TOP > 政治・経済 > 「表現の不自由展」中止と「ヤジ排除」不寛容な日本社会の深刻な状況(阪口 正二郎) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)

「表現の不自由展」中止と「ヤジ排除」不寛容な日本社会の深刻な状況(阪口 正二郎) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)

79コメント 登録日時:2019-08-14 06:56 | 現代ビジネスキャッシュ

暑い夏が到来した。昼間は暑い日差しに苦しめられ、夜も寝苦しい日々が続いている。しかし、暑さという物理的な苦しさだけではない、もう一つの苦しさが現在の日本社会を覆っているのではないか。それは「不寛容」という息苦しさである。筆者にそのような懸念を抱かせる二つの事例がある。いずれも「表現行為の排除」に関わる。...

ツイッターのコメント(79)

今日の初年次演習では,こちらの記事を題材に議論しました.
「そもそもヤジは迷惑で、好ましくないものだ」という意見の方には、この記事の内容について意見を求めたいですね。

(公職選挙法などに照らして)違法とか合法とか、そういうことよりも、もっとプリミティブな、政治コミュニケーションっていうのがあると思うんですよね。
よく書けてる文章だなぁ。思ってても中々言葉で説明できない難しい問題を分かりやすく理論的にまとめてる。下手くそな記事が多い中、これこそライターさんの仕事だね。

@gendai_biz
一橋大学の坂口正二郎先生の論考を改めて。
私が不思議なのは、一橋大学には法学部があるでしょう。法学者何してるの?ってことなんですよ。愛知県のトリエンナーレについては口を出すが、

自分の大学のメンテナンスはできていないわけでしょう。
オチはいいけど、市民からの抗議と権力者からの抗議を分けて議論を進めたのはどうなんだろ。互いに影響しあってると見るのが自然ではないか。

@gendai_biz
読んだ、なんの意味もないいいこといってるだけの記事だった。
> 実は、日本国憲法は人が「不寛容」でありうることを認めている。
> しかし、合法ではあっても、「不寛容」が蔓延する社会は、おそろしく息苦しい社会であり、決して自由で民主的な社会ではないはずだ。
息苦しい日本になったよ。
小難しいこと書いているけど、表現の自由を潰しているのは覚悟の無い主催者だよ。脳の無い職員を窓口にするんじゃなくて、論破できる人を苦情窓口に立たせば解決する。
--
話題の「表現の不自由」について、内容への批判の次元と、そもそも「表現の自由」に関する次元と、いろんな言説が交錯してますわな。
さて無理くり「表現の不自由」に持っていったが、作文するのは少し前の展覧会に関するこの記事



つれづれ書きゆえ、どうなるか分からないので先に結論を

この記事が嫌い、ムカつく、なんか知らんがムカつく
よって誹謗する
市民集団による異議申立が許されない社会も市民集団の圧力による表現弾圧がまかり通る社会もどちらもまずいと思うけど、正当な異議と不当な圧力の境界線をどこに置くかで悩む
@gendai_biz
自分にそれが出来るかはわからないけど、頭では納得できる意見。
選挙演説へのヤジは法的に保護された選挙演説の妨害であり、聴衆の「演説を聞く権利」の侵害。展示は、中止する必要はなかった。ただ批判をきちんと受け止めればよかったのだ。

@gendai_biz
@gendai_biz 相手の行為に対して怒っている場合、怒鳴るなどの方法を用いることは自然である。個人同士の私的なやり取りにおいてもそうしたことが認められるのであれば
→認められんよ。
ほとんどの国民(市民)が敵に回ってしまて、左翼はよほど慌てているんだろうな
それがこの事件に関する報道が多い理由だろう
格調が高く、うつくしい。
不寛容な者に、寛容でいられるか。
(阪口正二郎) 【現代ビジネス】
自分は表現の自由を享受しながら、他者には表現の自由を認めない、そんなことがまかり通れば自由や民主主義は失われる。 @gendai_biz
「自分は表現の自由を享受しながら、他人には表現の自由を認めない。そんな考えがまかり通れば…民主主義は危うくなる」  民主主義の今後が懸念されるできごとが続き心配である。
@gendai_biz この考察には表現に対する「見る・聞く」といった受ける側の権利という視点が決定的に欠けている。
憲法学者、阪口先生のお話。
仰る通り、不寛容で自分勝手な社会になってきています。
一部の人たちによって。

@gendai_biz
安倍への野次とあいトリへの脅迫を「市民の抗議」として並べんのとか、もう止めようよ。それ結局、相対主義に陥るだけだと思うよ。
阪口正二郎・一橋大学教授(憲法)。
表現の不自由展」中止と「ヤジ排除」不寛容な日本社会の深刻な状況
阪口正二郎・一橋大学教授(憲法学) @gendai_biz
徒党を組み、人を煽り、組織的に妨害行為を展開することと、個人として単独でヤジを発することとを同一レベルで語るのはどうなのだろう。もちろん煽られて行動した人にとっては境目は常にグレーとはいえ。 / “「表現の不自由展」中止と「ヤジ排除」不寛容な日本社会の深刻…”
ものすごくしっくりくる。
やはり私の脳ミソは法律家なんだなぁと思う。
(公金を使ってやる行為はすべて政府の行為で、むしろ最も自由にやってはいけないものだ)この場合、誰も自分の表現行為に「助成すべき」だとは主張できても、「助成を受ける権利がある」とまでは言えない / “「表現の不自由展」中止と「ヤジ排除」不寛容な日本社会の深刻…”
展示を中止せよといった抗議は、「自分自身は、憲法が保障する表現の自由を行使しながらも、相手には同じ表現の自由の行使を認めない、……そのように理解されても文句は言えないはずである。」
正論が普通に読めるって、ネットって便利👍

@gendai_biz
私の学部時代のゼミの先生が、表現の不自由展について、非常に鋭い分析をされております。
是非ご一読ください。

「表現の不自由展」中止と「ヤジ排除」不寛容な日本社会の深刻な状況(阪口 正二郎) | 現代ビジネス | 講談社(2/5)
必読。専門家は深い。阪口正二郎氏(一橋大学/憲法学)。    @gendai_biz
『相手の言論が気に入らないのであれば、その内容を批判すべきであって、相手から言論の機会を奪うことはあってはならない。』

@gendai_biz
"そうした場における市民を「行儀のよい」「聞き手」として位置づけるべきではない。市民にもまた、貴重な直接のコミュニケーションの機会として「話し手」になる機会が保障されるべき"

@gendai_biz
演説と討論を混同している部分が大きい。
演説の進行を妨げない程度のヤジが許容されるのは当然だが、
討論ではない演説という目的(業務)において妨害の意図ないし結果を惹き起こさせることまでが憲法上の保障の枠内にあるとは言えない。

@gendai_biz
愛知の件を不寛容とするのは馬鹿げている。経済戦争を宣戦布告されている状態で、寛容である必要はない。寧ろ展示責任者や展示する意思を持った人間は、相手国の手先とも考えられる。言い訳させる必要もない。速やかに日本から出て行くが良い。
「ヤジなどの荒っぽい、その意味で過激な表現方法を認めなければ、反対する市民の怒りの度合いは、政治家にも私たちにも伝わらない。政治的な表現行為に過度に行儀の良さを求めるのは民主主義にとって自殺行為である。」
@yajipoi0810 続き→
自分自身、マナー派に毒されてる。考えたり深めたりしたい内容。従順な奴隷、優等生な冤罪死刑囚にはなりたくない。
相手の言論が気に入らないのであれば、その内容を批判すべきであって、相手から言論の機会を奪うことはあってはならない。

その通りだと思う。

@gendai_biz
記事の言いたい事は表現の不自由展に対する抗議は不寛容でけしからんととったが、表現の自由を振りかざせば一切の反論も認めない事のほうがよほど不寛容でしょうに。

@gendai_biz
「かつてある思想家が言ったとされる」なんで最後のいいところでぼかしたんだろう。俗説だからとヴォルテールに遠慮したのかしら。|
サヨクが正体を国民に知られて悪あがき。君らはもう、国民から見捨てられ、忌み嫌われてる立場なんだよ。
何故かなー。この文章読んでて、吐き気がして胸がムカムカしてたまらなかった。あらゆる要素がこれを書いた奴の下司さ、バカさ、偏狭さ加減を表わしていて、読んでてイライラする。あ、憲法学者ね、これ書いた奴。そういう事か。学者バカね。(表現の自由)
@gendai_biz 「*選挙*演説」である事を無視して「表現の自由」だけを殊更取り上げる時点で、ナチスと同じ愚を犯す気か。
一橋の阪口正二郎先生(憲法学)の寄稿。ポイントが簡潔に整理されている。
@gendai_biz
阪口さんの「公共性」といふ本、とても良かつた。その阪口さんの時評。仰る通りだと思ふ。
.
「表現の不自由展」中止と「ヤジ排除」不寛容な日本社会の深刻な状況(阪口 正二郎) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)
展示への抗議の多くは、たとえ合法でも「不寛容」を示すものましてや河村市長がなしたような公権力による展示への抗議は市民の不寛容に公権力による正当性を付与するものであり看過すべきではない
表現の不自由展中止とヤジ排除不寛容な日本社会の深刻な状況(現代ビジネス
「リベラル派の市民」へのくだらない(事実誤認にもとづく)嫌味がないだけマシとはいえ、やっぱり不十分。問題を「不寛容」「息苦しさ」と捉えてるかぎりズレ続けるし、最終的に薙ぎ倒されるだけだよ。:
@gendai_biz

自分は表現の自由を享受しながら、他者には表現の自由を認めない、そんなことがまかり通れば自由や民主主義は失われる。
“自分自身は、憲法が保障する表現の自由を行使しながらも、相手には同じ表現の自由の行使を認めない、抗議をなした人々の行為はそのように理解されても文句は言えない” 自由の維持に思いを馳せる必要性。
抗議を「他者の表現の自由を認めない行為」と断じるのは、やはり大きな問題をはらむだろう。さらにそれを寛容・不寛容の問題として捉えるのも。
@zakdesk 護憲学者の論。天皇肖像焼の言及なしや河村発言を問題とするのはおかしいな。公金支出基準からいえば、北海道警察もやるべきではないし、愛知県もやるべきではないとシンプルになる。護憲学者の論はわかりにくい→
一番いいのは見たら馬鹿にしてくることがいいかもな。
「愛知県ダセー」とかにならないようにね。

@gendai_biz
この記事を書いた阪口正二郎という人、いわゆるおサヨク様ポジションだけど、おサヨク様の主張する「政治家の演説でヤジらせろ」って、マジでそう思っているのだろうか?

エスカレートして右左でお互いに演説を潰しあったらどうなるか、見えていないんだろうか?
「寛容」っていうのは常軌を逸した嫌がらせに対してもノーと言わない、って意味じゃねえんだよ×××君
安倍政権になってから日本中に蔓延する閉塞感と、“モノ言えない空気”は、NHKスペシャルの『かくて自由は死せり』で取り上げた戦前の流れと殆ど同じだ。
これが行き着くところに戦争がある。
私達は同じ愚を繰り返してはならない。
※この人は一般常識というものが無いのか?
他の憲法学者もどんどん発言してほしい。今こそ、ノブレス・オブリージュを果たすべきと思うので。

@gendai_biz
@gendai_biz 日本国憲法は人が不寛容であることを認めている。との指摘は重要ですね。そのうえでどのような社会を構築していくかが試されている。
公開シンポジウムの聴衆がヤジを飛ばしてたら嫌だろうなぁ
「自分自身は、憲法が保障する表現の自由を行使しながらも、相手には同じ表現の自由の行使を認めない、抗議をなした人々の行為はそのように理解されても文句は言えないはずである。そんな一方的で、えらそうで、卑怯なことがはたして認められるだろうか。」
とても分かりやすくてよかった。
「理性的」な俺としては(公権力での排除は別として)ヤジとかデモとか街宣活動みたいな表現方法は、やはり好きくないというか、静かに暮らしたいけど、、。
ろくでなし子は。ねえってばw
音を立てて、崩れ落ちている気がします。
本当はもう、この国は、ダメなんじゃないですか?
ヤジは暴力でしょう。「表現」ではない。表現ナメんな。
表現の自由には責任が伴うし、選挙にヤジは必要ない。
論点が滅茶苦茶だ。

「表現の不自由展」中止と「ヤジ排除」不寛容な日本社会の深刻な状況(現代ビジネス)
何を言ってるんだ?特定国家のヘイト行為を税金を使ってロビー活動しただけの話と、選挙妨害を退場させただけの話ではないのかな?
阪口正二郎先生に書いていただきました。表現の不自由展中止と、札幌での総理演説中の「ヤジ排除」問題を論じる。前者については、表現の「内容」への批判ではなく表現の「場」を奪うべく抗議が行われたことの危うさを指摘する部分が必読。論点多数ですごく勉強になる。
この阪口正二郎も昭和天皇の肖像をバーナーで焼く展示物には言及せず。反日サヨクかな。反日サヨクの表現弾圧には触れないし。

@gendai_biz
筆者の立ち位置まで知らぬが、左も敵対する言論を封じていたわけだから、ブーメランとしか思わないのである。
阪口正二郎先生によるまとまったご論考。抗議活動に伴うアンビバレンスを指摘されています。要熟読。/
最後は、ちょっと、長くて、自分は難しい問題だなと思う内容の記事です。

表現の自由、不自由、公共の福祉などが関係してくると思いますが…
根底にある問題は、日本の社会の不寛容さだという結論には、納得しました。
以上

記事本文: 「表現の不自由展」中止と「ヤジ排除」不寛容な日本社会の深刻な状況(阪口 正二郎) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)

関連記事