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「春節の中国人観光客の凄まじさ」報じる日本メディアに抱く違和感(中島 恵) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)

39コメント 登録日時:2020-01-27 07:00 | 現代ビジネスキャッシュ

「今年の春節の特徴について調べているのですが、最近では日本の田舎を楽しんだり、アニメの聖地巡礼をしたり、アイドルのコンサートなどに行っているそうですね。今年ならではの傾向はあるのでしょうか?」...

ツイッターのコメント(39)

中国人は一枚岩なんかではなく、いろんな人がいっぱいいる、これに尽きると思う。

@gendai_biz
というより、日本人は同質の行動を取るから「旅行先で各々好き勝手に動く」てのが理解できないだけじゃないのかな。

@gendai_biz
ヤフーのコメントにも沢山書かれてるけど、日本は情報のガラパゴスですね。

一律、イメージ重視で思考停止。

受験までしか勉強しない人も多いからなのか、最大公約数的な答を短絡的に求めてる
いい記事だね。おすすめ。中国はあまりにも広く、人民は星の数ほど多く、実に多種多様だ。そんな人々を一面的にみて分かったふりをすることのなんと浅はかなことか
日本のメディア姿勢が正直最も凋落激しい気がする
これに限ったことじゃないけど
取材対象を(自分たちの望む)ステレオタイプに押し込んで
その記事への反応にも、意図と違えばステレオタイプに押し込んで切って捨てる
マスゴミって今やもう、情報のボトルネックになってるんじゃないかな
「○○人」と一括りにして単純化できるはずないのに。もっとも、日本メディアだけじゃなくSNSも含め、そういう人はどこにでもいるけど。
◆「春節の中国人観光客の凄まじさ」報じる日本メディアに抱く違和感(中島 | 現代ビジネス | 講談社(1/6)
中国人は全然一枚岩ではないがそう思いたがる日本人、ってのは自戒しないとな...

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「そのウラには「中国人観光客は同じ行動を取るものだ」「中国人というのはだいたい似たようなものだ」という考え方が透けて見えるようだった」

筆者のため息が聞こえてくるような記事であった…

@gendai_biz
中島恵さんに書いていただきました。春節が近づくと「今年は中国人観光客にここが大人気」的な報道が出てくるけれど、そうした一枚岩な見方は誤解を生んだり日中相互の理解を妨げたりしてしまうかもしれない、という指摘です。うなずくところ大なレポート。
この方のキャリアや苦悩を考えると私とは比べ物にならないのだろうけど、たまらなく共感するし、言いたいことがすべて書いてある。メディアだけじゃなくて、中国を攻略したい企業もまた同様。コロナウイルスがこんなになる前に執筆して予定通り掲載されたんだろうな。
納得のいく明確な根拠もないままにステレオタイプ化するのほんとよくない、と超短絡的な友人と話してても思う
「春節の中国人観光客の凄まじさ」報じる日本メディア ■日本も国の大きさから人口の多い国と言えるが、それを凌駕する十数億が「行事で動く」って脅威的な妄想してしまう。個々が別個の動きしてるだろうと押し寄せ感はあるんだよ。
これって中国人に対してだけじゃないよね
割と何でも雑に一括りにしてしまう
「若者」「働く女性」等など…

「そんなの聞いたこともねえよ」っていう違和感がしばしば・・・

勝手に「歴女」とか「山ガール」とか呼称つくって一括りにしてしまうのもあるよね
このご時世トランスナショナルな相互理解と,自分たちの文化を見つめ直すことが必要だよってことに気付いた
↑講義のコミュニケーション的なのによくある感想
日本のメディアが、単なるアホなだけ、頭弱いんですね。
中国人って言葉自体がある意味まやかしで同質化された存在じゃないからな
@gendai_biz
言ってること、すごくよくわかる。
メディアの画一的な報道には嫌気がさす。グローバル化は止められないのだから、もっと客観的で正確なことを伝えるべき。
いい記事だけどこれってテレビの宿痾みたいなものだから視聴者側が常に肝に銘じて見るしかないなーと思いました │「春節の中国人観光客の凄まじさ」報じる日本メディアに抱く違和感(中島 | 現代ビジネス | 講談社(1/6)
一体何を言いたいのだろうか…。確かにニュースはくだらないけど、違和感だから何?
単純化レッテル貼りは今のマスゴミっぽいですね。
「中国人は一枚岩」じゃない。
そんなに単純じゃないでしょうね、そもそも人口も非常に多いですしね。
日本のメディアは気を見て森を見ずですから。上の教育がなってない。
メディアは信頼を失っていることに気づくべき、ネット前夜のまま
「春節の中国人観光客の凄まじさ」報じる日本メディアに抱く違和感(現代ビジネス)
たしかに、中国よりもずっと人口の少ない日本だって、「日本人は何を飲むの?」と言って全員が緑茶とは答えない。
コーヒーも紅茶も、緑茶だって急須で入れる昔ながらの日本文化は絶滅寸前。
「中国人」とひと言では言えないのは納得。
良記事。
中国人に限らず、人間の集まりはだいたい一枚岩では無いと思った方が良いのだが、個別だと考えるのが面倒で、思考停止しがち。
記号化して考えるのは楽だからねえ…

そして日本人は少ないから、記号化で操りやすくなる。
興味深く読んだ。

私も日本に一時帰国した際、
日本でのこうした傾向を感じた。

「〇〇人は…」という一括りで、
物事を極度に簡略化して捉える。

そこに日本人としてのフィルターがかかり、
解釈はさらに矮小化される。

世界はそんなに単純ではないのでは?
日本で、一番の差別主義者なのは、メディアではないのかと思っている。
@gendai_biz
日本国内の多様性は認めるよう変化していっているのに、中国には『中国人』というある種のイメージが未だに付き纏っているように感じる。
14億人の中国人のうち1000万人弱の観光客は千差万別。出身地も、所得も、社会的な階層も、方言も、食べ物も、学歴も、趣味も全然違う人。皆が皆、同じものを買っているわけないし、同じお店に殺到しない。国は同じでも一人一人違うんですけど。
ラーメン屋に500人並ぶのはすごい
多角的視点を身に着けやんとな…
そうでしょうね、自分さえ良ければって人が圧倒的に多いんで。
型に嵌めてカテゴライズされたらそこから無思考になるのはもうお家芸。政治でも一旦「言っても同じだし」と思ったら疑問も追及もしない国民性。ある意味盲信的であり寛容とはかけ離れている

「春節の中国人観光客の凄まじさ」報じる日本メディアに抱く違和感(中島
中国人観光客ひいては中国人を「同質なもの」として報じる日本メディア。中島恵さんのコラム。  「中国人観光客は同じ行動を取るもの」「中国人はだいたい似たようなものだ」という思い込み。多種多様な中国人を一括りにし、十把一絡げで語ることなど、とてもできない。
以上

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