いま、「弱さ」でしか男を描けないーー村上春樹原作でカンヌ脚本賞受賞の濱口竜介監督が語る(熊野 雅恵) | FRaU

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「女性に去られる」というのは、未だに男性の根源的な恐怖でしょう。男性にとって自分が一番信頼していた他者である女性がいなくなってしまうのは、人生が土台から揺らいでしまうことです。


村上春樹原作でカンヌ脚本賞受賞の濱口竜介監督が語る(熊野
"コミュニケーションの本質は言葉じゃない"

このコラムの本論とは少し変わるけどいわゆるコミュ障って能力の問題じゃないと思う

コミュニケーションが上手くないのは人が好きじゃないから
人が好きじゃないのは自分が好きじゃないから

少なくとも私自身はそんな気がします
高評価の中で取材協力者にパワハラ問題があったりが後景に退かないものか気になる。あと男の「弱さ」って描かれば描かれるほどある種のエクスキューズに陥るようで、ある時から村上春樹を読まなくなったように、観るの躊躇してしまう。「寝ても覚めても」よかったからなあ。
「どれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。(中略)本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです」
(『ドライブ・マイ・カー』)
濱口竜介「男性を描いていても社会的な問題にたどり着かない。当人の内面の問題に終始しがちです。それは、男性が社会構造に保護されているからです。」
このインタビューも良かった。

・「男性の弱さ」とそれを認めるという意味での「強さ」を描く必要を感じた。
・言葉によるコミュニケーションに頼り過ぎてしまうと、本当に望んでいるような関係には辿り着けない。
なんだこの低解像度の記事…と思って監督の経歴ググったら業界しか知らない純粋培養だった。映画演劇業界もこんなのばっかりか

【いま、「弱さ」でしか男を描けないーー村上春樹原作でカンヌ脚本賞受賞の濱口竜介監督が語る】
>「女性に去られる」というのは、未だに男性の根源的な恐怖でしょう。男性にとって自分が一番信頼していた他者である女性がいなくなってしまうのは、人生が土台から揺らいでしまうことです。もちろん、女性が男性に去られる場合もありますが、どこかニュアンスが異なる気が〜
ドライブ・マイ・カー観た。このインタビューおもしろい。そういえば『はちどり』でも家父長制の下でイキる(ことを社会から押し付けられてる?)兄が、自らの弱さを認めて泣いたシーンがあったな。
「男性を描いていても社会的な問題にたどり着かない。(中略)それは、男性が社会構造に保護されているからです」
「男性を描く場合にリアリティを持ってできたのが、『弱さを認める』ということでした」

まさに男性のセルフケアについての映画なんだ。
・マイ・カー
「女性に去られる」というのは、未だに男性の根源的な恐怖でしょう。男性にとって自分が一番信頼していた他者である女性がいなくなってしまうのは、人生が…
 
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