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戦前日本「ファシズムへの転落」が、現代の私たちに教えてくれること(福家 崇洋) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

今年8月12日に放送されたNHKスペシャル「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道~」は、ネットを中心に大きな反響を呼んだ。同番組は、新しく発見された「戦前最大の右派メディア」新聞『日本』にスポットをあて、「大正デモクラシー」から戦争へ向かう日本の社会の転換を映し出した。...

ツイッターのコメント(22)

「問題は、〈日本人〉という全体性のもとで〈私〉とは相容れない人びとや異説が排除されてしまうことである。こうして生まれる〈私たち日本人〉の集合体では、個人の自由や他者への寛容よりも、公の秩序や伝統、「調和」が規範として尊重される」

歴史から「壁」を再考する。
「問題は、〈日本人〉という全体性のもとで、〈私〉とは相容れない人びとや異説が排除されてしまうことである」「ここに共鳴ないし沈黙する大衆が加われば、戦時下の自己統制社会が完成する」
>救国の立場に立つ彼らの意識では〈私〉が〈私たち日本人〉へと拡大していく傾向がある。問題は〈日本人〉という全体性のもとで〈私〉とは相容れない人びとや異説が排除されてしまうことである
@gendai_biz 「〈私たち日本人〉の集合体では、個人の自由や他者への寛容よりも、公の秩序や伝統、「調和」が規範として尊重される。」 今は前者が暴走している。それは後者の反動を生む。
" 「私」が「私たち」に 極端な不寛容社会の出現

「こうしたなかで社会の許容ライン、すなわち「ここまでは許せる」という基準が次第に押し下げられていく」 " ⇒右も左も一緒。

─ 戦前日本「ファシズムへの転落」が、現代の私たちに教えてくれること(現代ビジネス)
右派が結集、デモクラシーを攻撃… (福家崇洋) 【現代ビジネス】
面白い論考ではあるけれど、「現代日本」に同じように引き移せるか?
明示されていないものの、「右傾化」とやらへの警告のつもりを感じるが、異説を認めないのは寧ろ左派ではなかろうか?

@gendai_biz
戦前は読売新聞よりも朝日と毎日新聞が発行部数でトップを争っていたが、新聞日本みたいな高々一万六千部のメディアを槍玉に挙げて何を必死こいてんだ?(笑)
昨日は12月8日でした。昨日読みたかったのだけど、1日遅れで読んだ。

「まず一部の右派的な運動家が、マス・メディアを通して、「大正デモクラシー」を代表する人びとを攻撃する。」

@gendai_biz
戦前日本「ファシズムへの転落」が現代の私たちに教えてくれること 『日本』を磁場とする右派プラットフォーム/『日本』は、1920年代後半以降、右派社会運動の結集をはかりながら、日刊新聞として異例なほど攻撃的な論説/「ここまでは許せる」という基準が次第に押し下げられ
右派が結集、デモクラシーを攻撃…
丸尾宗一郎さんのお声がけで、現代ビジネスに書かせていただきました。ありがとうございます。

@gendai_biz
やはり「歴史は繰り返す」のだろうか。
◆戦前日本「ファシズムへの転落」が、現代の私たちに教えてくれること(福家 崇洋) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)
〈問題は、〈日本人〉という全体性のもとで、〈私〉とは相容れない人びとや異説が排除されてしまうことである。こうして生まれる〈私たち日本人〉の集合体では、個人の自由や他者への寛容よりも、公の秩序や伝統、「調和」が規範として尊重される〉 @gendai_biz
今起きていることに重なる。

『まず一部の右派的な運動家が、マス・メディアを通して、「大正デモクラシー」を代表する人びとを攻撃する。

その極端な「民意」に共鳴した国会議員が議会やマス・メディアで取りあげ、運動家の攻撃に同調し、それを支援する。』
戦後民主主義とありますが、日本のは戦後米国主義としか思えません。本当には民主主義を獲得してこなかったからこそ、今戦前と同じく「ファシズムへの転落」が始まっている。

「戦前の日本社会が「大正デモクラシー」から「ファシズム」へいかにして変わっていったのか」
この記事では大正デモクラシーからファシズムへの道程を『日本』という小さな右派メディアを通して概観し、よく書けている。現在の日本の極右新聞代表は産経新聞で、櫻井よしこや門田隆将・有本香などの論客も北一輝や大川周明に比較すると卑小で影響力は疑問だ。
あの戦前の新聞日本が公開されるのか!

@gendai_biz
70年後の今も図式は対して変わっていない。
ただ、右派が左派に、「赤化」が「右傾化」「軍国主義化」(反日左派の表現です)にとって代わっているだけのこと。
すごく印象的なのが、戦前日本では「ここまでは許せる」という社会の許容ラインが引き下げられる中でファシズムが拡大したという指摘。「これ、10年前なら許されなかったのでは?」という事態がなぜかまかり通ることが多い昨今を思うと、考えさせられるところ大です。
極右の運動家「日本会議」の中心人物である衛藤は内閣府特命担当大臣として安倍政権に入りこんでいて、既に戦前と同様の雰囲気となっている。

@gendai_biz
以上
 

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