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小・中学生の女子はなぜ「うち」という一人称を使うのか? その深すぎる理由(中村 桃子) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

424コメント 2021-05-11 06:58  現代ビジネス

「現代ビジネス」は、第一線で活躍するビジネスパーソン、マネジメント層に向けて、プロフェッショナルの分析に基づいた記事を届ける新創刊メディアです。政治、経済からライフスタイルまで、ネットの特性を最大限に...

ツイッターのコメント(424)

性愛市場でカーストが決められるのって学校でも職場でも
つまり大人も子供も「通俗的な観念としての女性」を演じてなきゃ異端と見られるケツの穴の狭い世界で生きて来た人たち

「常識だし」で片づける人なんて思考を不法投棄してんのと同じじゃん
彼女たちが抱えている「ジレンマ」
ワシ、広島人
幼い頃から、男の子はワシ、女の子はウチという環境で育ったので違和感を感じる事はないけど…
数年前、ごく一部の男性ヲタが、自身をウチと言ってた事には激しい違和感を…
『女子高生の無駄づかい』のバカは「うち」だったな。


“女子学生は明治時代から「ぼく・きみ」を使ってきた”“いわば、「女性的セクシュアリティの保留」だ”
「大多数の少女は、性の対象物である〈おませ〉にも、友だちから相手にされない〈おくて〉にもなりたくない。だから、身近にある男子の「ぼく・おれ」や、関西方言の「うち」を借りてくる。いわば、「女性的セクシュアリティの保留」だ」

小・中学生の女子はなぜ「うち」と
チエちゃんが有名だけど、子供だけじゃなくて下町のおばちゃんとかでも一人称「うち」はよく使うよな。「わたし」には丁寧さがあるので、よそよそしくない、フランクな会話をするときは「うち」を使うのが正しいだろう。
中学生のとき一人称が「俺」だったさとまるさんが通りますよ。「女性的セクシュアリティの保留」それよ! 続く
30過ぎてからときどき僕っ子になったよ……
なるほど!男子の「僕」にあたる言葉が無く、「ちゃん」→「私」のジャンプが遠いこと、「子供」でも「女子」でもないアイデンティティを表現する言葉が日本語に無いことなどが理由とのこと
面白い、、。
男の子:名前/愛称→ぼく→わたし
女の子:名前/愛称→わたし
女の子はいきなり大人と同じ一人称にならざるを得ないので少女性を求めて「うち」や「ぼく」といった一人称を使う、という話だった
これは知識として割としっかりめに頭に入れときたいな
「話し手が、相手との関係を調整しながら自分らしさを表現しようと工夫」するべく選んだ一人称、というごく普通の結論ながら、そもそこに至る理由が

・女子には、子供と『女』との中間の『少女性』を表す一人称が無い、故の需要
・そしてそれすら『消費』される

という論
「わたし」「あたし」「(名前)」「わて」「わい」「私的」「お母さん」

いっぱいあるじゃん…差別すんな社会っていうなら、男性女性も言葉共通でいいし服装でスカートショーパンをおっさんが履いてもへんな目で見るなよ!
なるほど。性的なモラトリアムに相当する一人称が女性にはとても少ないのね
自分は学生時代は「俺」だったが
娘は「ちゃん」付けが現在一人称なのでどう言い換えるか悩み中。
「わたし」はイヤ
「うち」はダンナが使って欲しくないと…
「うち」だけでなく「ぼく」でも「俺」でもいいんですよ。
この記事おもしろい。
自称については自由にさせていただきたいよね。
ある程度は。
異性愛市場への参入をためらうセクシュアリティ保留の現れ、との論考は面白いですが…。

>異性愛の規範によると、〈女〉の性的欲望は受動的

規範未確定の思春期初期にこれ適用するのはイデオロギーすぎませんか…
大人になっても一人称「うち」と言い続ける人とか、一人称が名前の人っているじゃないですか。
ああいう人はどんな心理なのかが気になる。
わしはたいてい拙者だな。
東京「私」
地元「うち」
家「下の名前」
「女性的セクシュアリティの保留」

「新しい〈少女性〉の創造という側面」
はいはい女性差別女性が住みにくい国、文化はいはいまたそういうくっそどうでも良い話ねww
女性差別女性差別騒ぐ奴とそれを毎回毎回載せるゴミメディア現代とおススメに乗せるツイッターまじで〇ね
幼稚園年中組の娘ちゃんが自分を「うち」と言いだした…
#社会言語学 #ボクっ子 #スクールカースト #女子中学生
いやただ私って言うのが気持ち悪いからなんだけどなぁ
嘆かわしい…BOKUっ子はなんぼおってもええですからね。
面白い記事。一人称に込められたアイデンティティ。
いたいた。学校で「うちな~」とか「うちはな~」って言ってる女子いたわ。めっちゃ謎に思ってたけどそういうことやったんやね。
明治時代にもそういうことあったのは初耳やわ~。
まっっっって!
「うち」って女の子が使う言葉だと思ってた…
どど田舎から大きめの市の学校に進学したら、みんな「うち」だったから…
むしろ「私」は他人行儀なイメージで、社会人になっても数年は「あたし」を使っていたし、今も思わず「うち」って出ちゃう!中二!?
大屋政子の「うちのお父ちゃん」はこの記事の「う『ち』」だったかそれとも「『う』ち」だったか。昔過ぎて思い出せない…。
僕・俺・うち・自分・おいら・アタシ・私、
一人称ひと通り使ってきたから「その時を振り返るとそうだったな、めちゃくちゃわかる!」ってなった🤣

ちなみに私は高校入学を機に「私」に直した。
現代ビジネスの記事なんだけど……納得しかない。そうか、自分らしさだったのか……面白かったから時間あったら読んでみてね!
普通に2年くらい前まで自分のことうちって呼んでたわ…
子どもの頃は女子であることが本当に嫌で女の子の遊びは一切しないで男子とプロレスごっこし、スカート断固拒否してたけど中学入るのにスカート履かなきゃで苦痛だったのが懐かしい…( ˙-˙ )
「私以外の一人称を使うのは男のようになりたいからではなく、日本語に子供でも女でもないアイデンティティを表現する言葉がないからだ」(意訳)
って文に、中学の頃先生の前で気持ち悪いって言われた時のこと思い出した
あの時のあたし間違ってなかったんだな
我氏、今年不惑。
一人称は「僕」。。。
(会議とか発表会なんかでは流石に「私」)
もうちょい詳しく「なぜ『ぼく』と自称するのか」知りたい
自身の名前の場合は果たして。(妹がそうだった)
「うち」も「俺」も使ってた〜当然当時は深く考えてたわけではないけれど、大人の女性と同じ一人称を保留したいというのは分かる気がする。逆に就活やビジネスで男性が「わたし」を使う年代になってからは全く違和感ないし…
大学受験の国語の問題文に出てきそうな文章だった
まさにそれだ!!と思った。
『男(女)らしさ』を意識させない、英語の『i・my・me・mine』みたいな一人称が共通であればいいのにね。
明治時代の僕君の僕を今の子の僕を一緒にしてはいけない気がする。
彼女たちは女学生で今のその世代の女の子たちよりも大人だった。
20年前にも女児がうちというのは話題にあったよ。おじゃ魔女ドレミのキャラが理由とか言われてた。一過性もあるし、オタク的とも言える。

自称詞というのは面白い。
名は体を表すというけれど、体は名を表すのだと思う。
これは相互に関係していて、どちらかの変化がもう一方に影響する。
思ってたより複雑怪奇だった
小5くらいから「付き合う」ことが大きな価値を持つ異性愛市場が出現する。
性愛の対象になりたい気もするが、男性の性的欲望による危険は避けたいというジレンマからくる。
女性的セクシュアリティを受け入れるのに抵抗があるというのはほんとソレ。アラフォーになってから気楽になった。本当はどんな時だって嫌な視線に怯えずに生きてきたかったけど。
なるほどね。 >
私もずっと自分のことをうちって言ってました。なんとなく、あたし とか わたし って言うのはかわいい女の子しか言ったらいけないような気がしていた。自分の容姿に自信がなさすぎて、私みたいにかわいくない奴は女の子が使う呼び名で自分を呼んだらいけないと思っていた
そりゃそうでしょ。社会が勝手に決めてきた女性像に従いたくないし、そういうものとは無関係に生きて来た自分の自我に、社会にとって都合良い押し付けを上乗せしたくないのは当然。男女関係なく、僕、俺、自由に使うべきだし、人は自由に自分の自我が操る人生を生きるべきです
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