすことがある。」|
メディアが過去の自分を顧みるのは大事だね。産経新聞はとりあえず縮刷版を用意するところから始めようか。
過去の記事を専門家が検証、誌面で人種問題に取り組むことを宣言
「本誌の恥ずべき過去をさらけだすのは心が痛むが、2018年4月号で人種を特集しようと決めた時、他人を取材する前にまず自分たちの過去を振り返るべきだろうと考えた」という態度とは真逆の。
この記事は、ナショナル ジオグラフィック誌が人種問題に取り組むにあたり、米版編集長のスーザン・ゴールドバーグが発表した声明です。
「書かれていないことというのは、書かれていることと同じくらいに重要です。」
刻んでおきたい。
これ、本当に凄い。閣僚全員に暗記させたいレベル。
「書かれていないことというのは、書かれていることと同じくらいに重要です。記事で紹介されている黒人はというと、エキゾチックな踊りをしているか、使用人か労働者だけ。編集者もライターも、写真家も、あえて見
その時代の空気がそうだったんだから仕方ないとおもう。でもだからこそ、いま現在おれたちが、いつかの未来で差別とされるその眼をだれかに向けているのかもしれない、という危惧をもたなくちゃいけないのかもな。 / "ナショジオは人種差別的…"
真に理知的な、そして倫理的な態度は、深い自省を伴う。よその国のことと傍観できるか(反語)。
と、ツイートした後に他の方がリツイートしていたナショジオの記事。
待合室に置いてある唯一の定期刊行物がナショジオ。このような声明を出すナショジオ置いておいて良かった!!
ユダヤ人で女性の編集長がナショジオの過去を語る。重要な視点だ。
"書かれていないことというのは、書かれていることと同じくらいに重要です。" /
ナショジオは今でもかなり差別的だとおもうけど。
人種で差別はしていないけど、思想的には西欧的なものを絶対基準においているのが透けて見えるんだ。
この姿勢を日本の官公庁、及びメディアは本当に学んでもらいたい。記録を残すことも出来ていなければ、残した記録を扱って正しく振り返るなんていう気配すら見せていない有様ではあるが /
「書かれていないことは、書かれていることと同じくらいに重要です」
自分達が行ってきた人種差別や偏見の歴史を再検証し反省の材料する人達が存在する一方、自国の負の歴史を正当化しようとする国もある。
向き合う民間、向き合わない国家。
「人種は生物学的に規定できる構成要素ではない。それは社会的な要素であり。。。人種を分けるという行為が、今もなお政治に影響を与え、住む場所や私たちの自己意識を形成している」(エリザベス・コルバート)
人種というのは、生物学的ではなくて社会的な区別だし、「有色人種」と言っても肌の色が白人と変わらなかったりしてますし。先住民の方が自然と共存する知恵を熟知していますよね。
"4月号特集の著者で、作家のエリザベス・コルバート氏が言うように、人種は生物学的に規定できる構成要素ではない。それは社会的な要素であり、時に大変な悲劇をもたらすことがある。"
米国的・白人中心的な雰囲気にお腹いっぱいになってしまってもう購読してないけど、この姿勢は評価する。:
「過去の記事を専門家が検証、誌面で人種問題に取り組むことを宣言」|
日本会議的なロジックで考えるとこの記事は大変好ましくない。日本民族が一番偉いはずだからw> -
「問題の根本が声を潜めて語られるしかないのであれば、個人にしても国にしても、過去の汚点から脱却して前へ進むことは難しい」米版編集長が声明 |
あとで読む....
ナショジオ、こういうことをしっかりできるのがすごい!!!さすが。
自浄作用がある証左。どこぞも見習え。
バカウヨは100万回くらい暗証するように。「人種差別を政治的戦略に使うという今なお続く恥ずべき行為に立ち向かい、私たちはそんな程度の人間ではないと証明すべきなのだ」:
ナショジオの英断。しかし、それを行ったのが、差別されてきた女性であり、ユダヤ系である現編集長だということも忘れてはいけない。
きちんと振り返ること、真摯に向き合うことはやはり重要。突き上げられる前にやるのも肝要かも。/
ナショナルジオグラフィック日本版に邦訳があがった
我々も将来差別とされる事柄に直面しているのかもしれない。他社が糾弾することではないが、自社のスタンスを批判的に見つめ直すのは素晴らしいことだと思う。
自社の過去の記事を題材に、ただ謝るのでなく、きちんと人種・民族差別の歴史を学ぶ。素晴らしい向き合い方。/
ナショナルジオグラフィック🚀
過去の記事を専門家が検証、誌面で人種問題に取り組むことを宣言
以上

記事本文: ナショジオは人種差別的だった、米版編集長が声明 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

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