「ビーガンなんてあり得ない」「肉食やめるのはムリ」と言う学生に、私が伝えていること(田上 孝一) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

ツイッターのコメント(26)

実際のところ畜産動物の屠殺は苦痛を最小限にするような措置がとられているはずではあるが、まあ、「動物倫理」の基準が「動物が苦痛を感じているか」ではなく「苦痛を感じているように(人間にとって)見えるか」であるところに議論としての根本的な弱さがあると思う
別に押し付けなく個々でやってくれれば批判も何もない

肉食を悪とする概念がそもそも議論の余地がないのよ
差別とかキーワードを使用するには違う

個々の尊重は押し付けなければ尊重するし
ヴィーガンをいちいち否定しないよ
勝手にしてればいい
ワイは肉も野菜も食べる
わからんな。何故動物は倫理的に差別してはダメで植物はいいんだ?植物は種の存続など考えず努力もせずその辺に生えてくるってことか?
“種差別“
“人間に値段をつけて売れば奴隷なのに、犬猫には値段を付けて売り買いする”
そこは同意だけど、なぜここに植物は含まれないのか不思議。
鳥肉に代わるタンパク質が同様に安価で安定的に供給されるなら肉なんてやめますよ。
人間間で差別はいけない、然り。人間を特権視してその他の種を差別してはならない、然り。しかしそれは新自由主義的な論理に従ってハイクラスの道楽にしかならない、少なくとも現時点では。
差別に反対するのならば、その範囲を人間に限定することなく、等しく対動物間にも平等意識を拡張すべきだというのが、理論的に適切な方向になるはずである。こうした「種差別批判」こそ、動物倫理学を代表する理論展開の一つとなる。
ビーガンでもベジタリアンでも好きにしたら良いが、種としての差別や倫理観を語るならば、生命としての差別や倫理観を持つ所まで考えるのが筋。
植物だって生きてる命だ。
動物は悪くて植物は良いのか?

「ビーガンなんてあり得ない」「肉食やめるのはムリ」
読んだけど、むしろビーガンの論理武装の限界を感じた。
: 興味深い学生の反応…
かつて私にとって動物とは好きでも嫌いでもなく本当にどうでもいい対象だった。そんな私が動物倫理を主題にした本邦初の新書を出すというのだから人生というのは分らないものである。
「(女性差別や人種差別といった)差別を打ち破るために使われた旧来の議論それ自体が、人間をただ人間であるというだけで特別視するという差別の論理だった」っていうの本当そうだよな〜。ちょっと長いけど読みやすいのでヴィーガンについて気になってる人は是非〜☝️
拒否するのが主と書いたり肯定的に受け止めるのが多くなっていると言ったり、ちょっと何言ってるかワカンナイッスネ
 
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