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科学研究への投資が「ムダ」であるべき理由(中屋敷 均) | 現代新書 | 講談社(1/3)

26コメント 登録日時:2019-02-03 06:47 | 現代ビジネス[講談社]キャッシュ

ビジネスの現場でも、目先の数字ばかりにとらわれていては、ろくなことが起きない。そんなに短期的な利益が大切なのか? 新しいものを生み出すために、私たちにとって本当に必要なこととは? 『科学と非科学――その正体を探る』(講談社現代新書/2月13日発売)を上梓した分子生物学者による論考。...

Twitterのコメント(26)

今年の東大国語評論で出題された文章の著者です。そういう人の文章がネットでタダで読めるんだから、大大学を目指す高校生はこういうメディアを日頃からチェックするとよい。
本当に大切なことは、実はその環境下で生きることには何の役にも立たない、「無駄」な変異をランダムに起こし続け、それを許容することなのである。
@yutify333 一部にはこういうアカデミーとしてのイデオロギー的なものとの葛藤があるんじゃないかなあ。大学自治に企業が干渉してきてしまうんじゃないか的な。
「社会における科学の役割というのは、生物進化におけるこの「変異」のようなものではないかと、私は思っている」これも素晴らしいエッセイ
生物の多様性を生み出す変異は、基本的に現環境への適応において“無駄”なもの…それを許容しランダムに生み続けることが、他の環境で生存可能な生物を生み出し、全滅し難い強靭性を生命に与えるという🐞

一見して余分で“無駄”なDNA領域「ジャンクDNA」も「不用の用」だろう🤔
科学が「変異」として機能するのは、様々な個性を持った研究者達が自分の興味に忠実に研究を行うからである。
DNAが分裂する際に両方が正常である必要はない。片方は変異する自由がある。これは生命の秩序維持に逆らう物であるが、異常は決して悪ではない。正攻法が失敗した時の保険と考えれば納得できる。科学研究にも遺伝子にも無駄という物はない。これが多様性に対する正しい理解だ。
学部は違うが先輩の論考(著書の一部)。
「このプロジェクトの研究費は、プロジェクトを成功させるためにあり、先生方の研究に使うものではありません」とか実際に言われたら泣きそう。
「生命の継続を可能とした戦略の本質は・・実はその環境下で生きることには何の役にも立たない、「無駄」な変異をランダムに起こし続け、それを許容することなのである」異端的無駄が必要?!→
日本人が失いつつある「大切なこと」
ニコ動である最高の技術を使って無駄な物を作るシリーズあれほんとすきなのは、このことなんだろうな。最短で効率的に仕事をするのが優秀なんだけども、無駄なことをする重要性を改めて認識した
日本人が失いつつある「大切なこと」 (中屋敷均) 【現代ビジネス】
科研費のエフォート計算するときも「なんだ意外に研究時間あるじゃん」と思うけど、会議と会議の間に1時間かそこら自由時間があったって研究に集中できないんだよね。ムダと思える自由時間があるから、変異的研究ができる(と思う)。
いいセンスしてるなぁ。

ついでにアメリカの15%の詳細を検討するともっとよいな。あの発言が、上手に印象操作的であることが見えてくると思うよ。

【翻訳すると「価値判断するな」】科学研究への投資が「ムダ」であるべき理由(中屋敷 均)現代新書 講談社 社会における科学の役割は進化において変異が作り出す潜在能力のようなもの。「システム」が科学を支配してしまえば、本当に新しいものは、もう何も出てこない。
「今、大学では何か大切なものが力を奪われつつあり、そのスピードは時と共に加速されているように思う。学問の自由、大学の自治。それはイデオロギーではなく、本当に新しいものを生み出す場として、必須の要素であったのだ。」
(本文より)科学に対する投資というのは、本質的に「無駄」なものだ。(中略)それは時に、合理性という枠からはみ出ており、その人以外、誰もやらない、興味も持たない。しかしだからこそ、そこに価値があるのかも知れないのだ。
もう少しタイトルなんとかならんかったのか(
「知る人ぞ知るという感じの進化論に、『不均衡進化論』という説がある。これは1992年に日本人の古澤満が発表した興味深い仮説である」〉
バランスは難しいのでしょうが、ある程度「あそび」の部分が必要なのでしょうね。
タンパク質合成に関わるアミノ酸が20種類「も」あるのも「ムダ」か?
その「ムダ」は無駄ではないロングバージョン
「科学の持つ本質的な意義は、「システム」にこれまでになかった新しい「変異」をもたらすことではないかと思うのだ。」》
ムダのない仕事はまさにAIが得意とする分野。これからの人間は逆に「ムダ」を謳歌しなくてはいけません。しかしそれを疎かにする現代日本国家。やはり、自ら衰退の道を選んでいるという危機感を覚えます。
中屋敷均先生。良い文章だ。/「システム」が科学を支配してしまえば、そこから本当に新しいものは、もう何も出てこない。
そんなに目先の利益や成果が大事なのか? 何か大切なものを失ってはいやしないか? いま、科学の現場では自由度が奪われ、「変異」としての役割が、果たせなくなりつつあるという。これは科学の現場に限らず、書籍編集の現場でも起こりうる話。みなさんの職場はどうですか?
以上

記事本文: 科学研究への投資が「ムダ」であるべき理由(中屋敷 均) | 現代新書 | 講談社(1/3)

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