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春名風花 公式ブログ - 現実へのおみやげ - Powered by LINE

137コメント 登録日時:2019-03-15 11:30 | LINE BLOGキャッシュ

お久しぶりですε≡≡\( ˙꒳˙)/シュタタタタ昨日はお仕事で会ってみたかった方や大好きな人に会えたよー!!楽しかった~そのあとは新撰組「乱」の稽古をして夜はたまったメールとお部屋のお片付けをして寝落ちてました💦ヘアメイクしてもらったー♡毎日バタバタしてるけど僕は元...

Twitterのコメント(137)

「悪者」をもんのすごいクオリティで演じ切る役者さんを観るとなぜかこれを思い出したりする…
@taichinakaj あごがはずれそうになるヤツや…( ゚д゚)

参考:
うん。確かに。ただ、ごもっともではあるけれど…

役者や演出側が「こう受け取って欲しい」と思ってやっても受け取りてである観客や視聴者側にもそれぞれ
価値観がある。
だから、そんなときもあるさ。
でも…春風ちゃんは年齢関係なく自身の意見言えてすごい!
ワイが子供の頃も、軽いいじめっ子みたいな連中に限って「差別は良くないと思いました」みたいなこといけしゃあしゃあと言うてたなぁ。気づいてないよなー。
自分を特別な人間だと思いたくて、何かにつけて人と比べて優劣つけたがる人こそ凡人だと知ったほうが良いよね。
別に凡人だったとしても問題ないし。
バンドマンもよくいるけどさ。
デカイ箱でライブしたら途端に態度変わる奴。

犬じゃないんだからさw
考えさせられたしはるかぜちゃん18歳になっててびっくりした…
…ほんっとさあ…ほんっとこの春風ちゃん大人だわ…。大人っていうか立派っていうか人間できてるっていうか、自分の憤りや悲しみを的確に文章で表現しつつ自分の人生を一生懸命生きてるのが心底すごいと思うし素晴らしい。
ひとへの批判が多いひとほど、自分自身をきちんと振り返れないひとが多い(公の仕事として顔を晒してする方以外で)。自分のことだと思って貰えない…だからこそあのドラマが響くんだ。
「君に届いて欲しい!」
菅田君の魂の叫び。…届いて!
"でも現実はこう。
ドラマの登場人物は綺麗だから可哀想。
私がいじめている人は、綺麗じゃないから可哀想じゃない。"
"ドラマは美しい。
だから、ほとんどの視聴者に取って
ドラマと現実は地続きじゃないのかも知れない。"
いじめてる側にその意識がない典型。この子の感受性は素晴らしいなぁ…
いやーーーーーーーーー、これだよな。すごいわかる。わかる。そう。
--- 現実と作り物の区別がおかしい人がいるのですね。そういう人がオタクを「犯罪者予備軍」などと中傷するのでしょう。
うわあぁぁぁぁ…ばかばかばか…号泣しちゃったじゃないかぁぁぁ……
そうそう。もちろんこんなことだろうとは思ったけど。
まぁ少なからずほんの少数でも減ってくれればドラマの意味もあったよねって思うしかない。
はるかぜちゃんはいつもまっすぐで素敵です>
ぐおお。。
何からどうすればいいのか。。
読んだ。『だから、ほとんどの視聴者に取ってドラマと現実は地続きじゃないのかも知れない。』これが全てなんじゃないか。想像力の欠如が、こういう状態を作り出す。
映画やドラマ観て被害者に感情移入して泣いたりしてる人が、実社会では加害者側にいたりするというお話。いぢめっ子は、自分がいぢめてることに気付かないものなのね。
全ての人には伝わらないけれど、春名さんには伝わったから、春名さんは伝える側になったのよね。見えにくいけど伝わる人には伝わるの>
「私たち演者はその人の人生において何の影響も与えないどうでもいい存在なんじゃないかって。」
“あれだけストレートに問題提起したドラマが 一番届けたい人たちに何も伝わっていない・・・ 僕もあごがはずれまくった” /
ドラマ見て「いじめよくない」と言ってた人が現在進行形で平然といじめをしているのは、悪夢みたいな現実だよな。子供の頃から人間はどうしようもないなと。
愕然とするしかない... /
読むだけで、文字から毒が出て 侵されそうな気がする。
春風ちゃん、どんだけ傷ついただろうか。

堀ちえみさんへの悪口と同じ。
こんな人間がいることが、怖い。
そして女ばかりのような気がする。
これは、観てる側だけでなく、演じてる側にも該当する(可能性のある)話だと思う。
今更だけど読んだ。作り物だけど、現実と地続きだと、なぜだわからないのだろう。
うわあ、これめちゃくちゃいいブログだ...全人類必読。

なんで「加害者でいられる人がいるんだろう」って疑問に思ってしまいがちだけど、ほとんどの場合加害者であることに無意識で、なんなら被害者だと思ってることもある、それが現実だと強く認識したい。
ドラマとか映画とかいじめのシーンとか暴力・暴言、誰かを心理的に責め立てたりするシーンとか怖くて見れない。いくら感動のラストがあったとしてもそこで止まるからよくみんな泣けるよなって思う。
社会問題を扱う仕事をしている身としては、加害者や(実質的な加害者である)傍観者が、ドラマなどのフィクションを通して自覚的になることを期待してしまうが、そんな都合よく世の中は周らない。

常に自分は美しい側...
これ、本当に怖いんだけど実際にいる。
自分の行動と意志が反対な人。俯瞰の能力が全くなくて、行動に一貫性がなく、他人を害する。
どんなにいじめについて考えさせられるドラマで感動しても現実にはいじめを続ける人の多さよ。
嫁いびりに定評の祖母も、よく「渡鬼」の姑ザマぁシーン見て笑ってたけど、
要はそうなんだよね、いじめも。
いじめっ子が漫画や映画やドラマみて泣いても、
意味のない涙なんだよね。
このブログ、スゴいですね。薄々感付いていた事だけにショックでした。
加害者意識が完全に欠如してる人っているよね。。
3年A組の最終回見てそうなるやろなって思ってた一番残念な現実やんけ…
こう、まっすぐに考えられる感性と、まっすぐに伝えられる文章力が、眩しいほどに羨ましい。心を消耗させることなく、もっともっと大きな人になってほしい。
とりあえず不特定多数に罵詈雑言を浴びせている狂犬共は吐いた唾を飲み込まないでおけと言っておきたい
これ本質的には同じ問題だと思ってる
自分がその状態にあると、理解できてない、認知できてない
相手が有名人か否かに関わらずスゲーツイートをぶん投げる奴が居るもんなんやな……。 人工知能相手でもあんな罵詈雑言よう出らんわ。
: 春名風花公式ブログ
改めて読み直してみたのですが、「特撮ヒーローが大好きなのに気に入らない他人や作品に対して誹謗中傷する人はヒーローから何を学んだのか」と言うツッコミの答えがまさしくこの「単に感動していただけ」なのかもしれないですね…
小学6年生の時の言葉が、完全に大人レベルでビックリしてもつた。そして、内容にも共感した。

強い。本当は裏でいっぱい泣いたのかもしれない。それでも表舞台に立ち続けてるんだから、凄いし尊敬するわ。
芸術は社会や人を変えるものではない。生きていく人間に寄り添うもの。芸術家の思想によって社会が影響与えられたらメチャクチャになるよ。変なの多いんだから。
愕然とする話。「『3年A組』に感動した」とツイートしている同じ人間が、はるかぜちゃんには相変わらず罵声を浴びせ嘲笑をする。そして自分の言動の矛盾に全く気づけずにいる。その人に言いたい。あなたが感動したドラマの出演者も制作陣もあなたのその醜態を見て失望するよ。
昔うちの家族が少しだけイジメに遭ったとき、まったく同じ事を言ってた
「いじめてる側は『イジメ』とは思ってないよ、遊びの一つだから
だからイジメは無くならない」
残念ながらいい歳した大人になってもそういう人が一定数いる現実
みんなに一回だけでも読んでほしい。でもそう言ってこの読んでくれる人は想像力がある人が大半で、本当に読んで学んでほしい人には言葉の意味が想像出来ないし、そしてこの文章を読んでくれないんだよな。 /
ドラマの登場人物は美しくて魅力的だからいじめられたらかわいそうで、現実にいるどうでもいい(と自分が見なした人間)はいくら傷つけても心は痛まない、それはそれ、これはこれ。とても鋭い指摘。
フィクションで得た感情が、現実生活での感情とは繋がらないという現象、実はよくわかる。フィクションなら「ここで感動させてやれ!」という計算の上で主張を展開できる。受け手は受け手で「あー、感動した!」と言った直後にスイッチを切り、現実に戻ってしまうんだろう。
>すごくいいこと書いてる
自分好みの誰かが演じていたから、ではなく
《描かれたテーマや問題提起を 身の回りに落としこんで 自分事として深く考えること》
が感動につながるのではないか。…「誰が」でなく「中身で」考える、ということ。
これは壮絶な体験記だ。ものすごい人の心の闇だ…。 /
いい映画やドラマを観て「感動した!」「響いた!」とか呟く人に限って、実社会では相手を平気で罵倒したり傷付けている現実。みんな、他人事じゃないです。
あまりドラマを見ない私だけど、3年A組は見てて、それに派生したもろもろについて、ネットでの動きをたまに観察していたので。そのひとつとして読めるように記録
「ドラマは美しい。
だから、ほとんどの視聴者に取ってドラマと現実は地続きじゃないのかも知れない」
「悪いことは虚構の世界で思う存分愉しみ、現実と切り分けて愉しんでくれれば良いけど、良いものは出来れば日常に持ち帰って欲しい」
もとよりそういう事しかしない人は大勢いるけど、優しいとか言われる人ほど、ナチュラルに人を虐めるし、酷いことを言うもの。あと、感動なんてあてにならない。わたしも最近は何見ても泣いたりするけど、その作品をこき下ろすと、感動してたのにそんな事言うのかと驚かれる。
かまってちゃんのお話し。
人の顔は多面的。みな意識してないだけで。表と裏の顔がある。

はるかぜちゃんは、ブログに加筆してエッセイとしてまとめて出版すれば、エッセイスト大賞を受賞できるよ!!


2019/03/15 11:17
ドラマで、感度した!感動した!いじめなんか絶対しない!
て、Twitterで言ってる人が現実だと加害者側な人も居る。な話を書いている芸能人のブログ。
芸能人で、小6の時からネットで色々言われきているからこそ書ける話。一読オススメ。
自分以外の人、特に弱者側の気持ちを想像させるというのが映画やドラマの素晴らしい力だと思っているのだけど…。現実に持ち帰ることなく「それはそれ」という層も多いんだね。手強い…。でもそこに気付けるのもやっぱり表現者、根気強く溶かしていきたい。
これ、「出来るだけ客観的基準を持とうとする人」と「自分の感情が基準の人」の違いだと思う。後者の人、いじめに限らず、あらゆるとこで見かける。どうして自分の感情にそんなに自信が持てるのか、不思議なのですが。→
こんなもんだ。案外自分も誰かを傷つけてるかもね😭
>素晴らしい演者と素晴らしい脚本が「ネットに酷い投稿をする前に良く考えよう」って言うことと、あなたに嫌われている僕が「ネットに酷い投稿をする前に良く考えて欲しい」って言うことは、まったく同じことだよ!!!

悲しい現実に哀しくなる。と地続きなのに。
あまりにもあるあるすぎて、自分でもペタリせずにはいられない。
いじめられている側の言葉が、いじめている側に届かないという話。
TV等のメディアを通じると、人はよりその先の世界にフィクションを見る。虐待、詐欺、等、ノンフィクションの事件も「私ではない」と思って嘲笑う。
その嘲笑が無くならない限り届かない。
春名風花ブログ

私がいじめている人は、綺麗じゃないから可哀想じゃない。」

そもそも、「人間がこうして生きている」こと自体が綺麗なことだと思う。
続く
フィクションでの感動や感情移入は所詮様々な演出や舞台装置によって(ある種視聴者の脳をハックして)得られるその場限りの感覚であって、そうした状況でない現実では働かないんだろうねえ
春風ちゃんが嘆く相手の人たちは、いつになったら気づくのかな。自分や自分の子どもが被害に遭わなければ気づかないのかな。
想像以上に酷い、過去に投げられたツイートをみた当時。そしてこの文章を書いていたとき。どんな思いだったんだろう。あまりにも切ない。そして酷いことを言ってきた人すら傷つけないこの文章、眩しすぎもする。 >
自分の言動を客観的に見れてない、人を攻撃していることに自覚的じゃないからこういうことになるんじゃないかな。

いじめる人といじめられる人がいるのではなく、どちらにもなり得るのだと思う。いじめはダメ、って言った瞬間に自分事ではなく評論の対象になってしまう。
この子ほんま強いなと感心する。

小学生の時から精神年齢が子供な大人の悪意に晒されながらも真っ直ぐ生きていて、悪意をぶつけた連中は少しは精神年齢増えてるのかな?とこういうのを見るとふと思う。
ヴァーチャルとリアルの狭間。ネットで他人を叩く連中は本当に自覚が無いから始末が悪い。改心更生という概念が当てはまらない。「お客様の人生と地続きになる芝居」という視点が彼女らしい。僕もリアルに繋がる表現をしていきたい。
結局伝わるまで伝わらないということ。。。──
想像力のなさを批判する文章に対してのコメントで「ひどい人達がいるんですね!全く理解できません!」って、同類に見えちゃうな
この状況、結局スマイリーキクチ事件の時と全く変わってない。
でも現実はこう。

私がいじめている人は、綺麗じゃないから可哀想じゃない。
実際に僕に対してネットで
匿名の刃をふるっていた人々は、
それはそれ、これはこれって考えていた('・_・`)
<ドラマの中で美少女が傷つくのは可哀想だけど 現実でブスがいじめられて傷つくのは全然可哀想じゃないと(略)憧れの芸能人と、自分の嫌いな人が同じ人間だと(略)考えたこともないのかも知れない。> /
非常に面白い、大なり小なりよくいるよね。
“人の心を打つ芝居がつくれたとしても「素晴らしい!!感動しました!!!」っていう評価をいくらもらっても、私たち演者はその人の人生において何の影響も与えないどうでもいい存在なんじゃないかって。” /
いじめる人達について、また自分もそうならないように確認することの大切さ。
…Twitterでは少し感情的になっていたかもしれない、ブログではその時の気持ちがきちんと整理されてる。はるかぜちゃんはやはり聡明だな。彼女に酷い言葉を投げかける意味がわからない。
記事タイトルが素敵。 /
ドラマ「三年A組」でいくらネットいじめはよくない、感動した、いじめ許さないといっても、それを止めない、届かない人がいると。かれらには自分たちは正義や被害者で、違うという意識があるのだろうね。 /
“ドラマの中で美少女が傷つくのは可哀想だけど

現実でブスがいじめられて傷つくのは

全然可哀想じゃないと思っているような人がたくさんいた。

憧れの芸能人と、自分の嫌いな人が

同じ人間だと思えないし、そう考えたこともないのかも知れない。”
本人には届かない、周囲も変えられない、そういう運命の人はいる。人じゃなくシステムだよな、間違ってるのは。社会というシステムが、だ。一番変えられないと思い込んでるものほど間違えてる。 /
「今から書く言葉は君には届かないかもしれない。だって、いじめてる子は、自分がいじめっ子だなんて思っていないから」
「クソ雑魚のメンヘラメスガキ」くらいにスタート地点で超絶に見下して、ボコって消そうと思ったら、ちゃんとしててそれなりにタフでしかも理路整然と反論されてやられたことへの恨みみたいなもんかね /
僕も先日のクライマックス直前の総集編(1話~8話)で見て衝撃を受けた「3年A組」の件について、春名風花さんの至極まっとうなメッセージ。本当に届いてほしい人には届いていない。自覚が無い人に客観視と自覚を求めるのは難しい。
名前を言ってはいけないさんも大きくなったなあ。 /
そりゃー学校でよくある構図でしょう。いじめをする人たちには先生が「いじめはいけません」とか言われても当事者と気付く能力が皆無ですから 現実へのおみやげ:春名風花
よくよく考えないといけないことを当たり前に放てるSNS怖いし自分も色々振り返らなければならない。苛めてる方って苛めてる認識なかったりするからね...正義とか面白いとか...。人が傷つくの面白いか...? /
「でも現実はこう。

私がいじめている人は、綺麗じゃないから可哀想じゃない。」

ここから役者として「現実へのおみやげ」の話に持っていくところが素晴らしいですね。

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Twitterしかりはてブしかり脊椎反射でコメントしちゃってる傾向があって、後日読み返すと大体自分で自分にげんなりするので最近気をつけるようにしてます /
感動したんじゃなくて感動させられただけなんだろうなぁ。
説得力が違う、あとプルフラスいいキャラなのでリジェネ来るといいね >
現実へのおみやげ:

現在進行形でイジメとかしてる奴、イジメが題材の架空のドラマで感動して泣いても現実でのイジメはやめないでしょ
考えさせられた。
けど考え続けないと忘れるから仕方ない気がするなー。考えることだらけだし。
芝居とかはその瞬間に感動を与えて心を満たす事ができれば、それに価値があって意味があるって事でいいんじゃないかな?
あと変な人は諦めるしかw
“「感動したー!」「可哀想〜〜」「ネットに悪口書く人って信じられない!」と言う絶賛の嵐の中に、僕にこういう酷いリプをしていた人を何人か見つけてしまってね、笑笑 えっ(°д° )ってなったのね” /
ほとんどホラー /
しかし綺麗になったなあ /
矛盾の円環構造にはまっていく人たち。
これは僕も気をつけよう。自分が客観的に見えてないんだろうかなあ。
しかしツイート単体が流れてくる時点では、それが全体から叩かれてるかはわからないわけで、まずリプライ見て傾向を把握したうえで攻撃してるんだよなと思うと、まあ基本暇人ばかりで、そら心にも届かんやろなあと。 / …”
『ドラマはドラマで感動するしネットで叩かれて自殺する美少女には感情移入するけど、自分は現実でこれからもネットで人をいじめますよ』

有名な人や自分が気に食わない人には何を言ってもいいと思ってる人がたくさんいてゾッとした。
「世の中の物語は全て虚構でニセモノだけど
そこに描かれていることはホンモノの感情だと思うから。」
次は「このドラマ感動したー。ネットいじめはよくない」と言って現実でネットいじめをする人のドラマがでてくるかも
発する人の思いと受ける人の思いはなかなか整合しない。これに限らずすべての関係性において。めんどくさいね、生きるの。 /
ほんとになー。
>できない人はできる人に憧れてすがり付くために「こっちを向いて」の牙を剥くんでしょうなあ。なんでこんなデキル小学生がいて、自分は……そりゃ辛かろうけどぶつける矛先が違う。まず自分の問題やろ。少なくともデキル小学生が原因じゃないよね。
「○才の訳がない」をぶち破った実例だからなぁ、まあ重みが違うな /
風に向かって立ち続けてるなあ。ホントすごい。『現実へのおみやげ』
アニメアイコンのネトウヨとかね……。お前はそのキャラから何を学んだんだと……。結局、フィクションは無力なのかと落ち込んだり。でもまあ、悪人にもまれにメッセージが届くことはあるし、作らないと届かないし。 / …”
”いやいやいやいや・・・あなたがそれ言う😅” という言葉を全ブクマカ(当然俺含む)は自分が直接言われたものだと思う位で妥当と思う。その程度の醜さは全員確実に装備してる。 /
整合性に気をつけよう(自戒) /
最終回の実況ツイなどを見てて自分も思ってたこと。3年A組というドラマを見て本当に感動したというのであれば、少なくともこのくらいの考察はしてほしい。伝わってほしい層にこそ中々伝わらないから難しい。思いを馳せよ:
匿名なら何言っても大丈夫って思ってる人が多そう
@nazuna_nono そういう人に読んでもらいたい。
「ドラマの中で美少女が傷つくのは可哀想だけど 現実でブスがいじめられて傷つくのは 全然可哀想じゃないと思っているような人がたくさんいた」→
ほんま他人を虐めるような奴らってこんな脳みそばっかだからなあ。人生幸せそうだと思うよ
はるかぜちゃんさん、もう社会学者的な感じで本出した方が良いと思うの。無料で読んで良い文章じゃない。note有料でも良いと思う。
記事とは全く関係ないけどフォントが良い、調べてみたら blogは記事全体とかの単位で30種類くらいのフォントから選択できるらしい。 / “春名風花 公式ブログ - 現実へのおみやげ - Powered by LINE”
少なくとも人は感情の生き物。二面性があることは否定できない。人を殴った手で別の人を助ける。自分に都合よく生きているから自分に合わない人は積極的にシャットアウトするのが心の健康にはよく効く。 /
「ドラマは美しい。だから、ほとんどの視聴者に取ってドラマと現実は地続きじゃないのかも知れない」 /
はるかぜちゃんには悪いけど、本当に人間って醜すぎておもしろいよなあ /
で感動した!って言ってる人への違和感はこれ。「ドラマの中で美少女が傷つくのは可哀想だけど 現実でブスがいじめられて傷つくのは 全然可哀想じゃないと思っているような人がたくさんいた」→
ドラマに感動しても、現実ではいじめる側に回る…。
人間ってなんて身勝手な生き物なんだろう。
これは非常に深刻な問題だよなぁ。まぁでも、すべての人がそうだというわけではないのだ。割合がどうかはわからないけれど、フィクションの感動を現実的な追体験として人生に落とし込める人は、きっとたくさんいる。
自分自身の発言に何の整合性もなくても全く気にしない(気付きもしない)連中のなんと多いことか
春名風花「ドラマをみて刺さったとか感動したって言うのは「綺麗な女優が自殺したから悲しい!」とか「カッコイイ俳優が真剣に話したから沁みた!」って事じゃなく、描かれたテーマや問題提起を身の回りに落としこんで自分事として深く考えることが出来たって事だと思う」
ドラマの形をとってなされた問題提起も、考えるアタマを持たない哀れな者たちにとっては、ただ消費するだけのコンテンツにすぎない。その事実に暗澹たる気持ちになる。 /現実へのおみやげ( 公式ブログ)
すごいなぁ…こんな文章書けるって人生何回目なんだ…
ドラマでも映画でもなんでもそうだけど、自分の生きてる世界と地続きだって感覚で見て自分だったらどうするかとか考える人って意外と少ないのかな。
箱庭を眺めてる感覚で見て感動したりしてるのかなぁ?
はるかぜちゃんが言う通り感情は現実だよ。
3年A組のドラマに寄せられる
感動ツイートに感じた違和感がこれ
言葉の暴力、読むだけでずんとくる: LINE:
衝撃を受けた。
現実も虚構も心の面では分断されていないと思う。
芸術もお芝居も、リアルな感情を引き出す装置で。
上積みだけをすくいとって彼女を攻撃する人は、私のにはちょっと理解できない。
いろいろと考えさせられる。

誰もが両親に待ち望まれて生まれたはずで。
そんな大切な自分を乱暴に傷つけることは決して許されることではなく。
最後の「世の中の物語は全てニセモノだけど、描かれた感情はホンモノ」という言葉。
強く共感した。
すごい記事だった。。
春名風花さんの主張は本当に大切です。「フィクションだから感動できる」から一歩先へ。来年度の「国際化と異文化理解」で触れようと思います。
彼女の伝え続けようとする姿勢がほんとすばらしい。
「現実へのおみやげ」 -
何故か叩いて(いじめて)いいグループに分類された人は別なのね
(そんなグループはありません)
以上

記事本文: 春名風花 公式ブログ - 現実へのおみやげ - Powered by LINE

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