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旅行は不可能? 新型コロナがもたらす「観光の終焉と祭りの復権」(畑中 章宏) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)

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ツイッターのコメント(22)

観光の終焉か。。。

@gendai_biz
「災害は祭りになぞらえることができる」「過去起こった災害の経験を活かすため、高台の神社に集まり、避難行動を予行演習する意味合いもあった。またその際にも、災害による死者への鎮魂が祈念されてきた」
相撲、祭り、花火いずれも本来の意味が失われ興行と化したからこそ中止に追い込まれた。引き換えに犠牲者を無視した政治ライトアップがデマゴーグにより東西でなされているのは象徴的だ。畑中氏の指摘は重い
物忌みを十分にして、祭りの伝承のためにつとめましょうぞ、、と思いました。

@gendai_biz
ステイホームは物忌み。祭りは疫病退散祈願。:
@gendai_biz 「物忌み」のすすめって、面白い。
観光地だけじゃなくて、交通機関も対応が必要だよなぁ。
飛行機で2m開けるとどうなるんだろ…
@gendai_biz 富士塚への理解が昭和のままだというのはさておき、富士塚に人が押し寄せてしまったら富士山閉鎖した意味がまるで無いでしょうよ?
物見遊山と思って生きる貧乏人(自分)
@gendai_biz
日本でおこなわれてきた祭りのほとんどが、疫病災害(疫災)を含む災害を除くため、また災害の死者を弔うために続けられてきたといっても言い過ぎではない。…京都の「祇園祭」や、青森の「ねぶた祭」も、疫病の退散祈願が祭りの目的だったのである。
新型コロナがもたらす「観光の終焉と祭りの復権」(畑中章宏)

「災害は祭りになぞらえることができるものである。[…]高台の神社に集まり、避難行動を予行演習する意味合いもあった。またその際にも、災害による死者への鎮魂が祈念されてきたのである」
センシティブ?なタイトルだ…けど内容は日本の観光の成り立ちから今後の在り方ついて見通す良い記事だった
書きました。
「新しい生活様式」の下、〈代参〉や〈物忌み〉、〈突発的な祭り〉を提案しています。

@gendai_biz
祭りはいいよ、観光客ゼロでも祭りはやれる。
観光客目当ての祭りは逆につまらなかったりするからな〜

新型コロナがもたらす「観光の終焉と祭りの復権」(畑中 章宏) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)
「物忌み」はいいなあ

よくある暗い内容の記事だろと思って読んだら、民俗学的な話に振り切っていて個人的に興味深かった。
民俗学者の畑中章宏さんに書いていただきました。

代表者がお参りする「代参」の話、訪ねてみたい思う観光地を手元に置く「富士塚」の例、花火や祭りの本来的な意味、一定期間籠る「物忌み」のすすめ、などなど。
"このコロナ禍が持続性のあるものなら、1年に一度、10日でも1週間でも、家に籠り、企業活動を自粛して、今回の経験を反省する機会を設けてもいいかもしれない。"…物忌の考え方に頷く。
「観光の終焉と祭りの復権」(畑中
「新しい生活様式」を忠実に遂行したら、観光は成り立たなくなってしまう。畑中章宏さんのコラム。  花火にはもともと慰霊の意味があり、隅田川の花火大会は江戸時代に流行したコレラの退散祈願が起源。祭りのほとんどが、疫病災害(疫災)を含む災害を除き、死者を弔うため。
以上
 

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